第24話 世界一退屈しない遊びを、です!

 いよいよ……。

 僕はごくりとつばを飲んだ。

 ただじっと立って雷雲が立ち込めたような顔をする光史朗さんは、「旧雑賀漁港再開発計画を発表する」と宣言すると、禍々しい黒衣をまとった人が出入り口から数人ほど現れて、あめあがりさんと星野くんをあっという間にさらってしまった!この間、メディアの人たちが僕の周囲を素早く取り囲み、逃げ場がなくなってしまった。いやそれよりも。


 旧雑賀漁港……?


 その名は記憶に新しい所で、あめあがりさんが生配信を行っていた場所だ。そこを再開発ということは……。


「安元君」


「……え、あっ、はい!……?」


 あれ、僕、自分の名前言ったっけ。


「正式な発表は後日に行うとして……今から私は君にだけに再開発計画を説明する……いいね?」


 口調こそ優しいものだけれども、ものすごく威圧的なものを感じる。感覚的に先生に職員室に呼び出されて、詰問前の嫌〜な間に近い。僕は怒鳴られるのか……?


「3億。これは何の数字だかわかるかな安元君」


「さ、3億ですか、、、う~ん、う~ん」


 悩んでいるが、一般人が獲得できる生涯賃金しか思いつかなかった。あとは宝くじか。


「ふむ。父は他企業の会社員、母は専業主婦。一般的な家庭に生まれれば縁遠い数字なのかもしれないな、ヒントを与えよう……旧桐谷邸を爆破した私の娘が我々に与えた損害額だ」


 言ってるし!そ・ん・が・い・が・くって言ってるし!


「済まない。口が滑った、わっはっはっは」


「そうですよね、口が滑ったのでしたら仕方がないですよね、あはははは」


「あはは、ではない!ここは笑うとこではないのだ曇り顔猿之助め!」


「ぎゃあごごごごめんなさい!」


 こえぇー!あめあがりさんと違って、

 声が2オクターブ低いんだって。しかもオールバックだよあのオールバックが怖さをバフィングしているんだよ!きっと和装の下には桜吹雪じゃなくて昇り龍が潜んでいるに違いないね。


 プロジェクタースクリーンに旧雑賀漁港再開発計画と銘打ったPVが光史朗さんのナレーションと共に流れている。古びた洋館の玄関の扉が開き、そこをくぐり抜けると、穏やかな漁港とそこで暮らす住民が夢見る暮らしの果てに、海原を一望できる図書館や行動展示を主旨とした水族館、中でもそのPVが推していたのは人生の終わりに安らかな暮らしを約束するシニアレジデンスだった。


「コンセプトは『歴史と想いを結ぶ、100年へ』だったのだ」


「はあ……壮大なテーマですね」


「20世紀初頭に建築された桐谷邸は、もともとは、雑賀村に住む子ども達の教育水準を上げるために造られた学校であった。当時の村長である桐谷きりたに長三郎ちょうざぶろうは『教養こそ漁業に必要な礎』として子ども達を大学にまでやるため、資金をなんとか捻出し、ひとつの私的教育機関を造成したそれが『桐谷学校』だ」


 光史朗さんはそう言うと、PVを桐谷邸のところで一時停止させた。なんとなく足利学校みたいなものかと想像したが、小規模でありながらガチで小中高生を育成する予備校のようだった。国指定の重要文化財ではないようだが、そんな貴重なものを爆破させてしまったあめあがりさんはとんでもないことをしたのだと、僕は口をあわあわさせた。


「村の大人は子を想い将来を託し、育った子は村のため研鑽してきた教養で未来を潤す。そして雑賀村は豊かな漁村へとなったのだ。そこでだ安元君、健全な君に問う」


「……はい」


「我が娘、雨坂小晴はどうすれば悠遠の儀を果たすとするか」


 ……なんというか、拍子抜けした。そんなの父娘で話し合えよ。


「それをせずして再開発は着手できないのだ。私から小晴へは強い雨坂を譲り渡さなければならない使命がある。小晴もまた雨坂を強くせねばならない使命があるのだ!」


 いやそりゃすごくスケールが大きい話だってのは身をもって味わってきたつもりだ。あめあがりさんだってやるよってやってしまえばいいんだけど、マトリョーシカにはなりたくないという彼女の想いも知っている。そのふたりの間に相手の声が届かない壁があるから、変な話になってくるんだよ。だからかな、なんか意外にもすっと言葉が出てきた。


