第21話 それを徳左衛門の息子へ

 ☁


 その怒りは、壇上から離れた場所でも呼吸で喉が火傷してしまいそうな熱量を帯びていた。僕の声帯は押し黙る。それは皆も同じだった。この場では誰ひとりとして声を発することを許可されていなかった――あめあがりさん以外は。


 あめあがりさんは見たこともない怖い顔をさせると、光史朗さんの方へ歩を進める。障害物を自らの手で払い除け、人の群れを断りを入れながらかき分けて、じわじわと詰め寄る。そして父娘が対峙した時、ついに……!


「遊びはここまでだ」


 と光史朗さんは静かに言うと懐に手を忍びこませた。そして取り出したのは――黒くて小さい歪な丸い形をした物。先程、市役所入り口で掲出していた角館さんの物と似ている印象だった。


「あ、ああ、あああああ、あれは……!」


 気絶していたはずの星野くんだ。尋常じゃない汗を垂らし、膝から崩れ落ちるようにして跪いた。いやいや水戸黄●じゃあるまいし、何でそんな仰々しく。


「いいから凡人、跪け!」


 星野くんにものすごい力で引きずり込まれるがあめあがりさんですら跪いている姿を見て、僕は仕方なく跪いた。あんな黒っぽっちの物体に何の効力があるんだ。攻撃力2倍とか全体回復とか味方を勇気づける以外のアイテムは僕は好きじゃないんだ。


「始祖にして至高、そして最高峰。この世にふたつとして存在しない唯一無二の権威の象徴、『雨坂あめざかすずり』。里子ちゃんが持っている愛右衛門あいえむの『鉄の印』とは比較にならないほど多くの人の頭を垂れさせることができる最高権力者しか持ち得ない証」


 それが『雨坂硯』だ。と星野くんは言うと拳を思い切り床に打ちつけた。僕には彼の心情がどれほどのものか分からないけれども、悔しいという気持ちだけは伝わってきた。だから、ただの硯でしょ?なんて間違っても彼には言えなかった。この動けない状況の中、僕らは父娘の出方を見守るしかなかった。


「この硯をもって我が娘、雨坂あまさか小晴こはるに告ぐ」


「ほう」


「時間を待たずして悠遠の儀を執り行え」


「ええ、しますとも。ただしそれは私の遊びが済んでから」


「一刻を争うのだ!貴様はグループ五千人を路頭に迷わす気か」


「私が継がねば衰退するほど体力の無い同族企業はいっそこの場で解散すべきでは?」


「知ったことを申すな、貴様のつまらない意地がグループの経営に悪影響をもたらしている事実はどう受け止めているのだ」


「遺憾。これ以外ありませぬ」


「他人事ではないのだ!」


「ええ他人事とは思っていません。ですが私はマトリョーシカでもないのです、父さま!」


 あめあがりさんは語気を強めて言ったが、光史朗さんはため息だけ吐いて、硯を捨ててしまった。


「……硯をもってしてもこの調子か、よかろう。おい!」


 光史朗さんが手を叩いて言うと、付き人らしい男性が神社でよく見る三方をうやうやしく持って現れた。


とく左衛門ざむの息子へ」


 指示された男性はつかつかと星野くんの元へとやって来て。


「雨坂光史朗さまの建議により、星煌会は正式に徳左衛門の地位恢復を承認いたしました。こちらはその証、『本の印』です。お納めください」


 ☔


 しまった!

 父さまは私の手の内など完全に読んでいた。私が本題に踏み入る前に硯を突きつけ、そして、突っぱねるのは想定内のことだった。次なる手は……ソウの手懐け!やつを味方に引き入れ、強引に事を運ぶおつもりだ。なんてことだ私はまだ、父さまの手の平の上にいる。


「やめろソウ!それには手をつけるな!」


 しかし、私の願いは虚しく。


「やった、やったぞ……これで、これでこの星野は!華麗にして頑強なる一族、雨坂家の家系図に再び刻まれることになったのだ!さあお前たちオレの名前を言え!言わねばこの星野が言うぞ、さらばユニヴァース、さらば、流星コズミック、永久にして不滅の男、愛しき普遍と書いて、ウータタタン!フォシノゥ☆」


 ☁


 うわ〜最悪の展開だ。

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