第14話A 大事なヒトなのですね、しょうこさんは

 ちょうどお巡りさんにチョココロネの魅力について雑談を持ちかけようとした時だ。


 反雨坂を掲げたプラカードが突然、発火した!!


 朝ラッシュのロータリーは騒然、各所から悲鳴が上がった。

 無論、女の子も例外じゃない。


「……イヤ!外れない!助けて下さい!助けて、こーちゃん!」


 火の恐怖に怯えながら、懸命に体を捩って懇願するが、誰ひとりとして対処するという選択肢が無かった。

 そうして皆が呆気にとられる内、椅子がゆっくりと、時計回りに回り出した。


 台座だ!台座が回転を与えているんだ!と誰かが叫んだ、見ればわかるよ。

 問題は、あの子が電気椅子から逃げることができない事だ!


 プラカードが先端から原型を失くしていく。

 回転速度は徐々に増し、煙と熱のカーテンが形成され、悲鳴の強度がさらに上がった。

 このままじゃ燃え尽きる!


 と最悪の事態を想定した時だった。

 ポン!と大きな破裂音。

 ややあって四方八方、または足元に、まきびしのように大量の何かがばら撒かれた。


 お巡りさんが叫んだ、「こりゃ爆竹だべ!!」


 逃げる間も無かった。

 導火線のほとんどは火に喰われていた。

 平穏なロータリーを脅かすそれらは銃撃戦のように一斉に爆裂、大人数が耳を塞ぎながらステップを踏む滑稽なステージと化した。


 しかしその光景は、僕の目の端で起こった出来事だった。

 意識は煙の中にかすかに映る人影へ集中していた。ほかの誰でもない、あの電気椅子の女の子だ。

 最初の破裂音の際、走り去って行くのが見えてしまった。


 結局あの子による自作自演だったのか?

 なんにせよ、ますますあめあがりさんに推薦したくなった。

 道中、地面に置き去りにされていた『しょうこさん』とかいう電脳姫のぬいぐるみと、彼女の持ち物であろう通学バッグを回収、間もなく、どさくさに紛れてロータリーを脱出した。


 ――数分後。


 首尾よく抜け出せたまでは良かった。

 しかし闇雲に住宅街を探し回った挙句、完全に行方を見失った。


 人に尋ねても情報を得るどころか気色悪そうにその場を離れられ、途方に暮れていたところ、それまで脇で静かに抱えられていたぬいぐるみが。


「ドアホ、ホウコウオンチ、アタシニマカセナ」


 と威勢の良さそうなお姉さんを装って喋りかけてきた。僕は動かないぬいぐるみを抱き上げたまま、呆然と見つめるのみだ。


「リコナビ、フレーミング・オン、ゲンザイチハアク」

「リコトダンテイ、ゲンザイチ、サンカクコウエン」

「ヒガシノホウコウ、キョリ、ゴヒャクメートル」

「ショヨウジカン、サンプン、イソゲ」


 すごい。息もつかせないマシンガントークだ。

 ――たかがぬいぐるみのくせ。

 しかもハイテク装備搭載ときた。

 ――人間より偉そうにすんなよ。


「ロクジュウメートルサキ、ツキアタリ、ウセツセヨ」

 そうだ。この場に留まっていたら、カーナビみたいにずっと同じこと言い続けるのかちょっと試してやろう。


「ロクジュウメートルサキ、ツキアタリ、ウセツセヨ」

 本当に言った。じゃあ次はでたらめに進んだら迂回ルートになるのかな。と踵を返そうとした瞬間だ。


「ボケモタイガイニシナ、テメエ、ナメテンジャネエゾ」

「すいません!」

 凄味も臨場感も無いただの機械音声。思わず口走った謝罪の言葉。次第に身震いが起こり、ついに全身に鳥肌が立ってしまった。


 一言でいうと、おぞましかった。

 あめあがりさんが物陰から音声を吹き込んでいるイメージ図が一瞬で出来上がった。

 それくらい、この『しょうこさん』という、動かないぬいぐるみから明確なヒトの息遣いを感じた。


「ハシレ、メロス、リコノタメ」

 なのにこの淡泊さ。おかげで調子は乱調、抑揚が控えめなのもあるが決してそれだけじゃない。

「……了解です。メロスじゃないですけど」

 蒸し返したらまた怒られるだろう。

 一刻も早く元の持ち主に返して、しょうこさんの正体を知ってすっきりしようと決めた。


 ――ぬいぐるみと通学バッグふたつ。増えた荷物でのダッシュは体に障る。


「ノロマ、キビキビハシランカイ、アンシンオッパイ」

「これが僕の限界ですから!あと男なので膨らみ無いですし!」

「タンレンシロ、タンメンクウベシ、メザセタオパイパイ」

「えええ、まさかの殺し屋さんルート?!」


 と息を切らした噛み合わないやり取りがスムーズになった頃、僕は目的地の三角公園の入り口にまで来ていた。因みにしょうこさんには小さいおっさんボイスチェンジャー使用疑惑がかけられている。


