中越先輩の正体 - 第50話
それから俺は数週間をかけて、中越について聞き込み調査を行うことにした。
中越が二年のどのクラスにいるのかは知らないが、部活はおそらくサッカー部に所属している。だから、サッカー部の連中ならきっと何かを知っているはずだ。
サッカー部の知り合いなら、俺の友達にも何人かいる。なので、まずは彼らに電話やメールをして聞き出してみるのが得策だろう。
けれど、いきなり中越のことを切り出してしまうと、あまりに不自然すぎて、俺が上月と中越の仲を気にしていることがばれてしまう。
だから、普段の何気ない話や勉強あるあるなどの話題で話をふくらませて、お互いのテンションが上がってきたところで切り出さないとダメだ。
調べものなんてパソコンやインターネットでするのが当たり前だから、友達から情報を集めるのがこんなに面倒だとは思わなかった。
パソコンで調べることができれば、WEBブラウザの入力ボックスに『中越 うざい』というキーワードを入力するだけで、あいつの悪評なんて数百万件もヒットさせることができるのにな。
しかも同中の友達からなんとか聞き出すことができたのに、それを山野に報告したら、「ひとりだけの情報ではまだ信頼できないな」と冷たくあしらわれてしまった。
なので同中の友達を辿って、結局数人の同級生から聞き込み調査を行う羽目になってしまった。
そんなことに手間取っている間に、上月は中越と着実にデートをこなしているみたいだが、こんなにのんびりしていてだいじょうぶなのか? 手遅れにならなければいいが。
けれども友達から得た情報はとても有益で、中越の身のまわりから女関係まで洗いざらいに調べあげることができた。
名前は中越響輔。七月十四日生まれ。
クラスは二年C組で、サッカー部では憎たらしいことに一年生のときからレギュラーであるらしい。しかも二年から10番でチームのエースなのだとか。
レギュラーというだけで気に入らないのに、10番でエースなのかよ。くわえてイケメンで背も高いんだから、女子からもてまくるのも当たり前なのか。
因みに勉強の方も学年トップだという話だ。中越が自慢していたのを、俺の友達が部活のときに聞いてたらしいからな。
聞けば聞くほど、あいつのリア充ぶりがわかって余計に腹が立ってくる。やつの悪評の裏をとるはずなのに、逆にすごいところばかりを聞かされていたら、俺は戦う前から完敗を喫してしまうじゃないか。
でもそう辟易していたのは、聞き込み開始からの三日間だけだった。
『中越先輩の親って、フロントエンドの社長なんだってよ』
そう俺に言ってきたのは、三人目に聞き取りを行った
フロントエンドという会社は、ゲーム会社の最大手であるアーキテクトの傘下の会社だ。
アーキテクトとそのゲームは、当然ながら俺は知っている。この会社のゲーム機であるワークステーションは俺の愛機だし、アーキテクトのロールプレイングゲームやレースゲームは小学生の頃からやり込んでいるからな。
そんな夢のような会社の子会社の社長が親父って、マジかよ。
親父が社長だから家が金持ちなのは言うまでもなく、この人はさらに政治家ともつながっているらしいと噂される人だから、中越は教師の間でもかなり有名なのだそうだ。
中越は親父の力を悪用して、学校の裏で色々とあくどいことをしているらしい。
親父の名前を出して、サッカー部で不当にレギュラーを獲得したり。またはテストの採点を不当に吊り上げさせたり。
どれも証拠はないから、所詮は噂話でしかない。だがそれを堂々と裏付けるように、中越は部活にはほとんど顔を出さずに、放課後は女子を集めて遊び惚けているようだ。
さらにやつは羽振りがいいから、つるむ仲間もヤンキーとかチーマーなど、悪いやつらが多いようだ。
知れば知るほど、中越に対する嫌悪感がまるで細胞分裂するみたいに増殖してくる。こんなやつと上月を本当に付き合わせてもいいのか? いやダメだろ。
中越は金を持っているし、親父という権力も手にしているから、女子には相当もてているらしい。が、男からはほぼ反比例して嫌われているようだ。
