第15話 世界一可愛いビスクドールであって欲しい
誰もが度肝を抜かれたあの入学式の再来とはならなかった。
僕の思い描いたとんでもあめあがりさんは、神妙な面持ちで壇上に立つ校長先生に取って代わってしまった。
「これより、緊急の全校集会を行う」
内容は火を見るより明らか。
雨坂家の継承問題で学校が震撼している。
しかしその騒動の張本人が行方不明。
是が非でも全校生徒で探し出して、その身柄を雨坂家に送り届けるというまるで指名手配犯的な扱いの内容だった。
普通ならば学校側で片付けるべき事案だ。
でもこの学校は普通じゃない。
経営が雨坂の支配下に置かれている以上、雨坂の正統な後継者であるあめあがりさんをこれ以上野放しにはできない。
そうして校長先生の発言に大きな反応を示したのが三年生だった。
「紙派の威信にかけて
「掟破りに厳罰を!」
「星煌会の評価を上げるんだ!」
「これ以上コンクリ派に笑われてたまるか!」
「悠遠!悠遠!悠遠!」
一致団結という言葉が嫌いになりそうだった。
三年生を中心に体育館の壇上は占拠され、やがてその熱にあてられた二年生が引き寄せられていく。怖々としていた一年生も徐々に。
先生方は注意するどころか、静観あるいは前に集まるよう呼びかけていた。
頭がおかしい 。
僕は絶対に前に行かない。動きたくなんかない。
そんな理由で動くのなら、僕は駆け落ちするために探す方を選ぶね。
海辺の小さな家を前に、白のワンピースを着たあめあがりさんと永遠の愛を誓う。最高じゃないか・・・・・・おや?
一年生に限らず、やはりついていけない二年生や三年生は一定数いた。
学年関係なくA組は男女共に全員前へ行ってしまったが、僕のG組なんて誰も動かなくて皆でドン引きしていた。
僕の印象では、どうやらA組からアルファベットを数える毎に残っている生徒が多くなっているようだった。
そんな事を級友たちと情報共有している途中でふと目に入った。
腕組みをして前方を険しい顔をして睨みつける――星野総一郎くんを。
彼の考えを聞きたい。
そう思った僕は、断りを入れてからできるだけ姿勢を低くして、星野くんの元へ向かった。
「星野くん」
僕が名前を呼ぶと、星野くんは汚いものを見るようにギロリ。またすぐに視線を前に戻した。
「凡人か」
「安元だよ。G組の」
「そのクラスこそ凡人たる称号。E組の星野に触れ合うことすら罪だと弁えたまえ」
だったらE組だって僕らとそう変わらないじゃないか。
まあ今は不服をごくりと飲み込んで。
「雨坂先輩がどこにいるか知ってるの?」
「・・・・・・」
「星野くんは次に雨坂先輩が何をやらかすのか分かる?」
「・・・・・・」
僕は頭を長めにかいた。
微動だにしないや。うーん結構辛い。
考えは、伺えそうにない。
「僕は学校が終わったら探しに行くよ。雨坂先輩に一言文句を言わなきゃいけないことがあるから・・・・・・それじゃ」
「待て凡人」
「何だい?」
「よく見ておきたまえ」
「何を?」
「何を、だと?ふっ、これだから凡人は凡人の枠に収まったままでも幸せになれるのだ!自分と外の世界の構造が全く違う事にも気づかずに、のうのうと、ただ生きていける!」
「ちょ、ちょっと!星野くん声がデカいよ!それに何言ってるのか分からない」
「声がデカいのはお前の方だ凡人!凡人のくせにこはるちゃんに文句を言いたいから探しに行くだと?冗談じゃない!ここに居る、いやもとい、壇上で狂乱に浸るあの連中のように自分の立場が危うくなってからようやく腰を上げ喉の調子を整えるような体たらくよりも、凡人!お前の動機の方が遥かに健全だ!まともだ!普通だ!」
「ねえ褒め言葉だよねそれ?!」
「そうだとも!プレゼンティッド・バイ・フォシィノゥ(星野)!栄えある雑賀市民凡人栄誉賞だ、胸を張りたまえ」
要らない。
ものすごく要らない。
そもそも僕は雑賀市に住んでいないし、紙くずとどちらが貴重なのか真剣になって考えるね。
「お前、こはるちゃんに文句を言ってどうする気だ?」
「文句を言ったら?んー。部員候補の人見つけたから紹介する、かな」
「その後は?」
「あめあがりさんがその人を気に入れば、部に昇格するまで人を集める。集まったら、あめあがりさんと・・・・・・遊ぶよ、あめあがりさんの好きなように、だって」
――彼女はいずれ大きなものを背負う事になるから今は――
「だって、雨坂先輩は、あめあがりさんの将来は、きっと僕らのように遊べなくなっちゃうから」
そう言うと、星野くんの顔から険しさがほんの少しだけ失せた。
「ふっ。凡人の凡人たる結論だな」
「あまり凡人凡人言わないでよ。そりゃあ、あめあがりさんの家柄はすごいんだろうけど」
「そうだ身分が違う。星野クラスでもこはるちゃんとは天と地。クソ!
