第20話 おい、もっくんよ。何を焦っているのだ父さまは
☁
テレビで見たことがある。
大部屋で、バックパネルの前に、マイクが数本。記者席なのか机とイスが規則正しく並べられていて、周りをカメラマンやメディア関係者が囲んでいる映像を。全然関係ないんだけど、謝罪会見をする芸能人ってものすごい重苦しい空気の中でよくやれるよなあ。僕には無理だ。
僕ら3人は特別課外学習という名目で見学させていただいている。部屋の隅っこであり得ないことを経験させていただいている。ただの高校生なのに。
それもこの、今は口数が少なく、厳かな雰囲気を漂わせている角館さんのおかげだろう。雨坂は子供を大人に仕立てあげてしまうものなのか。
前にあめあがりさんに聞かれたよな――雨坂家と不幸になれる覚悟はあるかって。
ある。と言えば嘘だ。
しかし、ノー。でもない。
雨坂の、人間を常識では考えられない力で変えてしまう強制力に対して生理的な嫌悪感みたいなものがある。あめあがりさんはその中心にいる、できることなら引っ張り出したい。でも、そこから出るのを拒むのであれば僕はその手を掴んでいたい。幸も不幸もあめあがりさんが決めればいい。
って本人に言えたらいいのに。あめあがりさんを想っている時だけ、僕は雨坂を忘れられる。でもすぐに雨坂と名前がついたゲートが閉じる。魔法の鍵はいつまで所持できるのだろうか、出会ってからゲートが閉まるのがどんどん速くなってきた。
「大丈夫です歩さま。こーちゃんはきっと現れます、りこ達はただ待てばよいのです」
えっ、と僕は角館さんを見た。
角館さんは真っ直ぐに前を見ていて雰囲気も変わらないが、目線だけは僕に気を配っていた。
「僕、そんな曇り顔してました?」
「お辛そうと拝見しました。差し出がましかったでしょうか」
すごい洞察力だ、観察力というか。僕の心情は横目で見てもわかってしまうものなのだろうか。
「いや全然、全然ですよ。そうですよね、現れますよねきっと、あめあがりさんは」
僕は頭をかいた。いや角館さんの仰る通り、ほんと待つことしかできないんだよなあ。この焦がれている間焦れったいので、異世界に行ってレベルをMAXにしてきましたってタイトルがありそう。まあそれにしてもだ。
星野くんがこの会場に着いてからというもの、途端に、大人しくなった。
腕組みをしてやはり前を、真っ直ぐに見つめていた。あの屈強なおじさんにゲンコツくらってネジが一本しまったのであろうか。いや、答えはすぐに判明した。バックパネルの横に配置しているプロジェクタースクリーンに『雨坂』のロゴマークが映っていたからだ。星野くんはそれをじっと、何かを思い出したように悲しげな顔で見ていた。見たことがない表情をしているので、僕は何か言った方がよいのかまごついている内に、司会の女性が進行を務めてしまう。
「おまたせしました。ただいまより雑賀市4月の定例記者会見を始めさせていただきます。とその前に本日は、雨坂グループ最高意思決定機関『星煌会』から会長でいらっしゃいます雨坂光士朗さまよりメディアのみなさまに向けての発表がございます。それでは雨坂光史朗さま、ご登壇下さいませ」
なんだって!
