第16話 星野くんとりあえずさ、病院行こうか

 しかしまあ角館さんは社長令嬢なのか。

 星野くんと対照的と言えばよいのか僕は妙に落ち着いていた。

 あめあがりさんとは顔馴染みで、きっと雨坂家にゆかりがある人だろうなとは思っていた。


「あなたさまが星野総一郎さまですね?」


 そう角館さんが柔和に接しているにも関わらず、この顔だけは、顔だけはジュノンボーイときたら。


「いかにも。この宇宙をひたすらに煌めく一条の流れ星、それが、う〜たたたん!フォシィノゥ(星野)!」


 サブイボが勃発した。

 どこになにをしたらキザったらしいタップを踏むという選択ができるんだ。角館さんが可愛いからか?

 この男、心情の軌道修正に関しては宇宙の法則が乱れても正常に作動するね。間違いない。


「すごーい。星野さまは流れ星というダンスグループの御方だったのですね!」


 天然キター!


「お見事なステップです。りこにも星野さまのようなリズム感があればな」

「なが、流れ星?・・・・・・!!そうだとも!銀河を股に掛けるビッグバンパフォーマー、それが星野さ☆」

「違うでしょ!」

「く、横やりをするな凡人め!これは愛右衛門あいえむ徳左衛門とくざむのまたとない邂逅。ええーい庶民は欠けた茶碗でお湯でもすすっとけ」

「どこの時代劇だよ!だいたい本家も分家もないだろう?雨坂先輩がいるじゃないか」


 と言うと、星野くんは顔をほんの少しだけしかめた。


「黙りたまえ、愛右衛門あいえむ徳左衛門とくざむは絶縁状態なのだ。凡人、お前はこちらにおわす里子ちゃんをなんと心得るか。徳左衛門とくざむの人間からしたら常に頭を垂れる存在であり、まさに神!凡人からしたらもはやホワイトホールではないか!」


 そんな神様に向かって無礼を働く君はなんなのさって宇宙の片隅に住む僕は思う。

 でもしかしまさか、家同士が絶縁状態だっったとは。


『ランクは雨坂とりわけ愛右衛門あいえむとの繋がりの強さ』


 今ようやく、星野調査によるランク付けの意味合いが僕の弛みきった脳みそを刺激した。


「あのね星野くん、僕はね」

「兎にも角にも!星野には徳左衛門とくざむを恢復させる使命がある。さて里子ちゃん、今週末に星野主催によるアフタヌーンティーパーティーがある。これが・・・・・・招待状さ」


 胸元から高級そうな封筒を取り出し、紳士らしく差し出した星野くん。

 ところが角館さんはこれを丁重に断ってしまった。


「星野さま、あなたさまがすべき事はこのような大人の真似事ではありません。りこは安元さまのおっしゃった事に同意します」

「なっ!!!!!」


 ショックを受けた星野くんはしばらく目線を宙に漂わせていたが、急に立ち直り僕を激しい形相で睨みつけた。いや、僕にすごまれてもな。


「お許しくださいませ星野さま。こーちゃん・・・・・・じゃないです、小晴さまは常々言っています。雨坂は世界中の教養を集結させる存在にならねばと。内輪で権益を争っている場合でないと。今、雨坂は大きく揺らいでいるのです」

「おっと!たとえ愛右衛門あいえむのお願いだとしても、星野は星煌会の内紛に関知しない。なぜなら、徳左衛門とくざむの恢復が第一でそれ以外は星屑集めと同等だからさ!」


 頼むから意味がわかるように言ってくれ。

 大体聞く耳すら持っていないじゃないか。

 そろそろ角館さんも怒った方がいい。

 そんな事ばかり言っているとあめあがりさんに見捨てられるって。


「まぁどちらの山に登れば星屑なんて素敵なものが落ちているのでしょうか」


 天然キター!


「拾えませんから!大概燃え尽きてますからね!」

「凡人!お前と言う奴は愛も徳も、人間のロマンすら欠如しているのか」

「なりませんよ安元さま。宇宙に程近い山の頂きに淡く光る星の砂、素敵ではありませんか」


 があああカムバック深刻な問題!


