第13話B オウオウオウ、リコニフレルナ、ジアンダゾ

 依然として額の発熱は続いたまま。


 頭の中の僕は濁流にもまれて目を回していたが、現状は遅刻者だ。

 最後はあめあがりさん式氷結の視線で、動揺ごと凍りつきたい欲求が勝ってしまった。


 改札の雑踏に紛れる蜜の香りを追い求め、僕はその出所である北口へ。外は低調な薄曇りだった。


 北口ロータリーは俗に言う"持っていない"場所。


 南口バスターミナルは繁華街に面していて華やかだというのに、来春には臨海部にアクセスするモノレールが開通予定だという。

 対して緑地と住宅の多い北口ロータリーは、奇怪な形をした時計塔の異様さが目立つだけ。

 格差はうんと広がる一方だ。


 そこにちょうど旧道から進入してきた一台の路線バス。


 白が基調の、三本の青いラインが入った塗装の車体はサイレイン交通のもの。

 驚くことに経営母体が雨坂のバス会社で、市内のほぼ全線を網羅し、出資の半分を雑賀市が出すんだって、ああもう!

 休日に調べたことが反射的に出てしまったじゃないか。


 辟易だ。追い討ちは止めてくれ、僕は一刻も早くあめあがりさんに叱られたいんだ。

 照準を強制的に変える。もちろん目標地点はロータリー脇の小スペース、あめあがりさん日課の演説場だ。


 バスの乗り降り客で厚みを増した人の流れ。その隙間から周りを取り囲む人だかりが垣間見えた。

 しかし今日に限ってはその聴衆は多いようで中心が見えなかった。でも大輪の蜜はそこから香っている。


 その味に酔いしれたい僕はもう引き寄せられていた。

 焦点がずれないよう真っ直ぐに、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに。

 人の流れをかき分けて、大好きな人の所へ。

 あめあがりさん、あめあがりさん!あめあがりさん!!

 その一心で野次馬どもの壁を、ドリルのようにねじ込んでこじ開けた。

 やっと開けた景色、そこで僕が見たものとは――。


「ううう。皆さんの視線に耐える訓練なんですぅ。ほ、本当です!」

「あのね訓練ってお嬢ちゃんキミねこれ、こんな目立ってまですることじゃないでしょ?それとも誰かにやらされているの?」

「え?!……ち、違います。わた、わたしの意思です!」

「嬢ちゃんホントのこと言えや。なして雨坂さんとこの生徒はおかしな事ばかりすんだべ」


 ――処刑用の電気椅子に座り、中年のお巡りさん二人から職質される女子高生の図だった。


 しかも顔を真っ赤にさせて訓練と称するこのショートボブの女子生徒、奇特にも頭部と手首を固定させているじゃないか。まったくもって美少女はよくわからない。

 あと補足として椅子の横からプラカードが生えていた。残念ながら、お巡りさんが邪魔で何が書いてあるのかよくわからなかったが。


 まあそれはそれ――あれ、あめあがりさんは?と行方が気になった時だった。


「オウオウオウ、リコニフレルナ、ジアンダゾ」

 突然聞こえてきた機械音声VOICEROID。抑揚の不足は動画サイトでよく聞くそれだが、かなり調教されていて流暢だし聞き取りやすかった。

 音源のわからない僕を含めその場に居合わせた人全員が周りを見回した。


「ドコミテンダ、アタシャ、ココダヨ」

「しょ、しょうこさん!み、皆が見ている前で勝手におしゃべりしちゃダメです。だ・め!」

「ウルセリコ、ドジリコ、オタンコナスリコ」

「ううぅひどい。とにかく、シーです。シーして下さい!」

「スッコンデロ、スットコドッコイ、アンシンオッパイ」


 途中から僕の目線移動がせわしなくなった。

 ひとつは身動きが取れないまま慌てふためく女の子、もうひとつは女の子の腿の上に置いてある電脳姫のぬいぐるみと交互にだ。


 ペッパーのような精密ロボットじゃないんだ。人間とぬいぐるみが会話を成立(?)させているだなんて。

 だから一番驚いたのはタイムラグ無しの処理反応速度。

 仕組みは一体どうなっているんだ、誰かが遠隔操作で打ち込んでいるのか?それにしても早業すぎる。

 いやもう、朝からすごいものを僕は見ているぞ。


「オイテメーラ、ジェーケーダゾ、カネヨコセ」

「なんてこと言うんですかしょうこさん!お願いですから静かにして下さい!」

「ヤナコッタ、パンナコッタ、テラコッタ」

「カタコッタ。いけません調子に乗ってしまいましたって違います!とにかくおしゃべりをやめてください!」

 聞き分けのない電脳姫だ。ケケケと抑揚無く笑うぬいぐるみに、女の子は泣き出す寸前。

 そんな異種コントが永遠に続くと思われた、が。


「こちら北口から南口PBへ――」


 まずいことになった。

 対処困難と判断したお巡りさんのひとりが応援要請をだした。途端に、女の子は青ざめた表情に。

 もしこのまま補導ということになれば。

 いや助け舟出そうにも相手が悪い、そもそも知り合いでもないし関わるべきじゃない。

 だけど困っている人は放っておけないし。

 しゃしゃり出て問題が余計に大きくなったら、結局女の子のほうにしわ寄せが行くし。

 だけど僕は救いの手を差し伸べられる人間でありたいし。

 あああ、僕はどうすれば!


 そうしてまごついている間、もう片方のお巡りさんが野次馬対応で場を離れた。だけれどもそれは僕にとってものすごく幸運だった。

 結果的にまごついて良かった、見えなかったプラカードの文字が飛び込んで来たからだ。


「嘘だろっ……!!」


【雨坂の謀略を許すな】

【断固反対!既得権益!】

【雨坂に改革を!】


 何のことは無かった。

 この文字を見た時、額の熱にあめあがりさんと頑張ると誓うとごく自然に思ってしまった。

 だから僕にしては熱い手のひら返しだ。

 そうだ。

 部員候補、見つけた!

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