 しかし本当に容易く見つかるとは。

 女の子はブランコで存在ごと小さく佇んでいた。

 不用心に近づいた僕のせいで驚かせてしまったが、警戒を解くようにしょうこさんを見せると。


 まあ!と手で口を覆いながら、「偶然です、それとまったく同じものを持っていました。わざわざ見せに来られたのですか?」

「ソンナワケアルカ、モミシダクゾ」「いやいやいやあなたのものですから!」


 しかしツッコミのタイミングがほぼ同時だったせいか、女の子の耳にしょうこさんの音声は届かなかったようだ。

「本当ですか?でもしょうこさんは今頃お警察の方に解剖されて、ホルマリン漬けか廃液まみれに」


 空想逞しいなこの女子高生!

「本当ですよ。僕は一年G組の安元歩です。しょうこさんをロータリーで拾ってここまで届けに来たんですよ」


「まあこれはこれは。ご親切にどうもありがとうございました。わたしは1-Cの角館里子かくのだてりこと申します。この春、雑高の入学に伴いまして他県より引っ越して参りました。りこは中学まで野球を嗜んでおりまして、ポジションはキャッチャー、インサイドワークとフレーミングは上手だねってよく褒められました。でもワンバウンド捕球の時お胸が」「ナガインジャ、ボケェエエエエ」


 のしょうこさんのツッコミが入ると、それまで温厚に話していた角館さんの目にうっすらと涙が。

 まだ信じられないのか、しょうこさんを真っ直ぐ見つめていたのでそっと差し出すと、再会を喜ぶ母親のごとく抱き締めた。

「しょうこさん!しょうこさん!会いたかったよ〜。ごめんね、置いてっちゃってごめんね」

「アホンダラ、アンポンタン、アンシンオッパイ」

「うん、うん、うん、ごめんね、ごめんね」


 扇子の髪留めをつけたショートボブの高校生が、ブランコでぬいぐるみを抱きしめて泣いている。それはいくら他人が冷やかそうが、とても微笑ましいような小っ恥ずかしいような、心をくすぐる絵だった。


「大事なヒトなのですね、しょうこさんは」


 むず痒さからついこぼれ出てしまった言葉だが、ロータリーまでの僕ならきっと、必死になって今の発言と闘っていた事だろう。


「安元さま……なんと心の優しいお方なのでしょう」

「優しい、ですか。一体どんな仕組みでしょうこさんが喋ったりしているのかという興味本位な僕もいますし」


「優しい上に懐の深いお方です。でもりこ、しょうこさんについてはよく知らないのです」

 意外だ。

「誰が操作しているとかもですか」

 と訊くと角館さんはこくりと頷いた。本人も知らない、まさか本当に小さいおっさん在中か?!


 まあ知らないと言うのなら仕方がない、その方が良いこともあるのかも知れない。部員として迎え入れられれば、自然と秘密も明らかになってくることだろう。


 ロータリーの件もあるし、学校に行けばあめあがりさんが何とかしてくれるんじゃないか。

 そんな希望的観測で登校を促そうとした時だ。行く手を槍で遮るようにしょうこさんが喋った。


「ヤスモトアユム、ライセンスショウニンズミ、エツランレベルファースト」


「わあ。しょうこさんまるでロボットみたいな用語を。ぜんまいを巻く穴はどちらですか?」

 呑気にしょうこさんを調べる角館さんはともかく、僕が閲覧レベルファーストってセーフティロック解除のアイテムすら手に入れてないぞ?


 よーし混乱からレベルファーストと聞いて※養鶏ぼっちのゲームを思い出すのは止めるんだ。違う違う違う、きっと違うから。


「アタシノ、シャベルシクミ、オシエテヤル」

「AIプログラム、デイライト」

「エツランハンイ、ココマデ、ムスメヲヨロシク」


 AIプログラム、デイライトねえ。僕は薄目を作った。

 小さいおっさんの仕業だと言ってくれた方が若干説得力が僕にはあったかなぁ。


「あのう安元さま?えーあい、とはどんな時に使う掛け声なのでしょう?」

 角館さんがほんわかした女の子で助かった。どツボにハマらずに済んだ。

「しょうこさんを黙らせる時に使う掛け声の一種だと思いますよ」

 僕はにっこりとそう言った。


※かつて年商5000億を誇った養鶏場に悲劇が起こった!鳥インフルエンザによってほとんどの鶏が処分、会社再建のため頑張っていた両親が相次いで他界、運営資金も人のつても底を尽きてしまった。遺されたのは鶏舎と雌鳥の一羽のみ!諦めの悪いキミは買収を企む同業者からあの手この手で会社を守り抜き、そして、ライバル達をいや両親を超える養鶏場へと成長させることが出来るか?!という会社育成シミュレーションゲーム。

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