「はい水を差してすみません!角館さん今は星屑の話はやめましょう。星野くんも角館さんが誤解をする言い方をしないように!」


 と言うと、星野くんは腕を組んでそっぽを向き、角館さんはしばらく指を左右に行ったり来たりさせようやく手を打った。ご理解頂きましてありがとうございます。

 そういえば喋るぬいぐるみで強力なツッコミキャラであるしょうこさんを、角館さんは連れてきていなかった。

 ツッコミ不在の恐怖。いない時は角館さんがあらぬ方向に行かないよう気を配ろう。

 とそんな行動指針を固めていた時だった。

 

「おい!徽章人間トーテムポールが生配信しているぞ!」


 藪から棒に誰かが叫んだ。

 その声に反応した生徒が一斉に各々のスマホを操作。おそらく動画アプリを起動したのだろう、それまで騒がしかった体育館が一瞬にして沈黙した。

 時間差で奇妙な声、いや、待ち遠しかった声が聞こえてきた。


「――その娘というのが根っからの跳ねっ返り娘でございまして実家の店の事など一切目もくれず。悪事を働く者はいないかと町中を練り歩く事に気を注いでいたものでございます――」


「こはるちゃん・・・・・・」

 と僕が言うより先、星野くんがスマホ片手に呟いた。いてもたってもいられなかった。

「星野くん見せて!」

 僕はスマホを覗き込んだ。


「ぷふっ、くくくく」


 失礼、今のは僕の笑い声だ。

 画面の中に間違いなくあめあがりさんがいた。『雨のち晴れ』という演目で落語を生配信していた。

 だけどまずユーザーネームがひどい。


黒猫柳鉄虎くろねこやなぎてっこ


 まあ百歩譲ってそれはいいとしよう。

 あめあがりさんは目をつぶって芸をしていた。一目でペイントだと判断できるほど大きな目を描いているからだ。

 さらに特徴的な髪型から豪華な衣装、声質までふざけている。即BANをくらってもおかしくない程の近づけぶりだった。


 ああ駄目だ、笑いを堪えるのは腹筋に毒だ。

 星野くん君はおかしくないのかい?と思い、様子を伺うとこれまた以外な事にひどく生真面目な顔つきをしていた。


「この部屋・・・・・・どこかで」


 と星野くんが小さく呟いた事に僕はがっかりしてしまった。とはいえ、彼がそう言うのもおかしくない。

 あめあがりさんはお金持ちが好みそうなアンティーク調の生活感の無い部屋で、古びたダンボール箱だけ置いて話していた。

 ここで重要なのは話す位置だ。

 画面の中央ではなく、僕から見て右端に寄っていた。これはどういう事なのか、どうしても部屋の内装に目が行く。そこまでして部屋自慢でもしたいのか。


 いや。僕は即座に否定した。

 あめあがりさんが普通じゃない人なのはよーく染み付いている。今朝の角館さんに仕掛けた罠こそ真新しい記憶だ。

 これは・・・・・・特定の人物へ向けたメッセージ。そう考えるとしっくりくる。しかも現在地がわかるようにライブ中継までして。


「星野くん、思い出した?」

「ぬぬぬぬぬぬ〜」


 星野くんはこめかみをゲンコツでぐりぐりさせて思い出そうとしていた。これは手を貸してやらないと!


「場所に見覚えがあるのなら、例えば窓の外とか!思い出せそうなモノはない?樹齢300年くらいの大樹とか、見捨てられた遺構とか」


「どきたまえ!」


 星野くんはスマホを放り投げた。僕が慌てて空中でキャッチした頃には、彼はもう体育館の端の方まで走り去っていた。角館さんは心配そうに電話が繋がるのを待っているし、もう星野くんは誰にも止められない。


 端にまでついた星野くんは何かを叫んだ後、勇み良く駆け出した。ぐんぐんぐんぐん加速していく。ここで床運動でもする気か?!

 そのまさか。

 星野くんは一端の体操選手のように大きく両腕を挙げ、いきなり宙返り技に入ってしまった。


 思わず顔を背けた。

 背けて正解、直後に失敗したとしか思えない大きな墜落音が僕の耳に入ったからだ。

 事故現場に視線をおそるおそる戻すと、案の定、仰向けで倒れている星野くんを発見。


「星野くん!」


 僕が慌てて駆け寄ると、星野くんは親指を天に突き立てた。大丈夫アピールしてる場合じゃないぞこのやろ。


「凡人、こはるちゃんの居場所がわかったぞ・・・・・・アトリエ、こはるちゃんと星野の秘密基地に居るはずだ」


 いやそれよりも。


「星野くんとりあえずさ、病院行こうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る