山野が怖い? - 第51話

 そういえばゴールデンウィークが明けた頃から、山野と久しく遊びに行っていなかった。木田と桂の三人でゲームセンターに行ったり、カラオケボックスでアニソンを熱唱してばかりいたからな。


 なので教室に帰りがてら声をかけてみると、


「俺は別にかまわないが」


 山野はいつもの仏頂面でこたえた。


「マジか? 今日はバイトはないのか?」

「ああ。今日はシフト入ってないから平気だ。他の用事もとくにない」


 ならちょうどいいか。上月と中越のことで相談したいこともあるし。


 山野は階段を上がりながら俺の方を向いて、


「で、どこに行くんだ? ゲーセンか?」


 抑揚のない声で聞いてきた。


「いや、ゲーセンはお前が行きたくないだろ?」

「まあ、そうだな。ゲームは得意じゃないからな」


 山野はゲームセンターに行ってもお菓子を落とすゲームしかやらない男だ。全校生徒の中で一番マシンっぽい性格なのに、不思議だよな。


 それはともかく、相談するんだったら、遊びに行くよりも駅前のファミレスとかに入った方がいいか。けどそれだといつも通りすぎるから、あまり面白くないな。


「じゃあ、うちに来るか?」

「八神んちにか?」

「ああ。うちは親がいねえから、羽根伸ばせるぜ」

「いいのか? お前んちに行っても」


 山野は顔の筋肉を少しも動かさずに遠慮している感じだが、一人暮らしをしている俺にとっては友達を家に呼ぶのなんて造作もないことだ。


 同中のやつらは「ライトがそんなに言うんだったら行ってやるよ」と恩着せがましくついてくるが、山野はまだ一度も呼んでいなかった。だから、ちょうどいいだろう。


 山野もすぐに合意してうなずいた。


「なら、そうしよう。お前がひとりでどんな暮らしをしているのか、前から気になってたしな」


 だろうな。高校生で一人暮らしをしているやつは、そういないからな。


「弓坂も呼ぶか?」

「いや、今日は辞めとこう。男がふたりもいる部屋に、女子ひとりで行きたがらないだろ?」

「そうか」


 すると、山野は少し拍子抜けした感じで俺の顔をまじまじと見てくる。


「なんだよ」

「お前、女子に対して意外と紳士的だよな。毎日エロゲーばっかりやっているくせに」

「エロゲーなんてやってねえよ!」


 唐突にわけのわからないことを抜かすな! 妹原に聞かれたらドン引きされるだろ。


 だが山野はさらに意外そうに首をかしげて、


「ん、違うのか? お前は暇があると如何わしいエロゲーばっかりやっていると、前に上月が言ってたが」


 なんで山野が知っているのかと思ったら、やっぱりあの野郎の提供情報だったのか。


 俺はこれからお前のために人肌脱ごうとしているのに、あんのやろぉ……。


 それと無用な誤解を生じさせないために高らかに宣言しておくが、俺は断じてエロゲーなんてやっていないからな。


 最近はスマートフォンのアプリでも女子を脱がしたりお触りできるゲームがあるが、そんな卑猥なものには一切興味がないし、これから課金しようだなんて夢にも思っていないからな。ほんとだぞ。



  * * *



 そしてその日の帰り。


「ライトくん、今日はアニメイトにでも寄っていこうか」


 トップ下の木田が、ショートホームルームの終わりと同時に声をかけてきた。


 ちなみにこいつ、運動神経はからっきしで、サッカーなんかもリフティングが二回しかつづかないが、カードファイトの方面では割と実力者であったりするらしい。


「アニメイト? 行く行くぅ! あっちゃんのフィギュア買う買ぅっ!」


 するとヅラこと桂が、雪崩なだれのように横から滑り込んできた。


 桂の方はと言えば、こいつは下の名前の文人ふみとをとって、最近はかつら文人ぶんじん一門などと呼ばれているが、そんな人生で本当にいいのか、お前は。


 ちなみにあっちゃんというのは、深夜アニメ『愛☆ドル』に登場するヒロインの相田あいだ敦子あつこのあだ名だ。


 このアニメは、とある高校の女子生徒たちが、アイドル部とかいういかにもな部活に入って校内のアイドルを目指していくというものだが、最近はこういうアニメが増えたよなあ。


