透矢と上月の非日常な日常 - 第7話
今日の献立はどうやら野菜炒めで確定らしいので、その他にコロッケなどの惣菜を買ってからスーパーを後にした。
家までの帰り道はオレンジジュースを買うかどうかで上月と散々に揉めたが、結局それも通りがかったコンビニで買わされて、日が落ちはじめた頃に家についた。
家は駅前の分譲マンション。十二階建て、オートロックつき。
間取りは三LDK。風呂トイレ別。システムキッチンのうえにコンロはIHクッキングヒーターだ。
料理のつくれない高校一年の男子がひとりで住むには充分すぎるスペック――というか明らかに過積載なので、その一割も使いこなせていない。
だから同中の友達を家に呼ぶと、「トーヤんちめっちゃええやんか」となぜか関西弁で誉められることが多い。俺はずっと住んでいるから、特に感慨は沸かないが。
「何してんのよ。早く来なさいよ」
気づいたら上月がエントランスで不審そうに見ているが、お前、怒ってばっかいるとその眉間のシワ、そのうち消えなくなるぞ。
ポストに入っていた不要なチラシをがさがさと漁ってから、オートロックの鍵穴にキーを差し込む。
ひっそりとした廊下を少し歩くとすぐにエレベーターがあるので、上の矢印のついたボタンを押すと、エレベーターの扉がすぐに『チン』と鳴った。
俺の部屋は七階。上月の部屋は六階だ。
「一旦部屋に戻るか?」
「いい。すぐにご飯を支度する時間になるから」
じゃあ押すのは七階だけだな。
数秒で七階に着いて、常夜灯のついた内廊下を少し歩くと俺の家だ。
持っていた荷物を上月に渡して、俺はリビングへと移動する。テーブルに置いていたリモコンでテレビをつけると、午後のワイドショーがやっていた。
そんなものを観てもつまらないので番組を替えてみるが、裏番組は子供向けのアニメと時代劇しかない。
キッチンの方からビニール袋をガサガサと漁る音がして、
「あれ、あたし、サイコロステーキなんて買ったっけ?」
上月の間の抜けた声が聞こえてきた。やっと見つけたか。
「さあな。買ったんじゃねえの?」
するとセミオープンキッチンの向こうから上月がにらんできた。だが俺が素知らぬ顔でテレビを見ていると、やがて諦めてサイコロステーキを冷蔵庫にしまった。
時代劇なんか見てもつまらないので、インターネットでもしていよう。テーブルに置いているノートパソコンを開いて、電源のスイッチを押した。
* * *
飯の後の皿洗いはもっぱら俺の担当だ。
上月はご飯をつくるだけで皿洗いは絶対にやらないので、その辺の分業スタイルがこの一年で完全に定着してしまった。
でもまあ、ご飯をつくってもらえるだけでもありがたいんだから、それ以上を望んじゃいけないよな。
オープンキッチンからリビングが見渡せるので、自然とテレビに目がいく。しかしゴールデンタイムに放送しているテレビ番組なんて、微妙に面白くないバラエティ番組しかないから、流す程度でしか見ない。
テレビ画面に映っているのは、名前の知らない若手芸人がコントを披露するコント番組だ。
顔の判別がつかない、いまいちぱっとしない三人組が寿司屋を舞台にしたコントをやっているみたいだが、面白くはないな。
むやみやたらに声を張り上げているだけで、話のオチがないというか、ボケもいまいちというか、とにかくそんな感じだ。
なんて心の中で偉そうに批評していると、画面が突然プチっと切り替わって、青い芝生が全面に映し出された。
おっ? いきなりサッカーの国立競技場みたいな場面に切り替わったが、次のコントはサッカー中継を――。
「上月! 勝手にチャンネル変えんなっ」
「うるさいな。どうせ見てないでしょ」
しっかり見てたっつうの。
でもテレビの前を陣取っている上月は、俺の気持ちなどおかまいなしにリモコンを放り投げた。
「今日は八時からサッカー観るって決めてたんだから、あんたも黙って観てなさいよ」
いやそんなの聞いてねえぞ俺は。
「今日は大事なオーストラリア戦なのよ! 今日の試合の結果が今後のアジア予選に大きく関わってくるんだから、あんたもしっかり応援しなさいよ!」
