第10話 徳なき者は去れ!

「ランドセルは取り返した。だがしかし!こはるちゃんの手を引いて逃げ込んだその場所はあろうことか雑賀旧市街地、袋小路に追い込まれた!幼さゆえ不十分な土地勘が招いた不運、分泌物を撒き散らして這い寄る暴漢、万事休すかどうする星野?!」


 廊下に反響する優男の芝居声。

 僕達は教育棟に向かっているはずだった。

 なのに星野君ってば、小学生のあめあがりさんが悪い大人に連れ去られそうになった話を活劇にして演じてしまうものだからなかなか進まない。


 少し歩いては星野劇場を見せつけられる、その繰り返しだった。


 ひとりで役になりきって熱演のところごめんよ、そろそろ僕達の目的がなんだったのかも忘れそうだ。

 それはもうたった一球投げるのに、五分以上費やす俳優の始球式を見ている気分だった。


「頼みの綱はこの星野だけ。利己心の亡者にすっかり怯えた様子のこはるちゃんを背に隠した。小刻みに震えるツインテールがその怖さをよくよく伝えていたよ。こはるちゃんのため、星野は神聖騎士ディヴァインナイトになると決意したのになんてザマだ!星野は自分自身に怒った。ここで星野はようやく覚悟ができたのさ。だから毅然と言ってやったね……やめたまえ!こはるちゃんは五〇億光年先の智慧とキスを交わした麗しき賢者なのだ。純粋な叡智の獲得それ即ち愛右衛門あいえむの永遠の繁栄を、私利私欲のまま喰らおうとするな。徳なき者は去れ!……とね。するとどうだ、そいつは涙を流して忽ちに改心したのさ!慈愛の愛右衛門あいえむに栄光あれ、そう言って去っていったよ。あっぱれ星野!小さくして巨星!いたいけなこはるちゃんを見事守りきったのだ!」


「はあ……すごいね星野君、参ったよ」


 その脚色ぶりがね。何となく、あめあがりさんが暴れて追っ払ったという可能性が……捨てきれないから怖い!

 いえいえ。僕はランドセルのあめあがりさんがツインテールで最高に可愛いというところだけ、おいしくいただくとするよ。

 

「ははっ!凡人的満点回答だよ。これで星野の徳はまた積み重なる結果を得た。徳なきお前も星野のように精進したまえよ」

 徳とは見下ろしても積めるものなのかな。ただしイケメンに限るというやつなのかな?ん?

「ははは、そうだね」

 まあ徳なき僕はとりあえず笑っておく。


 なにぶん貴重なあめあがりさんの過去だ。少しだけでも知れたこともそうだし、あめあがりさんを助けたというのは嘘じゃないようだから感謝、感謝の感、感、感謝だ。

 ひょっとしたら星野君が演出過剰気味だったのは照れ隠しだったとさえ思う。

 実は星野総一郎君という人、根はとてもいい人なのかもしれない。

 

「これが。プリンス・オブ・トクザムと平民との先天的な能力差だ!思い知ったか凡人!」

 前言撤回、あと爽やかに人を指ささないで。

「うん。まあね」

 でも思い知った。

 星野君と僕では、あめあがりさんと関わった時間の差に開きがありすぎる。

 その分だけ芝居をする彼に感性と躍動感を与え、僕にそれらは持ちあわせていないことを強く意識させた。


 やっぱりどうして。

 僕があめあがりさんの人生相談の相手役に選ばれたのかがさっぱりわからない。

 あめあがりさんをよく知る人物がすぐ側にいるじゃないか。

 僕は星野君を見た。

 彼は恍惚な表情を浮かべながら前髪をかきあげてBang!のジェスチャー。


 そうだね。理性ある人なら誰でも遠慮するところだ。


「おいおいなんだね凡人。舐めるように星野を見ないでくれたまえ。さてはお前……男色家か?!」

「どうしたらそうなるのお?!」

「星野があまりにも異才と光輝を放っているからさ。平民なりに愛の価値を星野で勘定したくなったんだろう?お断りだよ、さあ野にお帰り」

 しっし。星野君はわざわざ白いハンカチを口元に当てて僕を邪険にした。


「いや待って確定?!僕の好みはオールマイティなの?!」

「いやいやお前凡人だから。オールマイティとは天賦の才を持つものが、あえて!平等にスキルの振り分けを行った人のことを指すのだよ。そんなこともわからないのかな」


 いぇす、どうどうめぐり!

 やっぱり星野君はニガテだ!


「もう!早く部員勧誘に行こうよ、みんな帰っちゃうよ?」

 付き合ってられない、強引だけれど星野君の腕を引っ張ろうとした。

 しかし強く振りほどかれた。

「理解に苦しむ。それにタチも悪い」

「え?……何がだい?」

 星野君は両手を広げつつ、大げさに首を振った。

「やれやれ星野がこれだけ、こはるちゃんにヘラヘラと近づくことが厳しいことなのか、やんわりと教えてやったのにも関わらずだ。洞察力と決断力、そのどちらかを満たしているのかと思いきや。はっは、ちゃんちゃらおかしい!力も徳もない、まんま木偶の坊ではないか!」

「星野君の言っていること、僕にはわからないよ。僕は雨坂先輩と部活をしたいんだ。もう少しわかりやすく言ってもらわないと」

 と言うと星野君は大きく溜息。苛立ちさえ覚えているようだった。

「どうやら。星野は無駄なおしゃべりをしてしまったらしい。よし思い知らせてやる、勧誘はお前がしてみたまえ。雨坂という壁、ゆめゆめ忘れるな」

「……」


 何を言おうとしているんだ君は。ねえ、ちゃんと会話しようよ?


 僕は悲しくなった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る