第19話 愛右衛門の威光おそるべし
「何がしたいのだ小晴」
男は市役所18階から見える街の様子が気に食わない。外連味のないビル群、碁盤目状に整備された道路、公園の稚拙な造形物。しかしそれらが雨坂を押し上げた象徴でもある。
「父、いや、雨坂家に反抗するのであればまず雨坂の矛盾たる有象無象のあれらを爆破すべきだった」
男に苛立ちが治まる気配なし。
今は消火が済んでしまったが、遠方の高台にあった旧桐谷邸に目を遣る。
「100年の歴史という重み、そこには、そこにはなあ小晴。人と教養の生きた証が刻まれていたのだぞ?それを一瞬で破壊しおって」
痴れ者めと呟いたところでドアをノックする音が聞こえた。
「会見の準備が整いました。会場のほうへ足をお運びくださいませ、光史朗さま」とドア越しで女性が言うと、男改め雨坂光史朗はうむと呻り、ブラインドを下げた。
☔
「お嬢、ダクトから侵入って、映画の影響受けすぎだぜ」
「その方が賊であろう。正面突破などしようものなら混乱が生じて会見そのものが中止となるぞ」
「もうすでに混乱状態だよ。誰かさんがオレらの愛の巣を爆破しちゃったから」
「慮外者、爆破は陽動だ。会見は予定通り行われる。私の計画では貴様が爆破に巻き込まれて瓦礫に埋もれる手筈だったのだがな」
「ひでえ次期当主だな」
「なんとでも言え。これは私の生涯を賭した遊びだ、貴様は付き人らしく最期まで付き合え愚図」
「ねえお嬢、おもんぱかるって言葉知ってるぅ?」
「無論だ……ここから侵入するぞ、位置からして地下2階の非常電源施設であろう」
「えーと、会見場所はどこだっけ?」
「4階の報道向けフロアだな。大部屋があるはずだ」
「で、どうやって行く気だ」
「よくぞ聞いてくれた坂本、まあまずは作戦本部の電源管理室に向かうぞ。そこで室井が私らを待っている」
「室井って。この前ウチの秘書課を辞めたヤツじゃないっすか」
「それは建て前だ。裏で市役所に出入りできる会社に再就職させた」
「ははあ読めたぞ、お嬢の考えていることが」
☁
病院をバスで出発して、揺られること10分。星野くんと角館さんと僕は雜賀市役所にやってきた。バス停から見上げる市役所は高層タワーだ。んでやってきたはいいが、建物正面口はスーツを着た人とかカメラを持った人とか警備員やらでごった返していて、とてもじゃないけど中に入れる状態ではなかった。
「で、星野くん。どうやって中に入るんだい?」
「愚問だな凡人よ、この星野に小細工はいらないのさ☆」
きっと無策だ。僕は直感した。
そこで指をくわえて見てるがいい。星野くんは意気揚々と正面口へ向かったが。なにか大げさに身振り手振りを交えて言っている。あ、戦場から帰還したばかりのような屈強なおじさんにゲンコツを一発くらったぞ。そして意気消沈。首根っこを掴まれて強制送還されてきた。
「ふっ。プリンスとはいつの世も理解されない生き物なのさ」
「まずは常識を基礎教育に採り入れなよ星野くん」
しかし星野くんの行動は必ずしも無駄なものではなかった。
「あのう、もしよろしければ」と角館さんは控え目な様子で僕らの間に入ってきた。
「この件、りこに任せていただけないでしょうか」
「……わかりました、おねがいします」と僕は言うしかなかった。雑高の制服を着た女子高生になにができるのだろうか。よもや色仕掛けか!?ちょっとブレザーとブラウスのボタンを外して、柔肌と豊満なアレを見せればおじさんなんてイチコロ……なんてけしからん!
しかし角館さんがしたのは色仕掛けではなく、星野くんと違って屈強なおじさんに何かを提示しただけだった。たったそれだけだったはずなのに。
屈強なおじさんは凄まじく驚き腰を直角に折り曲げたと思いきや、正面口を埋め尽くしていた大人たちが迅速にひとりずつどいていく。どいた大人は一列になって並び、あっという間に正面口への道を作り上げてしまった。
「
「おふたりともこの件は解決しました。さあ参りましょう」と僕らを呼びに来た角館さんは気品良く先頭を歩いているが、どこか無理をしているように思えた。僕らが通る度に頭を下げる大人の人たち。みんな無理をしているのがなんとなく僕の心を締めつけた。
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