第11話 雨坂小晴、彗星の如く参上!
あめあがりさんの朝の校内放送で、急傾斜の丘に立つ雑賀北陵高校のことを、ダムと表現する近隣住民がいると喋っていたのを思い出した。
そろそろ放水が始まる頃かと誰かが呟くと、下校する雑高生の群勢が濁流のごとく急坂を下って来るから。というのが由来だそうで。
全校生徒数は約一〇五〇人、部活所属率が半分弱くらいの僕らのちょっとした名物になっているのだとか。
僕は片道一時間半の通学だから真っ先に駅を目指してしまうのだけれど、クラスメイトの間では臨海部のショッピングモールでブラブラするのが流行っている。
学校帰りの寄り道。憧れだなあ。
そんな具合の学校だからうかうかしていると帰宅部は誰もいなくなる。
幸いなことに教室清掃終了直後ということもあって、教室で騒ぐ男子生徒、廊下で談笑する女子生徒、帰路に急いですれ違う生徒などの様々な風景が広がっていて、教育棟の一年生階層は僅かながら賑わいを見せていた。
その中心には星野君。
突然、足につむじ風を起こしては、C組の教室前にいる二人組の女の子の会話に割って入ったかと思えば、あっという間に華を咲かせていた。
「そうなのかい?!星野はてっきり、シャトーブリアンに恋したハ=ナゲの続編だと思ってたよ」
雑談の相手はひとりは艶やかなロングヘアーが印象的な女子、もうひとりはショートボブでぽっちゃりめな女の子だ。
二人とも気品さがこれでもかというくらいに漂っていて、とにかくかわいい。
特にロングの女の子は、読者モデルで肩書きが通るくらい突出したかわいさだった。
まあ予想通りというか予定調和というか、僕は蚊帳の外だった。なんだかとても切ないのです。
「そんなキミには是非とも、星野主催のお茶会に来て欲しいな。これが、その招待状だよ」
と優雅な所作で内ポケットから白い封筒を取り出し、ショートボブの子の方に恭しく差し出した。その子は上品に口元に手を当て驚いた様子の後、もじもじさせながら受け取って大切そうに抱えた。
僕は歯痒く、壁に思い切り頭を打ちつけたい衝動が天辺を越えそうだ。
「おっと失敬。こちらのカノジョには星野のお相手をしてくれたお礼さ。星野特製のクッキーを差し上げよう」
と言って通学バッグからクッキーを取り……。
僕は目を疑った。
あのう星野君、オレンジ色の布袋が大量に詰まっているのが見えているのだけれども。って教科書は島流しか!
ともあれその内のひとつをロングヘアーの子が受け取ると、ありがとうと言って顔を綻ばせた。それから、いただいちゃったとショートボブの子とぴょんぴょん跳ねてはしゃぎ合う。
星野君はその様子を目尻を下げ、白い歯を見せながら穏やかに見守っていた。
朗らかな光景。辺りに充満する幸せの香り。
でもなんだろう。
一言でいえば違和感。そう違和感。
微笑む星野君だけが一時停止したように時間が止まっているように見えた。
さっき僕に演じてみせた星野劇場のような生命エネルギーの発散というか、それこそ、これが星野の真骨頂だ凡人!とドヤ顔を向けて来る気配すらなかった。
あめあがりさんはどうしたのと僕に突っ込まれるのを嫌ったかもしれない、でも静かすぎて。ギャップがどうも腑に落ちなかった。
「サリュー、マドモアゼル」
「星野君、あんまり嬉しそうじゃないね。もしかして経験ありすぎて感覚マヒしちゃってる?」
仲良く帰る二人組を見届けたあと、僕は冷やかしを入れてみた。
「馬鹿馬鹿しい。嫉妬ならPC画面の前でしたまえ凡人」
とまずは一蹴。そしてポケットから櫛を取り出して軽く髪をとかすと、キザなポーズを作った。
「貧相なお前に詮索されるほど落ちぶれちゃいない。教えてやる。星野は洋菓子品評会に招待しただけさ。有名パティシエを招き、客人を甘美な世界へと誘う。舌鼓を打ったところで互いに有益となりそうな情報を交換するのさ。ところで凡人、さっきのショートボブの一岡さんはAAランク。一方でロングの山下さんはFランク。この違い、何だかわかるかな?」
いいなあ洋菓子。僕は苺入りミルフィーユが食べたいよ。まったく、そつがないな星野君は。
「えっと……容姿の話かい?」
それにしたって随分と山下さんに失礼な評価だ。イケメンのランク付けは審美眼が行方不明のようだ。
「さすがGランクの凡人、想像力の欠如も甚だしい」
「違うの?」
「容姿なんて、この世にこはるちゃんを凌ぐ女性はいないのさ」
「うん。僕もそう思うよ」
と素直に言ったら歯茎剥き出しで睨まれた。
「まあまあ落ち着いてよ星野君。というか僕までランクがついてるの?でもGって君」
ゴキブリのGだったら僕泣いちゃうよ?
