天敵? 幼なじみ? 上月麻友 - 第5話
妹原の友達巻き込み作戦が暫定的に決まったので、その後は目的もなくだらだらしていたが、残りのポテトをつまんでいたときにポケットからブルブルと振動が伝わってきた。
ポケットからとり出したスマートフォンの画面の上部にメールのマークがついている。親指で画面を操作して受信トレイを開けると、送信者の箇所に『
そういえば、今日はあいつと買い物に行く用事があったような、気が……。
嫌な予感をびんびんに感じつつ受信メールを開封すると、
『遅い! 何してるの!?』
メールの文面はこれだけ。あいつは女子なのに絵文字もデコメも使わない――じゃなくて、これはかなりやばいのでは。俺の頭から血の気がさっと引いていく。
「どうしたのぉ?」
弓坂が不思議がっているので、俺はスマートフォンをポケットにしまった。
「すまん。今日は用事があったんだ」
「用事?」
「ああ。だから俺はここで失礼する」
弓坂ともっとしゃべっていたかったが、あいつに逆らうと後が怖いのだ。だから許してくれ。
店を出る前に山野がアドレスを教えろと言ったので、アドレスを交換しておいた。そしてその流れで弓坂のアドレスもさりげなく登録して、俺はふたりと別れた。
* * *
ドアが閉まる寸前の私鉄に飛び乗って、最寄の
黎苑寺はふたつ先の駅なので、乗車時間なんてたぶん十分くらいしかかかっていないのだろうが、今日は電車の走る速度がやけに遅く感じるな。
着くや否や俺は電車を飛び降りる。全力疾走で改札を飛び出すと、駅前のロータリーの傍にあるタクシー乗り場の近くで、白いワンピースに衣替えした悪魔が俺を待ちかまえていた。
「あんた。あたしを待たせるなんて、いい度胸してるわね。今日の約束すっぽかして、どこに行ってたわけ?」
手をぱきぱきと鳴らして凄んでいるのは上月だ。こいつはワンピースの上に青のカーディガンを羽織って、生意気にも女性雑誌のモデルみたいな服装をしてやがる。
頭にはつばの広い帽子なんかかぶって、お前は高原のお嬢様か。
「あたしを一時間半も待たせて、どこでだれと道草食ってたのよ。場合によっては今夜から三日間の断食だからね」
上月は全身から禍々しいオーラを放って、今までずっとここで待ってたのよどう責任とるつもり!? と言いたげな感じで責め立ててくるが、
「その割にはしっかり着替えてるんだな」
すると帽子のつばに隠れた上月の顔が真っ赤に染まった。
「う、うるわいわね! あんたが、いつまで経っても全然来ないから、着替えてきたのよ! 制服、まだ新品なんだからっ」
「だったらずっと待ってないで、さっさと俺にメールすればよかっただろ? それに、スーパーに行くだけなんだから、別に俺がいなくたって――」
流れで適当に反撃したら、凍てつく空気のような何かが前方から流れてきた。
「へえ」
上月が、暗黒星のようにドス黒い空気をバックに薄ら笑いを浮かべていた。グロスの塗られた唇は左右にぱっくりと割れて、薄いアイシャドウの入った目は一等星みたいにぎらぎらと光り輝いて――って冷静にナレーションしてる場合じゃねえ!
「あんた、自分が勝手に一時間半も遅れてきたのに、全然反省してないんだ。……へえ。そうなんだ」
「い、いや! そうじゃない。もちろん反省はしている。そうじゃなくて、その、お前のことも一応考慮し――」
「へえ。そう。じゃああんたは今日から一ヶ月間の断食――」
やばい!
上月の口から死刑宣告が出るより早く、俺はその場で土下座した。お昼時だから駅前は他校の生徒やおばちゃん連中が歩いているが、そんなことを気にしている場合ではない。
両手を地面にぴったりつけて、額を擦り付けての本気の土下座だ。今日は日差しが強いから、コンクリートの熱で手のひらが焼きただれてしまいそうだが。
「この通り反省している。だから、断食だけは勘弁してくれ」
断食は読んで字のごとしだ。上月が断食を宣言すると、飯を一切つくってくれなくなり、なおかつ俺の財布から金が消失してしまうのだ。
そして断食の終了日の夜に、消えた金が全額――一円まできっちりとなくならずに返ってくるのだ。家の玄関の前に、どこからともなく。札束と小銭をきれいに分けて。
それとこれは余談だが、銀行のキャッシュカード等も同時に
しばらくして漆黒のオーラが収まってきた頃に「そう」と上月がつぶやいた。
「自分の犯した罪の重さをやっと理解したようね。じゃああんたの土下座に免じて、期間は一ヶ月から十日に――」
ちょうどそのとき、上月の腹から「ぐう」と異音が鳴った。
「飯、食ってないのか?」
すると上月の頬がまたリンゴみたいに紅くなった。
「しょうがないから、今日は、ファミレスで我慢してあげるわよ」
* * *
俺は上月を連れて、駅から十分ほど歩いた先にあるファミレスに入った。
上月はファミレスに着くなり店員を呼んで、サーロインステーキとライスを注文しやがった。メニューも見ずに。
その昼食代を払うのは当然俺だ。
「人の金だと思ってサーロインなんか頼みやがって。今月の食事代が早くも飛んだぞ」
「うるさいわね。うちの親からもいくらかもらってるんでしょ。サーロインの一枚ぐらいでがたがた言わないでよね」
テーブルの向かいで悪態をついている上月は、早くもステーキに夢中だ。さっき店員が運んできたステーキをナイフもろくに使わずに食べている。もう少し噛んで食え。
「そんなに腹減ってるんだったら、スーパーに行くのは夕方でもよかったんじゃないのか?」
「だめよ。今日は一時からお肉の特売やってるんだから、早く行かないと特売終わっちゃうじゃない」
特売で肉を買う前に人の金でステーキなんか頼むな。
でもしかし、この凶悪横暴女には何を言っても無駄なので、俺はテーブルの向かいでため息をつくしかない。手のひらの火傷がひりひりするぜ。
今は時間にしてお昼を過ぎているので、店は閑散としている。店内にはぽつぽつと客の姿が見えるが、いるのは子連れの主婦とよぼよぼの爺さんしかいない。うちの高校の生徒はいないみたいだ。
上月はもうステーキを食べ終えて、残っているのはライスとジュースだけか。
「それ、早く食っちまえよ。こんなところをうちのクラスの連中に見られたらまずいからな」
「平気よ。ここは駅から離れてるし、こんな時間にご飯食べてる人もいないから」
上月はフォークを皿に置いて、オレンジジュースの入ったコップに手を伸ばした。
「あんたこそ、学校の中で変なことしないでよね」
「わかってるよ」
上月はストローを銜えると、オレンジジュースの残りを一気に飲み干した。
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