早高一年A組親睦会開催? - 第17話

 カレーの食券を買って、弓坂といっしょにカレー用のカウンターへ。山野はカツ丼を選んでいたのでそっちに消えてしまった。


 それにしても、上月と、あと妹原も食堂に来てるんだよな。まずい、ものすごく緊張してきた。


「おまたせぇ」


 一分くらい待っていると、弓坂がトレイにカレーを乗せて戻ってきた。こうして女子を待っていると、まるで彼女を待っているみたいだから、これはこれでいいかもしれない。


 いやダメだ。妹原一筋と決めているんだから、浮気なんてしてはダメだ。


「上月さんと、待ち合わせしてるのぉ?」

「ああ。あと妹原とな」


 照れをひた隠しにして言うと、「あっ、そうなんだぁ」と弓坂にクスクスと笑われてしまった。気持ちを知られているのはやはり不利だよな。


「ヤガミン、がんばってねっ」

「おう」


 弓坂に背中を押されて、いざ戦場へ。でも食堂は広いから、上月と妹原の座っている場所がわからない。


 弓坂の前でその辺を行ったり来たりするのは相当かっこ悪いが。


「八神。こっちだ」


 窓側から声が聞こえたのでふり返ってみると、窓際のテーブル席の前に山野が立っていた。そしてその席に上月と、妹原もいた。


 肘をついて態度を悪くしている上月は放っておいて、妹原は少し不安そうな感じで俺を見ていた。


「ああ、すまん。待たせちまって」


 さりげない感じで集まりながら、妹原の昼飯をチラッとフルチェック。


 妹原は案の定弁当だった。ピンク色の小さい容器に入った、可愛いらしい女子弁当だ。


 おかずも小さく切られたウィンナーとか玉子焼きなど、可愛いものばかり。ああ、こんなことでいちいち萌えている俺は精神異常者なのだろうか。


 それにくらべて上月は……フッ。お前はカロリー全無視のがっつり味噌ラーメン――しかも大盛か。まあお前が何を食べようが、俺には一切関係ないがな。


 すると俺の考えをすかさず察知したのか、


「なあに、イヤガミくん」


 上月の顔が途端に引きつりだしたので、目を合わせないようにして席についた。


 妹原の前に山野が座ったので、俺はそのとなりに座る。するとちょうど上月の真ん前になってしまったが、そんな些細な不満をあげてはいけない。


 上月も山野と弓坂に気づかれないように、一瞬だけすごく嫌そうな顔を向けてきたが、我慢しろよ。頼むから。


「すまないな。飯を食っているところを邪魔して」


 山野がさりげなく切り出しながらカツ丼を食べはじめたので、俺と弓坂もスプーンを手にする。


「上月のは何ラーメンだ?」

「見ればわかるでしょ。味噌よ」


 大盛りのな。


「食券はただのラーメンしかなかったが、日替わりで味が変わるのか?」

「さあ。火曜日は味噌ラーメンって紙に書いてあったから、曜日で決まってるんじゃないの?」


 ラーメンは曜日で味を変えるシステムを採用しているのか。次に来たときにチェックしてみよう。


「カレーも、おんなじだったよね」


 そこでとなりの弓坂が俺に聞いてきた。


「そうだったっけ?」

「うん。カウンターに貼ってあった紙に、野菜カレーとかぁ、ビーフカレーとか、書いてあったよ」


 ビーフカレーはいいが、野菜カレーは嫌だな。ピーマンや茄子なすなどの強敵がふんだんに入っているからな。


 弓坂がいいタイミングで話しかけてくれたから、よし。俺もいくぞ。


「せ、妹原は、弁当派なんだな」


 すると妹原がびくっと、肉食獣に怯える野うさぎみたいに反応した。


「う、うん」


 微妙に拒絶されている気がするが、ひるむな。


「その弁当は、あれか。じじ自分で、つくってる、のか? えと、す、すげえよ……なっ!?」


 そこで突然足に一tの重りを落とされたような衝撃が走ったので、思わず叫びそうになってしまった。


 おそらく、上月が俺の足を踏みつけたのだ。上履きのかかとで、思いっきり。


「雫は毎日のレッスンで忙しいんだから、お弁当つくってる時間なんて、ないよねぇ」


 上月がぎこちない笑顔でフォローしたので、妹原が「うん」と苦笑した。


「わたし、お料理は一度もしたことないから……」


 そうだよな。妹原はいつもフルートやピアノのレッスンをしてるんだから、料理なんてする暇はないよな。俺としたことが、妹原すまない。


「麻友ちゃんは、お料理上手なんだよね」

「えっ、うーんと。……でも、簡単な料理しかできないよ?」

「そうなの? でも、たまにクッキー焼いたりするんでしょ? いいなあ」


 上月と妹原って、いつもはこんな会話をしているのか。上月が相手だと、妹原も話しやすそうだな。


 上月もなんか普通に女子やってるし。俺と話しているときとは大違いだ。


 ちなみに上月のクッキーなんて、俺は聞いたことないし、食べたこともないぞ。別にいいけど。


「じゃあさ、雫。今度いっしょにクッキー焼こうよ」


 上月が話の流れで提案すると、妹原は嬉しそうにうなずいて、


「うん。空いている日があるかどうか、お父さんに聞いてみるね」


 妹原からあっさり約束をとりつけやがった。くっ、上月め。いいなあ。


 しかし女子がふたりでクッキーをつくっているところに男子が割り込んだら、もう不審者確定だ。ここは涙を呑んで耐えるしかない。


 上月は俺の泣きたくなる気持ちなんてお構いなしで、俺のとなりにいる弓坂を見やって、


「弓坂さんも、どうかな?」

「あ、あたしっ!?」


 今度は弓坂が飛び上がりそうになった。


「……いいの?」

「うん。人数多い方が楽しいしね」


 今日の上月は機嫌がいいのか? こいつのこんな平穏な笑顔を見たのは、生まれて初めてかもしれない。


「わあっ! ありがとぅ」


 弓坂もめちゃくちゃ嬉しそうに微笑んで、男子二名の画策を余所に女子三人によるクッキー女子会の開催が確定してしまったようだ。


 なんか、まったく予想していない方向に話が進んでしまったが、それは仕方ないのか。女子同士で仲良くしたいっていう気持ちだってあるんだろうからな。


 今日はもうこの辺で身を引いた方がよさそうだな。そう思っていると、


「なら、今週の土曜に五人で遊ばないか?」


 山野がいきなり提案しだしたので、上月をはじめ全員が軽くどよめいた。


「えっ、五人で……?」

「いけないか? まだ入学したばかりだから、お互いのことを知らないし、親睦を深めるいい機会だと思うが」


 山野以外はものすごく驚いているが、こいつだけはいつもの仏頂面か。お前の神経の太さには呆れを通り越して、もはや敬服するよ。


 だが、これは願ってもない提案だ。女子と遊びに行ける上に、妹原にぐっと近づけるチャンスだ。山野、お前は本当にいい友人だよ。


 となりの弓坂も嬉しそうにはしゃいで、


「わあ、行こう行こう!」


 よし、これで賛成票は三票か。俺は言うまでもない。絶対賛成だ!


 妹原はきっと上月がいれば来てくれるだろうから、あとは上月次第だ。頼むぞ。


「そうねえ」


 上月は偉そうに腕組みして、「うーん」と考えるふりをして、


「今週はとくに用事ないし、別に行ってもいいかも」


 何が用事だ。そんなものはいつもないだろ。なんて口走ったら強制終了されるから歯を食いしばって我慢だ。


「雫は、どうする?」

「わたしは、お父さんに聞いてみないと……」


 何っ、またしてもお父さんか。くっ、妹原の家は門限とか色々ときびしい家庭なのか。


 でも妹原が来てくれないと、意味がないんだ。だから、頼む! 妹原の義父さん。


 山野も俺と同じ気持ちだったのか、表情のない顔で妹原を正視すると、妹原がまたびくっと反応した。


「ぜひ、親父さんに聞いてみてくれ。この面子で集まらないと意味がないからな」

「う、うん」


 こうして五名だけの早高さつこう一年A組親睦会が、今週末に唐突かつ極秘に実施されることになった。


 でも親睦会って何をするのだろうか。合コンみたいなものは一度も参加したことがないから、できれば勘弁してほしいぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る