「ふん。ランクは雨坂とりわけ
星野君は僕に反問する隙を与えず、顎でA組の教室に入るよう促した。
「……行ってくるよ」
どうせ訊いてもまともな返事は来ないと思うし。
突っかかることなく教室を覗き込むと、教卓とその前の机の上にそれぞれ座って談笑する男子生徒三人組が視界に入った。
三人もいればひとりくらいは、ねえ。
淡い期待も意気込みもそこそこ、僕は彼らに近寄った。その寸前で。
「AAAランクが三つ巴」
ぼそりと星野君の低い一言が妙に頭に残った。
けれどもその言葉は更なる僕の油断を誘った。
その通り、僕は想像力が乏しかった。
あめあがりさんがマトリョーシカを使って説明してくれた雨坂という同族経営企業の存在の大きさ。
それと星野君の
ここに来てようやく、そのふたつが実を結び、Gランクの僕にまざまざと見せつけることになったのだ。
「あのうすみません」
「ん?」
教卓の上で脚を組んでる男子生徒がいち早く反応した。
行儀は良くないけれども、人の良さそうな甘いマスクに絶えない微笑みが僕に安心感をもたらし、これにてミッションはクリア、あめあがりさんとのデートはどこにしようと早くも想像を掻き立てたものだ。
しかしそれもほんの一息、甘くてとろけそうな夢想ドラマはすぐに幕を閉じた。
「あれ……キミは。間違ってたらごめんな、たしかG組の安元クンだよね?」
彼の言葉に続けて二人も振り向くとなぜか、理解不能なせせら笑いが起こった。
「こいつ。確か雨坂さん家の
と大工っぽい角刈りのフケ顔君が気に障るようなことを言えば。
「ウケる。あと先週末呼び出しも受けてたよね。小晴おねいちゃんに何を人生相談したんでちゅかあ?」
とショタなおねいさんに好かれそうなお顔をした男子生徒にはバカにされる始末。
嫌な部類のヤツらだ。
僕は瞬時に悟り、彼らの安い言葉を真に受けまいと邪念を捨て警戒レベルを上げる。
「その安元だけど……」
「おいおいシモ、タカ。悪ふざけもその辺にしておきなよ」
教卓の男子生徒だ。
そうだそうだまとめ役っぽい君がこの、失礼極まりない人達をなだめておくれ。
「こいつらが粗相をしてごめんよ。一応、一般人の君に紹介しておくと、俺は
キョウシュツ……?雨坂グループの会社のことだと思うけれども。
wikiで調べて各サイトを確認した程度では思い当たる節は無かったというか君も僕を一般人扱いか。
いや考えても仕方がない、話の通じそうな赤見内君となら適当に会話をして切り抜けられそうだ、もっと別の人にあたろう。
そのような離脱方法を決心したところ、せせら笑った内のひとりが僕の肩に腕を回して、そっと耳打ちしてきた。
「なあ
続け様、さらにもうひとりも反対側から腕を回してきた。
よくわからないことで不愉快な買収を持ちかけられるし、二人分の悪意で窒息してしまいそうだ。
「こっちもトーテムなおねいちゃんちゃんのふざけぶりにはヒヤヒヤさせられちゃうんだよね。おかげで雑賀市との共同事業計画が滞って白紙寸前って父親が頭を痛めていたよ。でもね!今からでも遅くはないんだ。トーテムの小晴おねいちゃんが更生して雨坂の次期当主様として相応しい対応ができるよう、キミからも注意してやってくれない?その方法はね、すっごく簡単♪雨坂家の掟通り、服を脱がして、磔にしてやるだけでいいからね!」
僕は絶句した。
この人たち、本当に僕と同じ高一なのか?いや、それ以前に同じ人間なのか?
「う!!」
呆気にとられたばかりに後ろ手を取られてしまった。
そのまま体重をかけられ、半ばひざまずくような恰好に。
「飛んで火に入るなんちゃら。ま、わざわざこっちから赴く手間が省けたよ」
重さと痛みを堪えて顔をあげると、微笑んだ甘いマスクの赤見内君は血の通わない悪魔へと変貌していた。
「さあ白状するんだね。雨坂小晴は何をしようとしている」
「し、知らないよ。僕は遊ぶための部活をあめあがりさんと――」
「折れ」
冷徹な指令に背後で息を呑む音が聞こえた。
しかし命令には逆らえないのか、徐々に、手首が軋みだす。
折れそうだ!と、その時だった。
「やめたまえ!」の星野君の声をかき消すように、廊下からたくさんの女子達の悲鳴と幾重もの駆ける足音。
それら複数の足音の持ち主達が一斉にA組の教室になだれ込んできた。
『全員動くな!両手をあげて頭の後ろで組め!』
テロ?え、テロなの?!
背後で何が起きているのか、不自由な僕にはさっぱりわからないよ!
焦りと混乱もほんの一瞬、次なる驚愕は時を待たずしてやってきた。
ガラスが割れる大きな打突音、反射的にびくつき注意がそちらに向く。
音源には、機動隊のような格好をした人間がロープにつかまりながら窓ガラスをバールのようなものでこつこつと叩き割っていた。
ところで一年の教室は四階で、この上は屋上だ。
本当にこの国で何が起こったんだい?!
隊員はある程度ガラス窓を叩き割り終えると屋上に向けて親指を立てた。
何かの合図だ、皆の緊張が窓一点に集中、しかしやや間があってそれが途切れる寸前、ようやくして叫び声を張り上げながら侵入してくる人間を僕たちは目撃することになった。
「……ゃぁぁぁぁぁああああああああああ!!」
ロープを使って振り子運動を利用した、アクション映画さながら目を見張る爽快な突入だった。
身を屈めて守りつつ残りのガラスを粉々に吹き飛ばし、机と机の間、華麗に決まった着地の風圧が手の痛みも吹き飛ばした。
おもむろに立ち上がったその人は。
髪をサイドにまとめてゴーグルを着用し、全身をミリタリーコートで覆わせて胸元には【AMAT】のロゴ。
所持するAK-47を肩に担がせて、聞き覚えのある芯の入った声を部屋の内外に轟かせた。
「雨坂小晴、彗星の如く参上!」
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