第22話 もっくん、りこ、来い!雨坂相手にひと暴れしてみぬか!

 ☁


 僕から見たら訳の分からない物を与えられた星野くんは、バレーダンサーのように、会見場を踊り回った。どう見ても書物を象ったただの小物じゃないか。たった今、子供に変な物を与えた大人が頭を下げているのがやっぱりなんか気持ち悪い。


とく左衛門ざむの復興ここにあり!その渦中にいるのはいつだって星野!ただひとり!」


 飛んだり跳ねたり、ぐるぐるぐるぐる回って気持ち悪くならないのかな。フィギュアスケート選手は目が廻らないってどこかで聞いたことがあるけど、興奮しすぎて三半規管がイカれた説を僕は推したい。そうして驚きと呆れを与えながら星野くんはあめあがりさん、の方ではなく、光史朗さんの側についた。


「さあこはるちゃん。君は、観念するんだ。悠遠の儀を行いたまえ」


「そのような紛い物に目をくらますな。所詮は、人の心を濁らせる道具に過ぎない」


「はは。こはるちゃんはこれが偽物に見えるのかい?」


 星野くんは得意げに『本の印』とやらをちらつかせた。


「……父さま」


「気が変わったか小晴」


「いえ、私の気持ちは微塵も揺らぐことはございません。ですが」


「ですが?」


「ソウはいまだ呪われたままです。父さまはまだ、徳左衛門の罪は消えぬままだとお考えなのですか」


「……罪か。それはこれからの徳左衛門の息子の働き次第だ」


「わかりました。今後、愛右衛門は徳左衛門と互いに干渉しないと言うのであらばこの雨坂小晴、今すぐにでも悠遠の儀を行いましょう」


 なんだって!?


「よくぞ申した小晴。わかった、この……硯の名の下、愛右衛門は徳左衛門と相互干渉しないことを誓おう。早速、手続きを!」


 おいおいそれでいいんですかあめあがりさん!悠遠の儀なんてやったら全部箱にしまいたいことができなくなるじゃないですか。遊べなくなっちゃうじゃないですか。あめあがりさん、なんて気軽に呼べなくて、気軽に会いに行けなくなっちゃうじゃないですか。遥か遠い人になっちゃうじゃないですか!


「それでは困る」


「ん、何か言ったか、小晴」


「いえ私ではありませんよ、父さま。言ったのは」


「そうとも!それでは困ると言ったのは、全宇宙のホワイトホール的存在、守護騎士ディバインナイトでありながらスターの称号を持つこの星野総一郎です光史朗さん!」


「何ぃ!?」


「光史朗さん!あんたこの星野を1ミリも理解していない。あの頃のちびっこ星野はよく言ってたじゃないか、『こはるちゃんと結婚するんだ』って。なんだよ星野抜きでこはるちゃんと勝手に決めてさ。愛右衛門と徳左衛門は相互干渉しないだと?冗談は星野を超えてから言え!干渉しないってなったらこはるちゃんと結婚できないだろうが☆」


 泣く子も黙る星野総一郎。身勝手な理屈で周りの人の開いた口が塞がらない魔法をかけた。そして見事動きを封じた星野くんはとうとう暴挙に出た。


「徳左衛門の『本の印』を持って雨坂小晴に告ぐ、この星野総一郎と結婚せよ!」


 なんと雨坂の力を使って結婚を強要してきた。犯罪だぞこれってかどうすんだよ!