はいはい。
オリンピックだかワールドカップだかの出場をかけて予選をやってるんだろ? 俺はサッカー観ないから全然知らないけど。
一応抗議文でも出そうかと思ったけど、そんなものを出してもこいつが受け付けるわけはないし、それにさっきのコント番組も大して観てなかったからな。ため息ひとつを漏らすだけに留めておいてやるよ。
上月はスポーツが好きだ。
野球、サッカー、バレー、水泳、マラソン。女子、男子問わず。
特にサッカーが好きで、日本代表や
どうやら家にいると、親父さんにテレビのリモコンをとられてしまうみたいなので、その辺の事情もあいつが俺の家に来る理由につながっているようだ。
女子でサッカーが好きなのは珍しいが、上月の場合にはちゃんとした理由があって、あいつは小学生のときからサッカーをずっとやっていたのだ。
俺の死んだ母さんがあいつの大ファンだったから、あいつの活躍を耳にタコができるほど聞かされた。あいつが出る試合を毎週のように観戦していたらしいからな。
小学校のサッカークラブは男女合同らしかったので、あいつは男子に交じってプレイしていたようだが、死んだ母さん曰く、「麻友ちゃんはトップ下のエースなのよ!」とのことらしい。トップ下というキーワードが何を示しているのかはよく知らないが。
だからあいつの運動神経は俺なんかより全然高い。いや、学年トップクラスなんじゃないか? 足だって、スウェーデンリレーのアンカーに毎年抜擢されるくらいに速いからな。
洗い物が終わったので、上月から少し離れた位置に座る。どうやら試合がはじまったようだ。
真上から映し出された青いグラウンドの上に、二センチメートルくらいのミニチュアサイズになっている選手がちょこちょこ動いて、ボールを左右にまわしている。
「あっ! ボールとられた。
上月はテレビに釘付けになって試合の様子にいちいち反応している。ボールを左右に蹴っているだけなのに、そんなに楽しいのかねえ。俺はもう暇すぎて眠たいが。
でも就寝時間にはまだ早いので、テーブルのノートパソコンを引っ張ってインターネットでもしているしかない。
起動した画面の左下のOSのアイコンをクリックして、表示されたメニューからブラウザのアイコンを押したころに、
「ねえねえ」
上月が俺のシャツを引っ張ってきた。
「なんだよ」
「あの左サイドの選手、
あっそう。別に興味ないから俺は見ないけど――そう思っていると、上月が俺の頬を思いっきりつねりやがった。
「いてててて! 何すんだいきなり――」
「あの左サイドの選手、加川選手っていうんだよ」
わかった。わかったからとりあえず手を離せ!
俺が上月の手を強引に引き離すと、上月がこれ以上なく剣呑な目つきでにらんできた。
「今日の試合は大事な試合なんだから、ちゃんと応援しろって言ったでしょ。何パソコンなんか触ってんのよ」
「別にいいじゃねえか。俺の勝手だろ」
「フン、どうせまたエッチな動画でも観る気なんでしょ。そんなのばっか観てないで、少しは実のあるものを観なさいよ」
うるせえな。人の家の電気代を消費してテレビを観てるくせに、世帯主にいちいち文句つけるな。
その日のサッカーの試合は上月の応援もむなしく、一対一の引き分けで終わったようだ。「あんたがちゃんと応援しないから悪いのよ!」と一方的に責任を負わされたが、そんなことは知るか。
その後も理不尽なクレームをいくつかつけてから、上月は帰っていった。あいつがいると騒がしいから、ゆっくりインターネットもできないな。
なので、あいつがいなくなってからやっと自分の時間になるわけだが、もう夜の十時を過ぎてるから眠くなってきたな。
シャワーを浴びたら今日はもう寝るか――と思ってふと床を見下ろすと、上月が被っていたつば広の白い帽子が床に落ちていた。
あいつ、帽子を忘れているぞ。そそっかしいやつだ。
明日とりに来るだろうから、ソファの上にでも置いておこう。俺は帽子を置いて、クローゼットからバスタオルを探した。
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