会見場のドアが開き、そこからいかにも重鎮って匂いをぷんぷんさせたおじさんが入室する。髪はオールバックなのに超高そうな、きらびやかな和装を着こなしているのが男ながら格好いいと思ってしまった。
「あの御方が……こーちゃんのお父さま、雨坂光史朗さまです」と角館さんが説明してくれた。
あれが、あの人が、あめあがりさんのお父さん……。いかにも娘は厳しく躾けてきましたって感じだ。顔は似てないが、歩いた跡が凍りつく印象を受ける感じがそっくりだ。
お義父さん、あ、いや失礼しました。
光史朗さんは壇上に上がると周りをじっくりと見渡す。ぎろり、ぎろりと獲物を逃さないように。そして大きく息を吸い、マイクを持たずに大声を張った。
「姿を現せ小晴!岡田が全て吐いたぞ、出て来ぬというのなら今すぐ教育事業は完全撤退だ!」
僕はどのワードに反応すればいいのだろうか、判断に迷うほどの衝撃的な発言は、同時にメディア関係者にも波紋を呼び、すると彼らは記者席をなぎ倒し、光史朗さんにつめよった。我先にと、教育事業の完全撤退について質問の嵐を浴びせたが、壇上の光史朗さんはメディアを相手にせず、目を瞑り、彼女を、あめあがりさんが現れるのを待っているようだった。
「おい、もっくんよ。何を焦っているのだ父さまは」
なんか全然知らない30代くらいのパンツスーツのお姉さんが光史朗さんを指差しながら話しかけてきた。角館さんは首を振り、知らないの意思表示で、星野くんは立ったまま白目になって気絶していた。ほっとこう。で僕は、あめあがりさんみたいに木琴みたいな発音で呼ぶ人はひとりでいいので、「さあ〜、わからないですね」とスルーぎみに答えた。
――ん、父さま?
「あの〜つかぬことを聞きますが」
「なんだ」
「あなた……あめあがりさん、ですよね?」
「違う」
「えっ」
しまった!人違いだ!
恥ずかしさが全開だ。僕は慌てて謝ろうとしたが、その女性は堪えきれずに笑い出す。失礼極まりないなあ。
「くっくっく。それだぞもっくんよ、その表情をもくもくもくもく曇らせているところを、私は見たかったのだ」
と言って、あごの部分に指をかけると皮膚を一気に剥いだ。長く艷やかな黒髪に切れ長の目。白雪のような肌の小顔に相応しい、整った目鼻立ちに薄い桃色の唇。ベールを脱いだその顔はあめあがりさんその人だった。角館さんは口に手を当てて驚き、星野くんはまだ気絶してる。
「あめあがりさん!って、眼鏡はどうしたんですか!」
「ん?変装に邪魔だから置いてきた。今日の私は、コンタクトあめあがりさんだぞ」
ふふんとドヤ顔をするが、眼鏡じゃないあめあがりさんは可愛いけど物足りない。
「僕は眼鏡っ娘が好きなので取りに戻って眼鏡をかけてきて下さい今すぐ」
「む。眼鏡ではない私は不満と申すか貴様は」
「ええ不満です。可愛いが物足りないです」
「むむ。生意気なもっくんめ、ちょっと待ってろ!」
いつの間にか騒々しさはなくなっていて、僕らは注目の的になっていた。ぷんすこと大きな足音を立てて退出していくあめあがりさんを、皆が口をあんぐりさせて見ていた。1分も経たない内に戻ってきた、あめあがりさんは眼鏡をかけた姿でどうだと言わんばかりに僕の顔に近づいた。眼鏡の下に怒った顔がもう、最高。
「あめあがりさん」
「なんだ。眼鏡が気に食わないという苦情は受け付けんぞ」
「部員、連れて来ましたよ」
と僕は言うと、角館さんを手の平で紹介する。すると角館さんは瞳を潤わせて。
「……こーちゃん、会いたかったよ〜」
角館さんはあめあがりさんに抱きついて泣いている。あめあがりさんは彼女の背中を優しく叩きながら、「まあもっくんにしてはよくやった方だな」と精一杯つまらなさそうに言った。そこがまた可愛い。
「ま、まあ全員揃ったのだ、宣戦布告は全員でせねばならぬ」
「全員で宣戦布告、って。一体誰にですか」
「決まっておろう」
あめあがりさんはゆっくりと指をさした。
「あの、分からず屋の父さまに。だ」
その時、僕が見たのは。
光史朗さんがゆっくりと目を開け、怒りのオーラを爆発させた所だった。
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