第14話B どちらの番組でしょうか

「そーれ」

 ブランコを少しだけ漕いで颯爽と降りた角館さん。スカートがめくれるかとハラハラした。

 薄々思っていたがやはり背が高い。一七五センチの僕と同じくらいの背丈だった。

 おっと忘れてはいけない、バットとグローブのキーホルダー付きの通学バッグも返しておかないと。


「重ね重ねどうもありがとうございます」

 と深々と腰を折ってから無垢な笑顔を向けてくれたのは素直に嬉しい、が。

 慣れた手つきで豊満な胸のポジションを整えていることには素直に喜んでいいものやら。


 細かな動きが要求されるキャッチャーを守っていたという話だったから、野球少女のある種職業病みたいなものかも知れないな。そういう事にしておこう!


「ではしょうこさんが無事戻ってきた事ですし、りこ、ロータリーに戻ってお警察の方や皆さまにご迷惑のお詫びをしたいので、これにて失礼致しますね」


「それでしたら僕も手伝います。ひとりでは大変でしょうから」

「安元さま、これ以上の情けはりこの恥にございます」

 と微笑みで断られ、僕は言葉に詰まった。


「りこは安元さまの健全な学生生活を害してまで、招いた不始末を拭わせようなどとは考えておりません」

「角館さん……」

「りこならば大丈夫です、野球で怒られ慣れております。今回は変わった形のお椅子で待つというりこの横柄さに、きっと神さまが罰をくださったのです。しかし今日はなんという素晴らしい日なのでしょう。だって人の優しさとふれあう事ができたのですから。りこの幸せがまたひとつ、増えてしまいました」

 いたく心に沁みるお言葉だ。僕は猛烈に感動してしまった。

 角館さんはまるで天女だ、ちゃんと現世にいたんだ。慈愛に満ちた天女の顕現に拍手を送ろう。渾身の尊敬を込めて!


「アホカンパス、注意散漫、迂闊二座ッタ結果」


「え、そうだったんですか?なんだ角館さんって案外おっちょこちょいじゃないですか」

 しまった……ついしょうこさんに乗せられて言ってしまった。と思った時は後の祭り。


「ち、違います安元さま。りこは決してそのようなアホの子では……もうしょうこさんは何て事を!ああ、恥ずかしいです〜」

 と髪をいじりつつ顔を真っ赤にさせて言うと、しょうこさんで表情を覆い隠してしまった。

 おいおっさんAI、普通そこでインターセプトしますか?

 角館さんすごく良い事言いましたよね?そこで感動をインターセプトしちゃいますか?

 何でKYのエンターキー押しちゃうのかな?!


「事実、浅ハカナリ」

「違うもん!こーちゃんが七時半にロータリーで待ってるって言ってたのに居なかったからだもん」

「アホンダラ、リコヲ、欺ク為ノ方便ダ」

「ひどい!ひどいひどいよしょうこさん!こーちゃんはそんな人じゃないもん!」


「ドアホ、知能判断、無駄乳カラ搾リ出セ」

「ばかばかばか!しょうこさんのばかあ!セクハラ!ちびすけ!物体!」

角館里子カクリコ、天文学的アホノコ、アンシンオッパイノコ」

 これが近未来の人類の姿なのか。

 顔面をぬいぐるみに埋め込んだまま行われるという、世にも奇妙な痴話喧嘩。未来はもっとマシな構図になっていることを祈る。

 どうせなら天女像が完全崩壊する所まで見届けたいが、これでは埒が明かない。僕が仲裁に入らないと。


「そこまでです!しょうこさんも角館さんもケンカはその辺にしま」「ケンカじゃないです!」「黙レ、ヤスモノ」

 僕は頭を抱えて曇り空に吼えた。


「どうすりゃいいんだよおおおおおおお!」


 なおも鼻息の荒い角館さんは舞台をブランコに移し、膝の上のヒトを叱りつけた。

「しょうこさん、こーちゃんの事悪く言っちゃダメでしょ!"しゃっとだうん"しちゃいますよ?」

「オトトイキヤガレ、雨坂小晴ガ、ナンボノモンジャイ」

 何だって!今、何て言った?!


