第12話前編 🌂あめあがりさんはつらいのだ


「ヒト面妖どもめが、天に向かって唾を吐き出すその性根、雨に代わって成敗してくれよう!」

 と啖呵をきったのに、あろうことか僕の方に黒光りする銃口を向けてきた。また構えが扱いに熟れた人っぽいって、そうじゃない!

 ここ日本だよね、本物じゃないよね?!

 銃刀法違反していないですよねあめあがりさん?!


「ちょ、あめあがりさん待って!」


 制止むなしく、あめあがりさんは躊躇なくトリガーを引いた。

 ダダダダン!火花を散らして命を奪いに来た実弾がまもなく赤い華を咲かせる――ということにはならない、なぜなら、あめあがりさんが撃っている銃は電動ガンでBB弾だったからだ。

 ギャップに拍子抜けとはいかないまでも、ブツブツブツと高速でぼやく僕の制服に、炭酸のように湧き立つ痛覚が状況の混迷さに拍車をかけた。


「いたい!いたいいたい!いたい! ちょっとなにしてくれてるんですか、あめあがりさん!」

「喚くな。安心しろ、減速仕様だ」


 安心せい峰打ちだ、みたいに言われても痛いものは痛いし意味不明だ。

 しかしトリガーハッピーなあめあがりさんは止まらない。

「ハハハ、踊れや踊れ!!」

 身体中から狂想曲を奏でるように音符記号がはじけ飛んでいて、弾倉が空になるまで撃ち続けようかという狂いっぷりだった。

「サバゲーじゃないんですよ!原則、人にめがけて撃ってはいけませんって習わなかったのですか!」


「なに、原則に例外はつきもの!願いが叶うその時まで、この紫紺と深紅の弾丸を撃ち込んでやる!何せ今の私は、浜風の夢を見るサフラジストあめあがりさんなのだからな!」


 仰っている事が爆発手榴弾かと思う止まらない狂乱の最中、床に目を配ると確かに毒々しい色のBB弾が転がっていた。

 掃除は終わったばかりだ、このあと一体誰が掃除するのでしょう。

 女性参政権活動家サフラジストが無実の人間相手に暴挙に出るとはどういった了見なのでしょう。

 僕の疑問は絶えることを知りません。


「こんなとこで危険思想ぶちまけてないで、しっかりと原則守って下さいよ!」

 つとめて当たり前のことを僕は言った。

 なのにあめあがりさんってば、真っ赤な舌を小悪魔よろしく突き出すものだからイラっとしてしまった。

 腹いせついでにミリコスを写真に収めておきたいが、なんという治外法権の鑑だ。


「舌を出すヒマがあったらその電動ガン引っ込めて下さい!」

「む。今日の貴様、至極真っ当な人間っぽく見えるぞ、本当にもっくんであるか?すまぬがこのゴーグルではぼやけてよく見えんのだ、本物ならば得意の積乱雲顔してみせよ」

「えええ今さら本人確認ですかあ?!ああもう!」


 むちゃくちゃだ。

 弾切れまで待とうかと思ったけれど、僕は強行策を決心。

 AK-47は連射機能は優れているが装填数はそれほど多くないはず。そもそもスタン値の低い電動ガンなんて恐れることはない、それならば痛みと引き換えに一点突破して武器を奪うのみ。肉を切らせて骨を断つ作戦だ。


 しかも僕は幸運だった。

 目まぐるしい連射は突如としておさまり、代わりに唸るような空転音が教室中に響く。

 予想より早く弾切れを起こした!

 すかさず舌打ちのあめあがりさんが弾倉交換リロードを試みようと目線を切った……狙うなら――今!


