第二章 雨坂の力

第9話 逢い引きは徳左衛門のプリンスことこの星野がもらった。


 あめあがりさんの創部宣言から週が明けて最初の放課後、四月の最終週。

 UFOコロシアム三階、クォーターサイズのバームクーヘン型の元体育教官室前。

 スライド式ドアにこんなメッセージが貼り付けられていた。


『従順ナル貴様ラニ告グ



 モシ私ヨリ先ニ



 部員ヲ勧誘デキタラバ



 逢引ノ褒美ヲクレテヤル』



 平面積いっぱい使って、大小いびつな新聞や広告の切り抜きが貼り付けられていた。ご丁寧にどの文字にもラミネート加工までしてある。


 ところで僕は何気なしにここに来たわけではなく、朝、正門でビラ配りをしていたあめあがりさん直々に、放課後になったらいの一番に来るようにと召集令がかけられていた。

 その時のあめあがりさんは素っ気なかったが、普通に会話できたことが奇跡だった。


 それはさて置いてその召集令が創部宣言と同時に出た、お達しの件だと理解したので来てみたはいいけれども……。

 なんとまあ犯罪臭を漂わせるこのアナログ感。

 もしかして:誘拐も勧誘手段として考慮に入れるべしとの暗示ですか、あめあがりさん?


 さてそのお達しとは――物事は段取りが生命線である。創部申請の承認など、どうにでもできる。だが筋を通せるだけの材料は必要だ。すなわち貴様らは智計を出し合う盟約関係を結び、我が校に実在実存する人柱を獲得せよ――という内容だ。


 さすが。最難関だと思われた学校側の承認という壁を、一存という言葉でいとも容易く越えてしまうあめあがりさん。

 先行きは明るい!でも、僕はどうにも気が乗らなかった。


 暗澹たる雲行きとはこのこと。

 もちろんあめあがりさんとのイチャラブのため身を粉にして部員候補者を探すし、勝てた報酬がデートだなんて有頂天に嬉しい。

 ひとりで探すのならね。

 世の中甘くないね、特にあめあがりさんは甘くない。

 

「へえ、さすがは愛右衛門あいえむのプリンセス。潔がいいね」


 と余裕しゃくしゃくという風にメッセージを眺めやりながら言った、細身で長身の男子生徒。ちなみに愛右衛門あいえむというのは雨坂家宗家の屋号だそうだ。

 彼の名前は星野総一郎。同学年のイケメンさ、に留めておくよ。

 このたび彼と僕は、なんとタッグを組んで部員候補者を探すことになってしまったのだ。


 先週末、あめあがりさんの人生相談が一応の解決を見せた後、元体育教官室の外から中を覗っていた――なんと小さく破れていた壁紙の穴から一部始終を覗いていた!――のが彼、星野君だった。


 その後、激昂の彼は部屋に乗り込んで僕を問い詰めようとしたものの、あめあがりさんの強烈な頭突きを食らってあえなく撃沈。

 それでも彼は僕に対する昂った感情をなかなか抑えることができずにいた。

 その名残がこれ。

 

「大したおてんば娘だよ、こはるちゃんは。サクセスストーリー真っ只中の愛右衛門あいえむのプリンセスが何でまた部活創りなんかに手を出すんだい?いや失礼、平民くんがこはるちゃんの高貴な思考がわかるわけないよね。呑気な平民くんには想像が及びつかないかもしれないけど、こはるちゃんの双肩には大勢の人間の期待がかかっているんだ。君では力不足だよ。よってこはるちゃんと華燭をあげるにふさわしいのは、彼女をよく知るこの……フォシィノゥ(星野)」


 キザったらしい彼の脳内では全身スポットライトが当たっているようだ。インザスカイ!とばかりに両手足を広げ、悦に入っている。

 馴染みという点でのアドバンテージをいい事に、あめあがりさんのことをちゃん付けで呼んだり、僕のことを平民だの一般人呼ばわりして、格の違いとやらを見せつけたがる。


 どうも僕は星野君がニガテだ。


「何度も言うけど僕はあめあがりさんに――」

「平民に発言権はない!それから二度と星野の前で『アメアガリ』などとそんなクソガキめいた、ダサくて、頭の悪そうな名を口にしないでくれ!」

 爽やかなキザから一転、先日見せたような怨恨の鬼みたいな顔で睨みつけられた。

 舌打ちを連発しつつ、じりじりとにじり寄る。

 僕の対抗策ときたらおずおずと目線を逸らすことだけ。

 本人が命名したんだぞそんな事言っていいのか君!と言い返せないのが僕の現状で、とてもやるせなかったし、そういうことを平気で言ってしまう星野君はやっぱり……ニガテだ。


「いいかね平民くん。星野はお前のような小さな存在と組まなくても人柱のひとりやふたり、星野の笑顔ひとつあればAnything OKなのさ☆」

 とイケメンスマイルを向けてきた。僕には必要ないです。


「でも雨坂先輩は協力して探せって言ってたよ?」

「何だって?」

「きょ、協力してって……」

 星野君は大げさに肩を竦めた。

「するわけがないね!この星野が先に勧誘に成功して、お前はその辺で鼻くそほじってましたってこはるちゃんに報告する。逢い引きは徳左衛門とくざむのプリンスことこの星野がもらった。ようやく徳左衛門とくざむRe:Start Story.第一節が始まるのだ、名付けて……恢復と復興の兆し!」

「ダメだよ――」

 それだと雨坂先輩に一発で見抜かれるよと言おうした時。


「静粛に!三〇年前に物別れとなった愛右衛門あいえむ徳左衛門とくざむの問題に、いけしゃあしゃあと入り込んで来るんじゃない。怜悧なこはるちゃんがよそ者のお前ごとき、どこをお気に召したのか知りたくもないけど、星野は絶、対、に!お前を認めない」


 本家も分家も何も無い、僕はそんなことどうだっていい。

 あめあがりさんとのこれからを紡ぎたいだけなんだ。

 申請期限の今週末までに部員を探し出して、一刻も早くあめあがりさんと遊びたいんだよ!

 活動内容こそ教えてくれなかったけれども、僕だってねリア充の仲間入りをしたい、切、実、にね!


 って言えないからなあ、僕は。

 結局事を荒立てないようにするのが、僕が生きてきたこれまでの役割。

 なんだかなあ。

 あめあがりさんと出会って変われると思ってしまったけれども、人は早々に変われるもんじゃないね。


「わかった。認めなくてもいいから雨坂先輩の言いつけ通りに、君と協力しているフリだけでもさせてもらうよ?」

「勝手にしたまえ。星野はひとりで行く、キミは後ろから平民面してついてくるんだな!」

 と颯爽と翻して長身をしならせながら行ってしまった。この我が道を征くあたりはどこか、あめあがりさんと通じるものがあった。


「早く来い平民。偽装することも出来ないほど無能なのか」

「ごめん、今行くよ」


 僕は歩み出した。


 星野総一郎君。

 自らを分家の王子と名乗り、あめあがりさんに近づく僕を敵対視する。

 そんな彼となぜ協力しろと言ったのか、あめあがりさんの真意はわからない。

 彼女の思惑とは裏腹に僕達はバラバラのスタートだった。

 

眉間の焦燥感が熱を帯び始めていった。

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