夏休みの提案 by 弓坂 - 第74話

 駅前のファストフード店は、うちの高校の生徒や大学生くらいの人たちで店内がかなり混んでいた。


 この間は某共産主義国の工場が期限切れの鶏肉を使用していた問題で、食肉の安全が不安視されているというのに、みんな呑気だよな。俺たちも決して偉そうに言えないが。


 四人掛けの席を先に確保しないと、最悪ハンバーガーをお持ち帰りになってしまう。真夏の炎天下で食事をするのは身体によくないので、なるべく避けておきたい。


 なので見つけた席で弓坂に待ってもらい、俺は山野に連れられてカウンターへと向かった。


「弓坂の注文は聞いているのか?」

「ああ。フィッシュバーガーのセットが食べたいそうだ」


 なら俺は照り焼きバーガーのセットを注文するか。


 プラスチックのトレイに乗せられたハンバーガーやドリンクを持って二階の席へと向かう。三人でテーブルを囲んでさっそく夏休みの作戦会議だ。


「メンバーは決まっているからいいとして、思案しないといけないのは行き先だよな」


 俺がフライドポテトをつまみながら切り出すと、弓坂がきょとんと目を瞬いた。


「みんなはぁ、夏休みって、いつもどんなところに行ってるのぉ?」

「そうだな。だいたいは家族でプールに行くか、友達とゲーセンで遊んだりファミレスに行ったりしてるかなあ」

「そうなんだあ」


 弓坂が昼飯を忘れてしみじみとつぶやく。


 弓坂は超有名なゲーム会社であるアーキテクトの社長令嬢だから、貧乏学生の普通の遊びなんてわからないんだろうな。


 弓坂が夏休みにいつもどんなことをして過ごしているのか、逆に気になるけどな。


「日帰りでプールに行くんじゃ、その辺を遊びに行くのと大差ないからな。せっかくだから泊りがけで海にでも行きたいが」


 山野がダブルチーズバーガーの包み紙をめくりながら口を挟むが、さすがは山野だ。その案はかなり名案だぞ。


 海か。白い砂浜に青い海。そして水着姿の女子たち。


 普段はおとなしい妹原もきっと大人っぽいビキニなんかつけちゃって、そしてビーチボールかなんかで無邪気に遊んじゃったりするんだろうな。


 水着姿の妹原を数秒だけ想像してみたけど、いい。非常にいい。あまりによすぎて鼻からアニメみたいに出血しちまいそうだ。


「しかし泊りがけとなると、宿泊施設を借りないといけなくなる。それが課題になるか」


 宿泊施設ということは、宿やホテルを俺たちで予約しないといけないのか。


 だが、こういうことはきっと未成年者だけでは手続きすることができないんだろうな。自宅以外の場所で夜を過ごすことになるんだから。


「そもそも俺たちだけでホテルとかを借りられるのか? たぶんだけど、保護者の許可や同伴が必要だって言われるのが落ちだぞ」

「そうか。その問題が一番顕著にあらわれるか。俺は金銭面ばかりを考えていたが」


 金銭面でも厳しいのは確かだ。


 俺はホテルなんて予約したことはないのでよくわからないけど、ホテルで一泊するのにいくらくらいかかるんだ? 二千円くらい出せば宿泊できるのだろうか。


「それに、仮にホテルを予約できたとしても、ホテルに行くまでの交通手段も確保しないといけなくなる。これも結構難しいかもしれない」


 交通手段となると、車や電車で行くことになるのだろうか。


 車だったら、だれかの親に車を出してもらわないとダメだな。車の運転なんてだれもできないから。


 電車だったら俺たちだけでも乗れるが、ローカル線で行けるところなんて、きっと限りがあるぞ。


 海とホテルのアイデアは最高だったけど、現実的に考えると実現なんてとてもできないじゃないか。


 親が同伴していれば行くのは簡単だけど、それだと家族旅行と大差ないんだよ。そんな子ども騙しのビーチに行ったところで、妹原の恋なんて実るわけがない。


「残念だが、俺たちの年齢と財力では、泊りがけで海に行くのは無理だな。理想的だったけど諦めるしかないか」


 山野もお手上げのようだ。でも仕方ない。こればっかりは知恵をしぼって解決できる問題じゃないからな。


 俺と山野が虚しくコーラを飲んでいると、ひとり黙々とフィッシュバーガーを食べていた弓坂が突然、


「泊まれるところだったらぁ、あたし、知ってるよ?」


 さっきまでの話を無視するかのようにつぶやいた。


 弓坂は、俺たちの話の意図をちゃんと理解しているのかな。ただ泊まるだけだったら、俺の家にだって泊まれるんだぞ。


「泊まれるって、弓坂の家に泊まりに行くんじゃないんだぞ。俺たちだけでホテルを予約しないといけないんだから」

「うん。だからぁ、ホテルは難しいかもだから、うちの別荘をつかえばいいんじゃないかなあって、思って」


 別荘だって? また聞き慣れない単語が飛び出してきたぞ。


「弓坂の親は別荘をもっているのか?」

「うん」


 山野の問いに弓坂がうなずく。


「うちの別荘だったらぁ、みんなのお金がかからないしぃ、うちの執事や使用人の人たちにもね、同伴してもらえばぁ、だいじょうぶだと思うんだけど」


 マジか。それならたしかに金のない俺たちだけでも充分に旅行することができる。金持ちってやっぱすげえ。


「それだな。もうそれしかない」

「でも、弓坂はいいのか? 大事な別荘を借りちまって」

「うんっ」


 心配する山野に弓坂が満面の顔で微笑む。


「別荘はぁ、いくつかあるんだけど、こういうことがないと、使わないから」


 別荘を所有しているだけでもすごいのに、二軒以上も持っているのかよ。さすが年商数十億円と言われるアーキテクトの社長令嬢だ。


 俺、弓坂と友達になっていて、本当によかったと思う。と言っても都合よく利用してはいけないと思うが。


「お父さんもね、全然つかってない別荘があるから、つかわなきゃって、言ってたから。たぶんね、だいじょうぶだと思うよぅ」

「そうか。なら、ありがたくつかわせてもらおう」

「うんっ」


 俺も弓坂と親父さんに心の中で礼を言おう。


「弓坂の家の別荘って、どの辺にあるんだ?」と俺。


 すると弓坂は「ええとねえ」と微笑んで、


「海水浴場の傍にも何軒かあったよぉ。他にも、温泉の出る別荘もあったけど、海の近くの別荘を借りてみるね」


 CDでもレンタルしてくるように言ったけど、温泉の出る別荘まで持っているのかよ。


 一般人である俺と山野はただただ辟易するしかなかった。

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