「スキあり!」


 運動神経がある方じゃないけれど、互いの距離とタイムラグを考慮すれば分があるのは僕の方。

 急ぎの僕は机をかき分けて接近、あめあがりさんが持つ電動ガンAK-47に手を伸ばした――ところが。


「あれ?」


 あと少しの距離で奪えそうだったところ、目当てのAK-47は既に重力による自由落下を始めていて、肝心のあめあがりさんといえば完全に僕の視界から消えていた。

 AK-47の落下を目で追った末、僕はあめあがりさんの居場所を突き止めることに。目と目が逢って、あめあがりさんはニヤリ。


 まず一の手。

 AK-47の落下とほぼ同時、予め姿勢を低くして迫っていたあめあがりさんの肘鉄が僕のみぞおちにめり込んだ。


 次いで二の手。

 内蔵を揺さぶられた衝撃で意識が霞んだところにブレザーの襟をかちりと掴まれ、そのまま胸骨を押し出されると僕の平衡感覚はいよいよ麻痺する。


 最後に三の手。

 為すがまま吸い寄せられるように前に引き出されると共に素早く懐に潜り込まれ、あめあがりさんの背中と僕の上腹部が密着する。

 直後、心身が教室外にまで飛び出そうな浮遊感を覚え、たちまちに三半規管が発狂した。


 中学の頃、技をかけやすいと一部界隈からお墨付きをもらっていただけに見事な一本背負いが決まった。

 僕は背中から机上に叩きつけられ、先週と同様、天と地が逆さまになった感覚に陥る。

 自分の状態がどうなっているのか、多分、だらしのない寿司ネタのような格好になっていることだろう。


標的ターゲット確保!」


 僕のそばで声高らかに宣言をするあめあがりさん。

 人に痛みを独占させておいてどこが無事なのか、そんな抗議声明をあげる――はずだったのだが。


「さて。雨坂と無縁に近いもっくんへの危害、これを嗜虐と云わずに何と云うか。あってはならない恥ずべき事態であり、私はこれを恣意的に評判を貶める雨坂への背信とみなす。心して聞け。貴様ら、赤見内、下敷領、高見沢の処分であるが――」


 自分のことを棚に上げていることには目を瞑るとして、僕はあるモノを発見してしまう。

 それはあめあがりさんが喋りながら、ミリタリーコートをめくりつつ腰に手を当てた時だ。

 露わになったのは、迷彩色のビキニホットパンツと黒ニーハイの健康的なおみ足という、男に生まれて良かった!と感動すら覚える組み合わせ。と悦んでいる場合じゃない、なんと内もも部分にカードサイズの白いメモが貼り付けられていて、それに達筆でこう書かれていた。


『痛い思いをさせてすまなかった。そのまま気絶したふりをせよ』


 今は机が天井から生えているような逆さまの世界、しかしその文字は上下反転していることなどなく、通常読み書きできる形で見えた。ということは……拒否権を発動する理由はどこにも無く、指示通り、僕はそっと目を閉じた。


 🌂


「――貴様らの親の顔もある、特に教出きょうしゅつの赤見内専務は長年雨坂のため忠義を尽くしており、日頃より父さまが世話になっていてまこと感謝に堪えない。娘である私が父の代わりに礼を言おう。よって、下す判断は処分保留が相当、速やかにこの場を去るがよい」


 処罰など毛頭ない、その気があれば真っ先に貴様らを引っ捕えておるわ。本当の獲物は……む、もっくんがメッセージを受け取ったようだ。

 間髪入れず、私は教室を包囲するチーム坂本に対してフェーズ移行のハンドサインを出した。すると迅速な対応、二人一組で謀反人らを連れ出しにかかる。

 さすがは一族きっての体育会系ども。

 SWATに似せた特注の衣装に似合う屈強な肉体、鍛えられし剛腕でがちりと腕を組まれては赤見内らも抵抗しようもない。


「な、納得できません!俺達は貴女に教出だけでなくグループ全体の発展のため盤石な礎の構築を、直ちに、悠遠ゆうえんにて栄えある未来に我々を導いて欲しいだけなんです!」


 男達に強制退場させられながら、赤見内は猛獣に追い詰められているような逼迫した怯えを隠さずに叫んだ。そのような不満の類い、隠密の岡田から耳がタコになるほど聞かされておる。


「今はその時ではない。悠遠の儀は然るべき時が来たら、だ。鷹揚に構えよ」


「なぜだ!次期当主がそんな弱腰でどうするんだ!アンタ、品格に欠けているんだよ。十八を迎えられたんだ、雨坂の掟通り、悠遠の儀を執り行ってくれよ、逃げずに!」

から二週間以上も事業計画がストップしているんだよ。おねいちゃんらしくボクらに強いところを示してよ!」


 赤見内に同じく、下敷領も高見沢もずるずると引き摺られながら、せめてものと言わんばかりの遠吠え。

 大事なのは結果だ、牽引者の資質など聞くに及ばず、流してしまえばいい。だのに、こやつらの懇願を慮るあまりに生じた苦悶を、私は奥歯で噛み殺さねばならなかった。


 言う通りにすればどんなに楽なことか。

 だが私はマトリョーシカではないのだ。

 の利潤に特化した共同事業計画と謳う謀計が、果たして、万理一空の繁栄をもたらすのだろうか。


 私は、そうは思わない。


「今は……その時ではないのだ、鷹揚に構えよ」


 これだけしか言えない自分に腸が煮えくり返る。

 失望の彼らは閉口し、うなだれるままに連行されていった。

 遠ざかる有望な熱量、それを容易く逃がしてしまう私は無力だ。

 だからこそ。私には仲間が必要だ。

 ひとりだけではどうにもできないことを、二人三人、あるいはそれ以上の人数でもって、無形から目に見えるものに変換できる力が!


「舞台は整った。入って来るがよい、プリノ!」

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