透矢と上月のひそかな関係 - 第6話
俺と上月の関係は、少し複雑だ。
俺の母さんは、俺が中学二年のときに死んだ。医師の診断は脳卒中だった。
俺の親父は仕事の都合で海外に住んでいるから、日本に帰ってくるのは数年に一度しかない。だから親父の顔はほとんど見たことがない。
死んだ母さんの話によると、俺が生まれて間もない頃に母さんは俺を連れて日本に帰ってきたらしい。だから俺と親父の面識が希薄なのは仕方がないことなのだ。
そんな理由で母子家庭となった俺ら親子を助けてくれたのが、上月の家族だった。
俺の母さんと上月の両親は仲がよかったので、休みの日にはいっしょによく遊びに行った。上月本人からは気持ち悪がられていたから、それまでは会話すらろくにしていなかったが。
しかし母さんが死んでから、状況ががらりと変わった。
母さんの葬式に、親父は来なかった。仕事の都合がつかなくてどうしても帰国できなかったらしい。
そして母さんの両親――俺の爺さんと婆さんはもう死んでいて、母さんの兄弟もひとりもいなかった。だから俺は、まわりの反対を押し切ってひとりで住んでいるのだ。
だが俺は、料理ができない。何度か挑戦したことはあるのだが、あまりに下手すぎて
とはいえ上月は気分屋なので、毎日つくってくれているわけではないが。
だから週に何度かクラスメイトに隠れて、こうしてふたりでスーパーに行ったりしているのだが、みんなにはバレてるんだろうな。
上月は幼なじみで、家ではふたりでいることも多いのに、お互いが恋愛対象になっていない。そういう関係なのだ。
「それで、今日はどこに行ってたのよ」
ファミレスの外の階段を降りながら上月が聞いてくる。
「別に、どこにも行ってねえよ。山野と弓坂の三人で昼飯を食べてただけだ」
俺が不機嫌そうにこたえると、上月は「ふうん」と俺を詮索するような目で舐めまわしてくる。
「そのふたりって、あんたの後ろの席に座ってる人でしょ。片方の子は金髪の女子じゃなかったっけ?」
うっ。よく見てやがんな。
「スケベなあんたのことだから、その子を見ながらどうせエッチなことでも考えてたんでしょ。いやらしっ」
「か、考えてねえよ」
「嘘ばっか。朝だってエロメガネとあたしの方をじろじろ見てたでしょ。ただでさえきもいんだから、きもさに拍車をかけるようなことしないでよね」
くっ、黙っていれば言いたい放題言ってくれやがって。
でも好奇な目で妹原を見ていたのは事実だ。こいつの売り言葉に反論するともっと詮索されそうだから、ここはじっと耐えるしかない。
駅前のスーパーはクラスメイトに見つかりやすいので、駅から遠い、国道沿いのスーパーをいつも利用する。そこは家のマンションからも遠いのだが、マンションには同中の友達が何人か住んでいるので、彼らにも見られてはいけないのだ。
入り口で買い物籠を拾う俺を尻目に、上月は鼻歌まじりで店内に入っていく。高原のお嬢様風の服装だから、スーパーの中では少し浮いているような気がするが、その辺は考慮しなくてもいいのか。
俺が注意してもどうせ反発されるだけだから、今日も黙って荷物持ちになってやるよ。
「今日は何にするんだ?」
一応聞いてみると、上月はピーマンが四つ入った袋をながめながら言った。
「今日は野菜が安いから、野菜炒めにしようかな」
なにっ、野菜炒めだと。料理するのが面倒だから、今日は手抜きするつもりだな。
俺があからさまに嫌そうな顔をすると、
「なによ」
それを即座に察知して上月もにらんできた。
「言っとくけど、手抜きしようと思ってるわけじゃないからね。あんたの食生活は野菜が不足してるから、それを補ってやろうと思ってあげてるのよ」
「どうだか。っていうか、今日は肉の特売だったんだろ? だったら野菜炒めばっかじゃなくて、たまにはハンバーグでも食わせてくれよ」
すると上月はピーマンの袋を置いて、となりに置かれていたホワイトアスパラガスの一束をとって冷笑した。
「あっそう。だったらあんたの要望にこたえて、あんたの大っ嫌いなアスパラを野菜炒めに大量に投与してあげるけど?」
それはマジでやめろ。そんなことをされたら、食あたりで明日学校に行けなくなってしまう。
そんな感じで、上月の横暴は今日もいつも通りか。同じ女子でも妹原はあんなにお淑やかなのに、なんでこんなに違うんだろうな。
今朝の妹原は、可愛かったな。俺と手が重なると、恥ずかしそうに手を引っ込めたりなんかして、すごくか弱いんだもんな。
女子はやはりああでないと。間違っても男子に土下座などさせてはいけない。
「そういえば、うちのクラスに音楽やってる子がいるんだってな」
カートを押しながらさりげなく話をふってみると、上月が野菜炒めセットを籠に入れながら俺の方を見てきた。
「それって妹原さんのこと?」
そうだよ。お前のとなりに座ってる妹原だよ。
「山野から聞いたんだが、妹原って小さい頃からフルートとかピアノをやってるんだってよ」
「それで?」
「それで、フルートの技術とかマジですごいらしいぞ。なんでもプロよりすごいとかで、中学のときにはテレビにも出たことあるらしいぜ。すげえよなあ」
今朝山野から得た情報をそのまま伝えているだけだが、若干興奮しながら聞かせてやると、となりにいる上月も喜ぶかと思いきや、汚物を見下すような顔をしやがった。
「なんだよ」
「あんたも教室のまわりで集まってたミーハーと同じようなこと言うの? そういうの、マジできもいんだけど」
「う、うるせえ!」
心の底からすごいと思ってるんだから、言ってみたっていいじゃないか。お前は黙ってろ!
だが俺の心の声が聞こえていない上月は、すぐに興味をなくして野菜選びを再開させる。
「女子のいいところを褒めてれば仲良くなれるとでも思ってるわけ? あんたの考えることはいつも浅いのよ」
ぐっ、このやろぉ……。
俺がなんとなく期待しているところをぐさりと抉りやがって。ほんと、可愛くねえ。
「そんなことばっかり言ってると、一生かかっても男なんてできねえぞ」
「うるさいわね。あんたが傍にいるときもいのがうつるから、ちょっと離れて歩いてよね!」
売り言葉に買い言葉かよ。
気づくとまわりのおばさんたちが不審そうに俺を見ていたので、ぐっと歯を食いしばって我慢するしかない。
だがこのまま引き下がると負けた気がして悔しいので、あいつが見ていない隙にサイコロステーキを籠にこっそりと入れてやった。
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