「おかしいです」と言ったのは角館さん。


 跪くのはとうに止めていたが、あめあがりさんと光史朗さんの会話の時から、なんで、どうして、を何度も口にしていた。


「どうしたんですか角館さん。なにか気になることでも」


「歩さま。雨坂の力、どう受け止められていらっしゃいますか」


「え、雨坂の力ですか?ん〜、なんか気持ち悪いです」


「ええ。りこもそう思います。ではお気づきでしょうか」


「な、何をですか」


「歩さま、少なくともこーちゃんはこの場において一度も、雨坂の力を行使しておりません。しようと思えばできたはずなのです。光史朗さまと同等の力を持つ『雨坂あめざかふで』で!」


「……」


 そんなのがあったらさっさとやればいいのにという文句はさておき、そういえばと僕は振り返る。あめあがりさんは変装してこの会見場に潜入してきた。光史朗さんが硯を持ち出した時は、自身の意見を述べ、そして、星野くんが力を行使した今、あめあがりさんは――。


「もっくん、りこ、来い!雨坂相手にひと暴れしてみぬか!」


 僕らを呼んだ!

 あめあがりさんは何をするのか。雨坂という巨大な相手にどんな闘いを挑むのか。そんなのはどうでも良かった。だって、あの時の、雨上がりの空の下で見たようなとびきり可愛い笑顔でそう言われたら、僕の恐怖心は溶けてなくなっていたんだから。


「お待ち下さいませ、雨坂電鉄のご令嬢」


 あめあがりさんの所へ駆け出そうした矢先、市役所入り口で見た警備員より遥かに多くの人間を殺めたようなグラサンスーツの金髪お兄さんが僕らの動きを止めた。角館さんは率先して。


「そこを退きなさいませ」


「光史朗さまの命であなた方を動かすわけに参りません」


「そうですか、ならば」と角館さんは言って、ブレザーのポケットから桐の箱を取り出し、中身を僕に渡してきた。


「角館さん、これは?」


 それは車輪を象った小物だった。これはもしかして。


「ご令嬢!何をする気ですか、そんなことをすれば貴公は権力濫用で諮問委員会にかけられます。最悪の場合、資格の剥奪はおろか永久に」


「さあ歩さま、この者に命じるのです。迷うことなどございません、りこは雨坂の力より、あなた方の力を信じたいと思います」


 僕が雨坂の力を使うのか?散々、凡人呼ばわりされて、気持ち悪いと思っていた力を。しかし角館さんに迷いはない。僕を真っ直ぐに見つめてくる……えーい、毒を食らわば皿までよ!


「あの、雨坂の――」


「もっくん、りこにマスクを被せよ!ほれ、床に変装に使用したケースがあるだろう」


 あめあがりさんだ。マスクがなんだ?

 僕は床を舐めるように見渡すと、ちょうど角館さんの足元にジュラルミンケースが落ちていて、蓋が開いていた。おかしいな今までなかったんだけどな。


 僕はケースを調べると銀行強盗が使うような目出し帽があった。それを。


「角館さん、失礼しますね」と言って、被せる。ああとってもいい匂いだ。マスクを被った角館さんはきょとんとしており、僕はへらへらとするしかなかった。


「どういうことですかあめあがりさん!マスク被せたってなにも起こらないじゃないですか!」


「うっさいんじゃボケ、耳元で叫ぶんじゃねえよこのすっとこどっこいのむっつりスケベ野郎」


「えっ」


 なんだこのしょうこさんみたいな口調で喋る人は。いやまさかな、まさかとは思うんだけど――僕は角館さんの方を一応見た。目がやばい、完全に白目だ!


「しまっていくぞおらあああああああああ!」


「ぎゃあ出たあああああ」


「雨坂がなんぼのもんじゃい!こんなとこでボケ倒してんじゃねえぞ、とっとと、こーちゃんのとこ行きやがれむっつりスケベ」


 僕は湧き上がる恐怖を堪え膝を打った。

 そうか。しょうこさんの口調は角館さん自身のものだったのか、それをAIに学習させて……それなら平常時の角館さんで良かったんじゃ。兎にも角にも、僕が最後に角館さんを見たのは豪快にグラサンスーツ金髪お兄さんを投げ飛ばした直後のことだった。めくれたスカートより御開帳したピンク色のお宝、誠にありがとうございました😊

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