「リコヲ困ラセル奴、皆アンシンオッパイ」

「困らせているのはしょうこさんの方です!」

「証拠ヲ提示」

 言うや否や通知音が鳴った。角館さんのスマホからのようだ。

 ブレザーのポケットから取り出して幾つかの操作後、驚く事に画面を凝視したまま動かなくなった。


「街中ノ防犯カメラヲジャック、顔認証ニヨリ雨坂小晴ト断定」


「角館さん。僕にも画像を見せてくれませんか?」

 放心状態で預けてくれたスマホを見るなり、僕は血液が逆流する感覚を覚えた。

「何やっちゃってくれてるんですか、あめあがりさん!」


 撮影場所は不明だが時間は今朝、まだ日の出の頃だ。

 後方に数人の男性が台座やプラカード付き電気椅子を運ぶ様子、そして前方に、髪をハーフアップにして漆黒のラバースーツを着込んだ眼鏡の美少女が写っていた。


 不敵なドヤ顔にカメラ目線でのVサインとまあ大胆なこと。見間違うもんか。紛れもなくあめあがりさん本人だ。

 らしいと言えばらしい。だが、どこかで彼女にあしらわれているような気がした。


 遅刻しといてアレだけど敢えて言うと、僕を呼びつけておいて何だよこれ。

 角館さんとどういう関係だか知らないけど、温厚な人まで巻き込んで自分は何がしたいんだよ。

 昨日の額と額の接触はどういう意味だったんだよ。


「安元さま、こーちゃんをご存知なので?」

 僕は答えず、スマホを返却。

「角館さん」

「どうされましたか?お顔色がすぐれないようですが」

「やっぱりロータリーに戻るのは中止にして下さい」

「え、でもそれではりこの気が」

「あなたが謝る必要はなにひとつとして無いんです、さあ行きましょう!」

 僕は失礼を承知で角館さんの腕に掴み、強引に引き寄せた。ブランコがカチャンカチャンと乱雑に揺れた。


「ちょ、ちょっと安元さま?!どちらへ、どちらへ!」

「学校です!」

「学校ってどうしてです!」

「文句言いに行くんです!」

「どなたに」

「コーちゃんにです!」


 会って最初の一言はもう決まっている。

 言ったらあめあがりさんはどんな表情をするのか。烈火のごとく怒ってまた投げつけに来るのか、それとも……。

  

 初めこそちぐはぐな僕たちだったが、やがて角館さんの口数は減り、雑高へと続く坂道に差し掛かった頃には歩調が合うようになった。


 その従順ぶりに違和感はあったが、それが飽和して様子を伺う前にトーテムポールのある正門前広場に着いてしまった。

 それにいつもとは様相が違っていた。


「どちらの番組でしょうか」

 と横に並んだ角館さんがぽつり。腕はもう掴んでいない。

 生徒会の手伝いでビラ配りをするあめあがりさんはいなかった。

 その代わり、目をギラギラにさせて待ち構える報道陣がいた。


「僕にもさっぱりです。ロータリー騒動を嗅ぎつけてやって来た訳では無さそうですが」

 と言うと、あっち向いてホイでもしているかのように目線を逸らされた。

 そりゃ怒るよなあとしょげていたら、「すみませーーーん!」とマイク片手に雄叫びのように声を張り上げて猛然と駆け寄って来た人にびっくり。

 やって来るなり、こっちの警戒心をあっさり飛び越えて一方的に口角の泡を飛ばす。


「おはようございまっす!私、サイガーネット・アルファというニュース番組ADの松田と申しまっす!ほんの少しだけ!ちょっとの時間だけ取材させていただいても良いかな?良いよね?わああなた背が高いしスタイル良いしモデルさんみたいでマジやばいっす。その扇子の髪留めどこで買ったの?え、友達からのプレゼント?またまたあ〜彼氏からのプレゼントじゃないのこのこのー、それにかわいらしいお人形さんまで!もうお姉さんの大好物!キミにギャップ萌えしちゃったぞっ!」


 マイクを向けているのが角館さんオンリーなのはともかく、よくもまあダッシュ後に息も切らさずペラペラと喋れるもんだ。


 声をかけてきたのは長いストレートの髪はぼさぼさ、服装がオレンジ色のTシャツに七分丈のスキニーパンツとラフな格好の女性。遅れてテレビカメラマンが息を切らしてやって来たが、カメラを向けた途端、互いの緊張度が一気に高まった。


「それじゃお姉さんの質問に答えてね……昨夜遅く、雨坂グループ最高意思決定機関である星煌会せいこうかいの電撃発表の事はご存じですか?」

「いいえ全く。しかし光史朗こうしろうさまがどうされたのでしょう?小晴さまの件でしょうか」


「あら見かけによらず察しがいいのね。失礼しました、まさに仰る通りです。雨坂光史朗あまさかこうしろう氏は近く、跡取り娘の小晴さんが悠遠ゆうえんの儀を執り行わない場合、本年度をもって教育事業から完全撤退、伴って雑賀北陵高校の経営権を即時売却すると衝撃的な方針を打ち出しましたが、在校生として、あなたの考えをお聞かせ願えませんでしょうか」

「まあそれはそれはお厳しいことです。誉れ高き雑賀北陵高校のいち生徒として一刻も早い執行をと思ってはおりますが、個人的には小晴さまの意思を尊重したく存じます」


 さすが天女さま、雅な対応だ。

 それが何だ、サイガーネット・アルファとやらの不躾さときたら。そんな巨大機兵みたいな番組なんて知らない。弐号機はガラグリティア・ベータか!

 ……八つ当たりだ。


 キミに近づこうとするとあっという間に距離を離される。

 しかもことごとくと言っていいほど雨坂にまつわるものから置いてけぼりを食らう、僕はすごく寂しい。


 そんな気持ちを叫んでみたかっただけだ。

 部活も創るどころじゃなくなってしまったよ。


 ――キミの理想だって。



 こうして今日の一限の授業は取り止め、緊急で全校集会が開かれる事になった。

 総勢一二〇〇人の体育館。

 不安と怒りの声が施設内を錯綜する様はまるで入学式の再来だ。

 周りの雰囲気にあてられて興奮気味のクラスメイトとも言葉を交わさず、僕はただじっと壇上を見つめて開始を待つ。


 また天井からチョココロネになったキミと、特別と、その両方と出会える事に、淡い期待を寄せながら。

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