中越に彼女をとられたやつなんかも、うちの学校には結構いるらしいからな。そいつらの替わりにも、中越に目にもの見せてやりたくなってきたぜ。
「やはりか」
水曜日の昼休み。学校の裏庭のベンチに腰かけている山野がそうつぶやいた。
「やつの家が金持ちで、学校の裏で黒いことをしているのは聞いていたが、他の先輩や男子生徒から彼女を奪っているのは知らなかった」
山野のとなりには弓坂と妹原が座って、ふたりとも神妙な面持ちで俺の報告を聞いている。
刺激の強い話だからふたりには話したくなかったが、黙っておくのもなんか違う気がする。だからふたりにも打ち明けることにしたのだ。
「中越先輩って、そんなに悪い人だったんだ。八神くんの言っていることは本当だったんだ」
妹原は報告を聞き終わると、悲しそうにうつむいた。だが、
「そんな人に麻友ちゃんが
か細い声だが決然と同意してくれた。
妹原は一見すると気弱そうだけど、意外と芯が強くてしっかりしたところがある。そんなところも妹原の魅力だよなと、ひそかに思う。
「まずは上月を中越から引き離さないといけないな」
会話が途切れたところで、山野がメガネのブリッジを指で押し上げながら言った。
「八神の話を聞いて、みんな中越のことがむかついたと思うが、やつ自身のことはまた別の話だ。ひとまず上月から害物を遠ざけないと、上月が不幸になっちまう」
そうだな。それがまたかなりの難題なのだが。
上月は俺の話なんてまず耳を貸さないからな。妹原や弓坂の言葉だったら、聞いてくれるかもしれないけど。
「上月はたぶん俺の話なんて聞いてくれないから、妹原と弓坂からもそれとなく止めてみてくれないか? その方がきっと効果があると思うから」
「うん」
妹原はふたつ返事で了承してくれる。信頼できる親友がいてくれて、本当に助かるぜ。
「しかし、仮に上月を説得できたとしても、中越の方が素直に引いてくれるとは思えないな」
そう言って山野が難色を示して腕組みする。
そうだ。今回の件はもともと中越から上月にアタックしてきたのだから、中越を退けないと抜本的な解決にならないんだ。
だが俺を澄ました顔で無視したあいつが素直に引いてくれるとは、到底思えない。
「中越は俺らの意見なんて絶対に聞かないぞ。どうするんだよ」
「どうするって言われてもな。俺だって、あいつと個人的な接点があるわけじゃないからな」
山野に詰め寄ると、呆れ口調で返されてしまった。
「あいつの知り合いと接点でもあれば、そいつを経由して中越を説得することができるかもしれないが」
「知り合い……? つまり、中越の友達に近づけっていうのか?」
「そうなるな。まあ、その友達を
つまり望みは薄いということか。それでも何もしないよりはいくらかマシかもしれないけど。
「とりあえず同中の友達をあたってみるか。うまくいけば、中越の友達に近づけるかもしれないし」
「そうだな」
柱時計に目を向けてみると、昼休みの終わる十分前だった。中越のことですっかり話し込んでしまった。
そろそろ教室に戻らないと次の授業に間に合わなくなるな。そう思って三人に声をかけてみたが、弓坂だけスマートフォンの画面をぼうっと眺めていた。
「おい、弓坂」
「未玖ちゃん」
「へっ……?」
妹原が呼ぶと、弓坂が呆然と顔を上げた。
「どうしたの?」
「あっ、うん。……ちょっと」
妹原が弓坂のスマートフォンを覗き込んだので、流れで俺も見てみる。
画面の前面にはブラウザが立ち上げられていて、フロントエンドのホームページが表示されている。遷移先のページは会社概要のページだった。
「中越の親父のことを調べてたのか?」
「……うん」
俺も大川の話がにわかに信じられなかったから、フロントエンドのサイトは調べた。まあ、ページの代表取締役社長の箇所に『
「フロントエンドのサイトは俺も昨日確認したからな。残念だけど、大川の話はほんとだぜ」
「そうだったんだぁ」
「それじゃ、そろそろ時間だから教室に戻ろうぜ」
「うん」
弓坂はいつものほんわか笑顔でうなずくと、俺の後についてきた。
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