「そういうのって、なんかめんどくさいです。雨坂は本当にめんどくさいですね」


「……っ!面倒くさい、だと?」


「はい。家のことなんか忘れて遊べばいいんじゃないですかね」と言った瞬間、光史朗さんの形相が鬼みたいに真っ赤に燃え盛った。


「あの余所者よそもんめをひっ捕らえ!」


 その声の波動はメディアの人の忠誠心をくすぐり、僕はたちまちにして彼らに縄で縛られた。チョココロネではなく、時代劇の奉行所で見る罪人が正座させられているやつだ。光史朗さんは乗馬用のムチを鳴らしながら僕の所へ来ると、僕のアゴをくいっとあげて。


「もう一度問う。小晴はどうすれば悠遠の儀を果たすとするか」


「遊べばいいと思います」


「ならぬ!1日でどれほどの損害で出ると心得る。貴様の父親の年収はくだらぬぞ」


「それでも。遊べばいいと思います」


「くどいぞ!雨坂の正統な後継者に余興は不要だ」


「門限は守ります」


「……あ?」


「門限は守りますと言いました。あと彼女に雨坂の邪魔はさせません。僕が止めます」


「ふっ。あの娘を曇り顔猿之助の君がコントロールできるわけがなかろう」


「違います。僕たちが見つけるんです」


「何をだ」


 おそらく。沈黙は通用しない、でたらめも。あめあがりさんは確かに言った――遊ぶための部活を創る、と。僕はあめあがりさんじゃないから考えていることは分からないけれども、僕はキミと同じ景色を見てみたい。景色を見て笑い合いたい、充実したい、残り1年となったあめあがりさんの高校生活の中で、僕は、キミと、知らないことをたくさん発見したい!あめあがりさんだけじゃなく、角館さんや星野くんも一緒に!


「それは……新しい雨坂の生き方、じゃないでしょうか」


 アゴを支えていたムチが突如として引かれ、光史朗さんは大きくムチを振りかぶる。ぶたれる!僕は思い切り目をつぶった。


「……見事だ、安元歩くん」


「へ?」


 目をあけると光史朗さんはあぐらをかいて僕と同じ目線になっていた。その顔つきはとても優しくて、なんだかご近所のお父さんって感じで自然と親近感が湧く。それから光史朗さんは指を軽快に弾き、僕を縛っていた縄がするすると解かれた。


「君には会社を立ち上げてもらう」


「ぼ、僕がですか?」


「もとより会社設立は小晴が画策していたことだ。続きはあの子に任せなさい。ただし」


「ただし……?」


「代表は、君だ」


「……………えええええ、僕が代表っ!?」


「会社名は……おーい、なんだったかな、小晴?」


「『Knock On Unknown』です、父さま」


 あめあがりさんだ。良かった無事だったか〜。でも僕らのそばに来たあめあがりさんは心底がっかりしていた。


「全てお見透し、だったのですね」


「はっはっは。全て岡田が吐いた、と言ったじゃないか。その時からこの場を小晴やキミらの新会社設立発表会にしてやろうと思ってね」


「まったく、父さまは本当に人が悪い」


「褒め言葉として受け取っておこう」


「それで。今度はどのような父さまの思惑に乗れば良いのですか。私にはもう抗う気力すら持ち得ませぬ」


「なんと、ならば悠遠の儀を」


「しません」


「パパがっかり(´・ω・`)」


「……あまり外ではそのような振る舞いはお控え下さい。星煌会の会長という肩書きをゆめゆめ忘れないで下さいませ、父さま」


「……ああそうだったな(`・ω・´)」


 いやまだ地が出てますけど!?


「思惑か。そのような意図で人を動かしたくはないものだが、ひとつ懸念がある」


「懸念とは何でしょうか」


「再開発計画は遅れているが、かえって好都合なのだ」


「と、言いますと?」


「現地住民の再開発反対運動が起こっている。それを調査して欲しい、もちろん依頼料は出す」


「ふむ。わかりました、結局、私は雨坂のしがらみからは逃れられないというわけですね」


「不服か。その割にはずいぶんと嬉しそうじゃないか小晴」


「ええ、やっと見つけましたから」


「聞こうか」


 あめあがりさんは本当に嬉しそうだった。僕の肩に腕を回して力づくで引き寄せる。なんかそれは僕の役割なんだけど、今はいいや。あめあがりさんに任せることにしよう。だって彼女はこう言ったんだから。


「世界一退屈しない遊びを、です!」



〜第2章〜   おしまい

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