夏休みの提案……じゃない by 透矢 - 第75話
宿泊施設の問題が無事に解決できたので、その後はハンバーガーを食べながら山野や弓坂とおしゃべりを続けていた。
一時間くらいしゃべりたおして、そろそろ帰ろうかと鞄を持ったときに山野がぽろっと口にした。
「それじゃあ、妹原には弓坂から伝えておいてくれ」
「うん。わかったあ」
「上月には八神から伝えておいてくれよ」
「オーケー――」
話の流れにまかせて、意味不明な要求をうっかり了承するところだった。
「なんで俺が上月に伝えないといけないんだ?」
たまらず異議を申し立てると、山野はさも当たり前のように、
「上月に伝えるのはお前の役目だろ」
さらに意味不明な理由を突き返してきやがった。
「お前の役目ってなんだよ。上月にも弓坂から伝えてもらえばいいじゃんか」
「それだと弓坂の負担が増えるだろ。お前は友達をこき使うつもりか?」
くっ。そういう言われ方をされると断りづらいが、ならお前が上月に連絡すればいいじゃないか。
しかし、そう反論しようとしたときに弓坂が言葉を添えるように、
「あたしもぅ、ヤガミンから連絡してほしいなぁ」
普段のおっとりとした口調で言われてしまった。
山野と弓坂はどうしても俺に連絡させたいらしい。俺から言えば、上月はほぼ間違いなく駄々をこねるから、話がややこしくなるだけだというのに。
「麻友ちゃんもぅ、あたしから誘われるより、ヤガミンから誘われた方がぁ、嬉しいと思うんだよね」
いや弓坂から誘われた方が百パーセント嬉しいだろ。俺ならそう思うぞ。
しかし、こんなことで俺がいつまでも駄々をこねても情けないだけなので、仕方なく引き受けてやるしかないか。
「わかったよ。俺がやればいいんだろ」
「うんっ。お願いねぇ」
「くっ、なんで俺が、あいつに連絡なんてしないといけないんだ」
「ふふっ、いいからいいからぁ」
我慢できずにつぶやくと、弓坂にうふふと笑われてしまった。
今日はあいつからメールをもらっていないから、俺から明示的に連絡しないと用件を伝えられないんだよな。だから嫌だったのに。
電話なんかしたって、どうせ『なんで電話してきてんのよ。きもっ』とか悪態をつかれるのが落ちなんだぞ。
期末試験が終わったばっかりだっていうのに、こんな面倒な課題を与えられるとは、まったくもって予期していなかったぜ。
* * *
山野や弓坂と別れて、乗り慣れてきた私鉄に乗ってひとり帰路に着く。
途中で上月にばったり遭遇してくれないかと、天にいらっしゃる何かの神様にすがってみたが、そんな都合のいいことが起こるはずもなく、程なくして自宅のマンションへと到着してしまった。
リビングのソファに鞄を放って、冷蔵庫に入っている麦茶をコップに注いで喉を潤す。
心を落ち着かせたところで、俺はソファに腰かけてスマートフォンをポケットから取り出した。
連絡するのはメールや無料通話アプリの方が楽かもしれないが、ごねられると文章を打つのがきっと面倒になってくる。
なので電話で伝えてしまった方が楽だと思うが、夏休みに遊びに行こうぜと言うと、なんだかデートに誘っているみたいで気持ち悪いな。そんな気持ちは髪の毛一本ほどもないっていうのに。
夏休みのことを直接伝えるのは気が少し引けるから、とりあえずうちに来てもらって、なんでもない話をするついでに切り出そう。
大まかな作戦が決まったところで、俺はスマートフォンのアドレス帳から上月の電話番号を探し出す。俺から電話するのは非常に不本意だが、仕方なく通話ボタンを押した。
受話口から、なんの音楽かわからない呼び出し音が聞こえてくる。それが九秒くらい鳴り続いたところで、通話を受け取る音がした。
『なによ』
上月はどうやら帰宅していたようだ。声がちょっと低めだから、機嫌はあまりよくなさそうだな。
「よ、よお。元気か?」
とりあえずスマートフォンを持っていない左手を上げて挨拶してみる。上月に電話したことなんてきっと数えるほどしかないから、言葉がするりと出てこない。
『いいから早く用件を言いなさいよ』
「あ、ああ。いや別に、大した用でもないんだけどな」
『……切るわよ』
上月は俺に無意味な冗談なんて言わないやつだ。スルーすると本当に通話を切られるぞ。
「あ! いや待て。大した用でもないというのは嘘だ」
『だから、なんなのよ。今は手がはなせないんだから』
手がはなせないって言うけど、どうせ暇つぶしのゲームを中断しているだけだろ。
「すまん。いや、その、話したいことがあるから、ちょっとうちに来れないか?」
意を決して切り出すと、数秒だけ無言の間が空いた。
『は?』
「時間なら、取らせない。だから、ちょっとだけ来れないか?」
『えっ、だから、今は手がはなせないって言ってるでしょ』
上月はやはり面倒な女だな。うんとなかなか言ってくれない。
理由もつけずに呼び出すのは少し無理があるか。こうなれば今日の夕飯でもお願いするしかないか。
「わかった。今日は、お前のつくった飯を食べたいから、なんかつくってくれよ。お前の食いたいものでいいから」
すると、また沈黙の時間が数秒だけやってきた。
『なんであたしが、あんたのお願いを聞かなきゃいけないのよ』
上月の気持ちが折れかかっているか。なら、この方向で畳みかけるしかない。
「いいだろ。頼むって。帰りにプリンでもアイスでも好きなもんを買っていいからよ」
ついでに洋服の一、二枚までせびられたら家計が圧迫するが、それも覚悟するしかない。
しかし電話先の上月は不平をもらしながらも渋々という感じで、
『今日はうちで唐揚げつくるって、言ってたのに』
どうやら呼び出すことに成功したみたいだ。
『今日はとびきりの牛肉を買ってステーキだからね』
「わかったわかった」
その後も面倒くさい要求をいくつか突きつけられて、俺は通話を切った。あいつは本当に手間のかかる女だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます