ボウリング大会 - 第19話
昼飯は駅前のファミレスで食べて、一時間くらいしゃべってから近くのボウリング場へ向かう。
だが近くといっても駅前にはなく、一番近いところで徒歩で五分くらいかかるが、そんなことは全然苦にならない。
休日に女子といっしょに歩いていると、こんなにフワフワした気分になるんだな。妹原とふたりで歩いたら、この浮遊感はどこまでレベルアップするのだろうか。
なんていうことを考えていると、山野が俺のとなりにやってきた。
「緊張はまだ解けていないようだな」
ほっとけ。デート初日でも緊張せずにいられるのはお前だけだ。
山野は俺のさぞ強ばっているであろう顔を見つめると、メガネのブリッジをいつもの動作で押し上げて、
「でも問題はない。緊張してるのはあいつらも同じだからな」
言いながら、前を歩いている女子三人を指した。
上月たちはさっきのファミレスでかなり打ち解けたのか、横一列にならんでしゃべりたおしている。「ケーキが」とか、「バイキングに」と時おり聞こえてくるから、ケーキのバイキングに行く話でもしているのだろう。
傍目では緊張しているようには見えないが。
弓坂は「わあ、すごいねえ」と、いつもの天然マイペースな感じだけど、上月と妹原は人見知りをする性格だよな。
「あいつら、緊張してるのか? そんな風には見えないが」
「女子は男よりも取り繕うのがうまいからな。一見仲良くしてるように見えるが、内心はまだドキドキなんじゃないか?」
「――と、お前の姉貴が言っていたのか?」
「いや恋愛マニュアルにそう書いてあった」
「今度はマニュアルかよ!」
恋愛マニュアルなんて読んでるのかよ。無機質アンドロイドのお前が。
「マニュアル、読んでおいた方がいいぞ。何ごともまずは形からと言うだろう?」
……もののたとえが微妙に間違っているような気がするが、突っ込まないぞ。ボウリングの前に無駄なエネルギーはつかいたくないからな。
ボウリング場に着いて、まずはプレイヤー名を登録する。だが一番と二番はプレッシャーのかかる順番だから、女子に三番目以降を譲るみたいだ。
なので上月たちに先に名前を書かせたが……みんな無難に下の名前――しかもカタカナ表記だな。
面白くないので、俺が二番目に『早高の赤い彗星』と書き殴ったら、山野が『早月の白い悪魔』と対抗してきやがった。
「白い悪魔、って何?」
「細かいことは気にするな」
上月の真面目な問いを山野が仏頂面で流して、待つこと二、三分。休日のお昼過ぎだからかなり混んでいるが、奇跡的に早くレーンに入ることができた。
カウンターの近くの機械でハウスシューズをレンタルして、次にボール選びだ。なるべく重いボールをつかった方がかっこいいのだろうが、重すぎるボールを無理してつかっている感じになると逆にかっこ悪いので、重すぎるボールを選ぶのは考えものだ。
それなので、いつもつかっているボールよりも一ポンド重いくらいが無難なのだろう。
いつもは十二ポンドのボールをつかっているので、一ポンドあげて十三ポンドにしよう。持ち上げると手にズシリと重くのしかかるが、明日の筋肉痛は覚悟の上だ。
ボールを持ってレーンに戻ろうとすると、すぐ近くで妹原がボールを選んでいた。これは、会話する絶好のチャンス!
心臓の鼓動がものすごい勢いで早くなっていくが、耐えてくれ。
「ボ、ボールを選んでる、のか」
至極当然な言葉で切り出してみると、妹原がこくりとうなずいて、
「ボウリングって、初めてだから、よくわからなくて」
妹原はボウリング初心者なのか。ならば優しく指導してあげなければ。
しかし、俺も男友達と数回しかしたことないから、ボールを選ぶ基準なんて全然わからない。
女子には比較的に軽いボールを選んだ方がいいのかもしれないが、軽すぎるとピンがたおれなくなるから、程よいボールを選んであげなければいけない。
妹原はボールの判別の仕方がわからないのか、十四ポンドのボールを両手で持ち上げて、「こんなに重いの……」としょんぼりしている。本当にボウリング初めてなんだな。
ちょうど手前に七ポンドのボールが置かれていたので、ひょいと持ち上げてみた。かなり物足りない重さだが、女子が投げるならこのくらいが丁度いいだろう。
「これなんか、いいんじゃないか?」
少し緊張しながら差し出してみる。妹原も申し訳なさそうに両手で受けとったが、
「あ、さっきのボールより軽い」
「さっきのは十四ポンドだから、あれは男性用だ。こいつは七ポンドだから、さっきのより全然軽いはずだ」
「そうなんだ」
妹原は安心してくれたようだ。よかった。
「八神くんは、どのボールをつかうの?」
「俺か? 俺は、十三ポンドだ」
よくぞ聞いてくれました。
若干胸を張ったりなんかして、無駄にかっこつけてしまうが、妹原も素直に驚いてくれて、
「いつもそんなに重いボールをつかってるんだ。すごいね」
「ま、まあな」
やはり一ポンド重くしておいて正解だった。
* * *
妹原といっしょに八レーンに戻ると、山野たちがボール選びを終えて待っていた。
マイボールをボールリターンに置きつつ、すでに置かれていた三つのボールを拝見してみる。手前のピンク色のボールは、六ポンドか。たぶん弓坂がつかうボールだろう。
残りは十五ポンドの黒いボールがふたつ置かれているが、もうひとつは一体だれがつかうんだ? 男は俺を含めてふたりしかいないんだぞ?
ボールに軽い疑念を抱きつつ、一フレーム目の開始だ。
「じゃあ、はじめようか」
一人目は白い悪魔の山野か。先発だが緊張する素振りを見せずに、十五ポンドのボールを片手で軽々と持ち上げる。
立ち位置からゆっくりと助走して、華麗なフォームでボールをスロー。
「わあ、すごい」
ボールを先頭のピンにしっかりと当てて、一投目でいきなりストライクを出しやがった。しかもボールが軽くカーブしていたような気がするが、それは俺の目の錯覚だろうか。
「ボウリングはわりと得意なんだ」
湧き上がる俺たちを尻目に、山野は表情ひとつ変えずに戻ってくる。あまりにかっこよ過ぎるから、思わず惚れそうになったじゃないか。
ストライクの後の恒例のハイタッチをして、次は俺の番か。ストライクが出た後だから余計に緊張するぜ。
少し重い十三ポンドを持って、ボールをスロー。軌道は悪くなかったが、微妙な八ピン倒しだった。
ガーターじゃなかったのはよかったが、俺を見ている上月の顔が半笑いなのがかなりむかつくぜ。
お前がガーターを出したら、声を高らかにして笑ってやるからな。
「それじゃあ次は、あたしの番ね」
そう思っていたら次は上月の番だったのか。満を持して登場と言わんばかりに立ち上がって、俺と入れ違いでボールリターンに近づく。
そして、十五ポンドの超重いボールの所持者はやはりお前だったのか――をひょいと持ち上げて、
「あたしの本気、あんたたちに見せてやるわよ」
俺と山野に宣戦布告しやがった。
しかしこいつは元女子サッカー部で、運動神経も素で学年一位になれるくらいだから、もしかしたら、とんでもないことが起きるかもしれない。
俺と山野が固唾を呑んで見守る中、上月は静かにボールをかまえる。緊張している素振りは微塵も見せない。
そして右足を静かに踏み出しての、スムーズなアプローチ。重いボールを難なく後ろに引いて、
「うぉおりゃぁああ!」
獅子の
ボールは大砲の弾みたいにまっすぐに、レーンを高速で飛来――いや転がって、
「うおっ!?」
先頭のピンに当たった瞬間、十本のピンがまるで爆発するように弾け飛んだ。
「よしっ!」
こいつはやはりアホだ。今年一番のしたり顔でガッツポーズする上月を見て俺は思った。
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