運命と緊張の土曜日 - 第18話

 一週間があっという間に過ぎて、運命の土曜日がやってきた。


 妹原の親御さんには許可をいただけたみたいなので、妹原も無事に親睦会に参加できるようだ。


 妹原はどうやら休日もレッスンや練習をしないといけないみたいなので、友達と遊ぶときは事前に許可をいただかないといけないらしい。音楽まみれの生活って大変なんだな。


 でもこれで面子はそろった。恋愛成就に向けて、否が応にも気合いが入るぜ。


 幹事の山野から言い渡された行動プランによると、昼前に早月さつき駅前に集まって、まずは昼食をとるらしい。その後にボウリングをやって、街のショッピングモールや商店街で適当にショッピングをして、夕方くらいに解散するようだ。


 俺は行動プランに気を回す余裕なんてないので、その辺は全て山野に丸投げだ。


 ボウリングはほとんどしたことないし、運動神経も体育のグレードがあったらCコース確定の俺だが、この辺で妹原にいいところを見せて、ぐっと距離を近づけなければ。


 昨日の夜から興奮してあまり寝られなかったので寝不足だが、朝の九時から準備開始だ。


 俺はどうやら遅刻癖があるみたいなので、昨日の夜に上月から「あんたは遅刻するから、一時間前に行っときなさいよ」と言われてしまったのだ。


 上月との約束に遅れるのは一向にかまわないが、今日は絶対に遅刻できないからな。じゃあいつ準備するのか? 今でしょ。


 すでに錆びている一発ネタを披露したところで、着替え完了。中学の遠足などでしか使用しない勝負服――三千円くらいのパーカーとジーパンだ――に着替えて、靴はローファーとスニーカーを足して二で割ったような、大人っぽいやつを選択だ。


 十分間におよぶ歯ブラシのあと、洗面台の鏡の前で髪の寝癖がないかを入念にチェックして、準備完了。自分で言うのもなんだが、あまりに決まりすぎてて鳥肌が立ってきたぜ。


 時間はまだ九時半をすぎたところだから、遅刻の心配はないな。まだかなり余裕があるから、適当にゲームでもして時間をつぶしていよう。


 いや、ゲームでもして気を紛らわしていないと緊張で押しつぶされそうなんだ。


 なあに、大事な約束に遅れるようなヘマはしないし、がっつりと攻略したりもしない。なのでゲーム機の背面にある電源を手慣れた手つきでオンにした。



  * * *



『遅い! 早く来いエロ洞爺とうや湖!』


 という上月からの激憤メールを受信したのは、約束時間の五分後だ。なので即行で家を出て、只今待ち合わせ場所の早月駅に向けて乗車中だ。


 なんでこんなことになっているのか、理由はよくわからない。気づいたら約束時間をすぎていたのだ、としか言いようがない。


 各駅停車の遅い普通列車に乗って、十分ほど。駅に着くや全速力で改札を駆け抜けるが、改札前は人で溢れている。休日の昼間だから当たり前なのだが。


 百人は軽く超えてるんじゃないかというこの人混みを眺めていると、この人たちは一体どこから来て、どこへ向かっているんだろうと漠然と考えてしまうけど、そんなどうでもいいことにカロリーを消費している場合ではない。


 高鳴る鼓動を感じながら人混みを掻き分けて、山野たちを探すこと一、二分。


「八神。こっちだ」


 山野の声がしたのでふり返ると、切符売り場の近くで山野たちが待ってくれていた。


「悪い。待たせちまって」


 大変なご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでしたと心の中で詫びながら、四人の待つところへ。そしてすぐさま妹原をチェック!


「あっ、八神くん」


 恥ずかしそうにうつ向いている妹原は、ああ。薄いピンク色のカーディガンに膝丈の白いスカートという、すごく清楚な装いだ。


 髪はいつも通りに降ろして、きれいな艶が可愛らしさをさらに際立たせているよ。


 さっきまでもう不安で、突然の腹痛でも発症させようかと悩んでいたけど、やっぱり来てよかった。妹原の私服姿を拝見できただけでもう、満足だ。


「ヤガミン、だいじょうぶ?」


 手提げカバンを持って苦笑している弓坂も、かなりおしゃれな服装だ。


 フリル風の袖の短いカットソーに、ジーンズの上に花柄のスカートを穿いて――あれは重ね穿きというのか? よくわからないが――という、かなり上級者向けな仕様に仕上がっている。


 ジーパンは足首が見える長さでロールアップさせて、ブロンドの髪は左の耳の上でひとつにまとめている。こういう大人っぽい弓坂も、いい。非常にいい。


「全員そろったことだし、そろそろ行こうか」


 と言う山野も何気におしゃれな格好をしているが、そこは大して重要ではないので流しておこう。そう思ったが、お前は休日でもメガネをかけているのか?


 思わず突っ込みを入れてしまったが、俺も腹が減っているから出発するか――と思ったそのときだった。


「ずいぶん、遅かったのね。イヤガミくん」


 上月だ。やつが今まで見たことないような可愛い笑顔を浮かべながら、背中からドス黒い妖気を発していたのだ。


 空色のミニのワンピースに足首程度の長さのショートブーツという、今日も憎たらしくなるくらいに可愛いコーディネートだが……出てる出てる。禍々しくて有毒そうなやつが、後ろから大量に。


 あまりに凄まじいから、妹原と弓坂がびっくりして引いているじゃないか。行き交う人までびくっと反応したぞ。


「お昼前の集合なのに、まさか三十分以上も遅刻するなんて、昨日は興奮して寝られなかったの?」

「あ、ああ。まあな」


 上月の口調は優しくて丁寧だが、口角がひくひくと引きつっていて、あんた後で絶対殺す! と言いたげなのがありありと伝わってくるぞ。


 わかった。今夜はとびきりの黒毛和牛をたらふく食わせてやるから、だから許してくれ。


「どうした? 八神。上月」


 ひとりで前を歩いていた山野が俺らの異変を即座に察知したが、


「べ、別にっ」


 上月が空気を読んでオーラを収束させたので、山野は眉をぴくりとも動かさずに歩みを再開させた。


 とりあえず怪しまれずに済んだが、歩きがてら上月に背中を思いっきり殴られた。

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