第3話 トーテムポールになりたい。

 放課後なんてあっという間だった。

 授業を受けたという記憶のないまま、弓削君は食べていたと言っていたけれど本当に昼食をとったのか覚えていないまま瞬間的に訪れた。


 有名な展望スポットにあるような大きな窓枠になぞって、僕は指でフレームを作ってみた。

 丘の上に立つ雑賀北陵高校の空中廊下とだけあって、人々の生活を隠したジオラマティックな街並みがきれいに収まった。


 青い海の帯、米粒みたいな船は呑気に佇み、建物から這い出た小さな電車はのんびりと進み、県道の車は滑るように行き交う。

 午後の陽光に木々の緑と住宅街や商店街の輪郭が強調され、ますます無機質さが浮き彫りに。


 そんな何も語らない模型の街を、新参者の僕はいたく気に入った。

 もともと高低差のある景色が好きなんだ。

 世界から切り離されるというか、高い場所からなんとなしに眺める風景が、考えなくていい時間を作ってくれるような気がするからだ。


 とりあえず僕は携帯カメラにお気に入り写真を収めた。

 気に入りついでに、願わくばこの場に留まることを許して欲しい。

 それか正門前のトーテムポールになりたい。


 今僕がいる空中廊下を渡れば、そこはUFOコロシアムと愛称がついた多目的施設。

 体育教官室はそこの一画で、そして雨坂先輩がいる。


 とろけるような楽園が目の前で待っているんだ。

 指名された上に密室で先輩とふたりきり。

 もうこれは!と期待に胸がはちきれんばかりの絶好のシチュエーション。

 好きな女性とふたりきりになるわけなのだから、足にロケットエンジンを搭載してコンクリート壁をぶち破ってでも向かおう。

 普通の健全な男子ならば誰もがそう思うはずだ。


 でも僕の率直な今の心境といえば。

 順延された恋愛裁判に出廷しなければならない被告人の気分だった。

 原告も裁判官も雨坂先輩、弁護人不在で敗訴確実の恋愛裁判にだ。


 いっそ出廷なんかしないほうがマシ!

 そのくらい僕は憂鬱だった。

 とはいえまた校内放送を駆使されての再呼び出しはごめんだった。


 恥ずかしくて学校来れないとかチキンハート安元とかあだ名をつけられるのが嫌だというわけではなく、いえ実際嫌なんだけどそれ以上に、弓削君の気合の儀式第二弾と称したタイキックをもう一度食らうわけにはいかないからだ。


 お風呂が赤く染まる瞬間なんてそんなリアルホラー、僕は遭遇したくない。

 腹を括らねば。

 僕は未だに痛みの引かない臀部をさすりつつ、不穏と不安しかないUFOコロシアムへと足を進めた。

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