星野くんは本気で悔しがっていた。
昨日の、あめあがりさんと言い争っていた放課後の出来事が悔しさを増長させているのかもしれない。
家とか身分とかそんな堅苦しい制度。
あめあがりさんも星野くんも、もっと楽に生きたらいいのに、と思ってしまう所が凡人査定に引っかかってしまう原因なのかな。
そんな事を考えていたら星野くんはすっかり落胆してしまっていた。
しょうがない。元気づけてやるか。
「あのさ星野くん。僕の地元に美味しい食パン専門店があるんだけど――」
「よく聞け凡人。星煌会には三つの派閥がある」
「はば、派閥・・・・・・?」
「そうだとも!一つは『コンクリ派』、二つ目に『鉄派』、そして三つ目に・・・『紙派』」
「はあ・・・・・・なるほど」
「『紙派』は主に雨坂グループで最も多くの赤字をたたき出している教育関連事業者の幹部で構成されている。あそこで騒いでいるヤツらの中核は『紙派』のクソ御曹司どもだ。群れなければ行動を起こせない。笑わせてくれる、古参にして最弱の一派、それが『紙派』なのさ」
星野くんに促されて、騒ぎの中心に目線を配った・・・・・・いる。
昨日、僕にひどい事をした、赤見内くんたちが。
「でも僕とはほぼ無関係」
「く、このクソ凡人が!」
怒鳴り声とともに胸ぐらを掴まれた。く、苦しい!
「こはるちゃんはな、こはるちゃんはな!苦悩しているんだよ!お前がヘラヘラしているこの瞬間も!夢と現実にすり潰されまいと必死でもがいている!」
「し、知ってるよ・・・・・・それぐらい!」
「だったら見て見ぬふりをするな凡人。お前のその能天気さに星野は腹が立つのだ!今のこはるちゃんには雨坂グループどころか星煌会をまとめあげる力も無い。そんな状態で悠遠の儀なんて行えばどうなる?当分の間、星煌会の連中が代わりに指揮を執るだろう。さあどうなる?おいどうなると思ってるんだクソ凡人!」
「揺らさないで!苦しいから離して!そもそもそんな込み入った事情、僕になんか分かるわけないだろ!」
「何おう!この愛も徳も持たぬ不埒な獣が!星野が退治してやる!」
と星野くんは胸ぐらを掴む手を離し、拳を振り上げた。殴られる。と僕は覚悟したものだが・・・・・・。
「いやダメだこのポーズは星野にふさわしくない。もっと流麗にてもっと流美な☆(ほし)のパンチこそ美徳――」
ああこの、やるならやれよ!
「星野くん!」
「おわ!な、なんだ凡人、邪魔をしないでくれたまえよ。星野は崇高な考案中であるからして、しかし!それは星野と知恵との刹那の契り。すぐに済む。そのまま目を瞑って歯を食いしばっていたまえ」
「星野くん、僕はあめあがりさんにマトリョーシカであって欲しくないよ?」
「んん?ふ、ふん。凡人の人形趣味なぞどうでもいい。いい加減にしないと本気でぶつぞ?」
殴る気なんて端からないだろう。
足元をそわそわさせて踵を返すタイミングを計っているのがバレバレだ。
君は僕を置いて行く。
それはさせない。
今、星野くんをひとりにしたらダメだ。
「僕はあめあがりさんには世界一可愛いビスクドールであって欲しい。またあめあがりさん自身もビスクドールでありたいと思っている。だから今こんなに荒れている」
「・・・・・・無駄な時間を過ごした。さらばだ、ピグマリオンコンプレックスの凡人よ」
「待って!待ってよ星野くん。だからね星野くん。僕はね、あめあがりさんは遊ぶって言っているけど、もっと別の事を考えているんじゃないのかなぁって」
「別の事・・・・・・具体的に言いたまえ」
う、そこまでは考えてない。
でもさすがに本人じゃないから知らない分からないとは言えない。
かといって気休め程度の言葉は口に出したくないし。
「具体的には何だ。さあ言いたまえ!」
じりじりとにじり寄る星野くんに僕の緊張度は極限に達した。
「えーと、それは・・・・・・ナントイウカ・・・・・・」
言い訳すら思いつかなくて、このまま気絶した方が楽なんじゃないかなと思い始めた頃だった。
「そこまでです。おふたりとも」
宥めるというにはあまりにも上品な声色。
まるで世界中から争い事をなくしてしまいそうな、その声に僕は救われた。
救い主は長身でショートボブ、扇子のヘアブローチがとても似合っている女の子。
「角館さん!」
「歩さま、このようなりこの差し出がましい行為をお許しくださいませ」
「い、いいえ!助かりました、どうもありがとうございます」
と言って一礼したけどまだ心臓が激しく鼓動している。
そんな驚きも優しい微笑みで包み込んでしまう角館さん。やっぱりこの子は天女か聖女だ。
ただ僕以上に動揺していたのが。
「ききききき、きみは
驚天動地の心理状態をよく表している星野総一郎くんだった。
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