 ――などと長嘆しつつ、俺も毎週しっかりと視聴しているけどな。上月に知られないように、細心の注意を払いながら。


 余談だが、俺が好きなのは黒髪の正統派美少女である柏崎かしわざき由美ゆみだ。


 そんなわけだから、木田の提案は思わず垂涎すいぜんするほどに魅力的だったが、今日はもう先約があるのだ。


「悪いな。今日は山野と用事があるから、ふたりで行ってきてくれ」


 仕方なく断ると、木田と桂はそろって残念がった。


「ライトくん、最近付き合いが悪くなっていないか?」


 木田が反撃とばかりに愚痴を漏らす。残念がってくれるのは友人として嬉しいが、先約を無視するわけにはいかないだろ。


「そんなことねえだろ。この前二連荘にれんちゃんでカラオケ行ったじゃねえか」

「はて、そうだったか?」


 はて、じゃねえよ。俺はカラオケそんなにうまくないのに、お前がアニソン歌いたいって聞かないから、桂と仕方なくついていってやったんだぞ。


 まあ、結局三時間もアニソンばかりを熱唱して、最高に盛り上がったけどな。


 一方の桂は、いつもの軽いノリから一変して、顔が少し引きつっていた。


「ライトっちゃん、山野といつも昼飯食ってるけど、あいつと仲いいの?」

「ん? どういう意味だ?」


 俺が聞き返すと、桂ははっとして教室を見回す。どうやら山野を探しているみたいだが、あいつはさっきトイレに行ったから教室にいないぞ。


 山野が教室にいないことを確認すると、桂は俺に顔を近づけて、


「俺、あいつこえーから、会話できねえよ」


 山野が怖い?


「なんで怖いんだよ」

「なんでって、気味悪くね? あいつ。何考えてんのかわかんねえし」


 すると木田も首肯して、「たしかに、山野は気味悪いな」と言葉をつづけた。


 何を考えてるのかわかんないのは確かにそうだけど、別に怖くはないだろ。同じクラスメイトなんだし。


「そうか? しゃべってみると、案外普通だぞ? それなりに気を遣ってくれるし」

「マジかよ。ライトくん、きみはすごいな」


 木田が呆れ口調で褒めるけど、すごいところなんてどこにもないだろ。


 桂はまた首をきょろきょろさせると、いつになく真剣な顔で言った。


「俺、あいつの同中なんだけどさ、こえーからひとっ言もしゃべったことねえんだよ。しかもあいつ、運動神経抜群で、中学んときはバスケ部だったから、女子から超もててたんだぜ」


 マジかよ。まあ、あいつがもてそうなのは前からわかっていたけど、あいつがバスケ部にいたのは知らなかった。


「そんなんだからさ、俺、あいつとは同級生じゃない気がしてさ、怖くてしゃべれねえんだよ。だって、あんな超リア充と比較されたらさ、辛いじゃん」


 それはたしかにそうだけど、だからって露骨に怖がらなくてもいいじゃないか。あいつだって所詮はいちクラスメイトなんだから。


 それとは別に、これは山野のことを聞き出すチャンスだな。余計な口を挟まないで、桂にしばらくしゃべらせてみよう。


「あいつ、バスケも超うまかったみたいだけど、なんでうちのバスケ部に入らねえんだろうな」

「さあな」

「だってあいつ、バスケ部のキャプテンやって、しかも彼女までいたんだぜ。そんなうまいのに――」


 彼女がいただって!?


 マジかよ。あいつ、中学んとき彼女いたのかよ……。あまりのレベルの違いを思い知らされて愕然とするな。


 道理で女子と流暢に会話したりデートできると思ったら、彼女と付き合ってたからなのか。


 ……いた? ということは、今は別れちまったのか?


 ひとつの答えがわかると、その奥に見え隠れする真実を見ずにはいられなかった。


「それで? その彼女とはどうなったんだ?」

「えっ? さあ? 別れたっていうのはどっかで聞いたけど」

「なんで別れたんだよ? いつ? どっちの口から――」

「八神」


 そこで刺すような声が右の方から聞こえて、俺の背中がプラスチックの下敷きみたいに硬直する。


 教室の後ろの開け放たれた扉に手をかけているのは、山野だった。山野はいつも通りの仏頂面で俺たち非リア充三人組を正視している。


 まずい。陰で噂話をしているのを聞かれてしまったか。


「お、おお。山野」

「悪いな、待たせちまって。じゃあそろそろ行くか?」


 山野はとくに怒りもせず、学生鞄を肩にかけ直している。さっきの話はどうやら聞かれていなかったようだ。


 あいつのいないときにこそこそと噂話をしちまったから、微妙な罪悪感が胸を締め付ける。だがここで妙な態度をとったら山野に気づかれてしまう。


「あ、ああ。そうだな。じゃあ、そろそろ行くか」

「微妙に顔が引きつってるが、俺の顔に何かついてるか?」

「いや、んなことねえよ。……じゃ、木田とヅラ。またな」


 すかさず山野から顔を背けて木田と桂に挨拶あいさつすると、ふたりは無言でうなずいた。

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