第2話 ハートレスサークル

   親愛なるハートレスサークルのみんなへ


 やっほー、元気してたかな?

 円樹くんも沙凪ちゃんも優くんもみんなみんな久しぶり。あれから少し経つけど、調子はどうでしょうか? そういえば一年生だったキミたちはもう二年生になってるんだね。なんかあっという間だなぁ。

 それはさておき、あたしが考えた『仕掛け』はどうだったかな?

『ミステリの専門』である円樹くんがいるから、きっと仕掛け自体は解けると思うけど。

 まぁ問題はそこからだよね。キミたちの意志が試されると思うから。 

 でも、キミたちならきっと乗り越えられる。

 あたしはそう信じているよ。




      二



 ハートレスサークル。

 直訳すれば『熱意なき集まり』である。一応は文芸部なのだが、とても部活動の名称に相応しいとは思えない。だが現に僕が所属していた部はそういう名前だった。

 そして名は体を表すもので、ハートレスサークルではおよそ活動らしい活動はせず、ただ集まって喋ったり遊んだり気ままに部員で外出したりと自由にやっていた。

 それでいいのかと部長である美玉先輩に聞いたことはもちろんあったが、『それでいいのだ』という至極真面目な顔つきで言われた。聞いた僕が馬鹿だった。

 そんなことを思い出しながら屋根つきの歩道橋を登っていると、潮の香りが強くなった。

 ガラス板のない単に四角くくり抜かれただけの窓からは見えないが、僕の住む町は海に面している。夏場は高校が近いこともあり、学生らでいつも賑わっているのが地元のテレビで毎年のように報じられていた。

 僕が最後に海に行ったのは、半年前。

『あの日』以来、行く気にもなれなかった。

 階段を登る足どりが重くなったのは、運動不足がたたっているだけではないだろう。歩道橋の階段は意外と長い。

 ふと見上げると、曲がり角の隅にあるミラーが視界に入る。事故防止や犯罪防止を兼ねたその丸いミラーは吹きさらしのため汚れてはいたが、曲がった先に誰かの姿が映っているのがたしかに見える。長い髪からして女性のようだった。

 まさか……とある予感を覚える。

 いつもあの場所から外を眺める人物に心辺りがあったからだ。

 早足気味に階段をのぼり、角を曲がると、果たしてその女性――いや、その女子生徒はまだそこにいた。白い封筒を胸に抱えるようにして、こちらに気づかず外の景色を眺めている。その横顔を見て、張り詰めていた緊張が一気に緩んだ。

「……なんだ、沙凪だったか」

 声をかけると彼女は少し驚いたようにこちらを振り返る。口元を手で抑え、僕だとわかるとゆるやかに表情をほころばせた。

「お久しぶりです、空木さん」

 彼女は封筒を大事そうに抱えたまま、折り目正しくゆっくりとお辞儀した。

 一、二、三――と。完璧なリズムで。

 凛々浦沙凪(りりうらさなぎ)。

 お淑やか、という言葉がこれほど似合う人間は他にいないだろう。

 学生鞄を肩にかけ、休日に拘わらず制服を着ている。彼女の私服を見た記憶がない。窓から入るそよ風が沙凪のスカートとを揺らす。半年前と雰囲気が少し違って見えるのは、彼女がその長く柔らかな茶色の髪を結い、肩から流しているからだろう。そのせいか幾分大人っぽく感じる。

「……あ、ああ」

 言葉が濁る。

 礼儀正しすぎる彼女の仕草に対して、ではなく。彼女に対する罪悪感がそうさせた。

 半年前から通わなくなったハートレスサークルで活動しているのは、沙凪だけだ。あの一件以来、彼女はたった一人で放課後を部室で過ごしている。それもあって僕らの関係はどこかぎこちなさがあった。

 僕は沙凪に倣い、当てもない視線を窓の外に向ける。左手には無人の駅があり、右手には工場がそびえ立っている。その真ん中をレールが延々と続いている。美玉先輩は、この場所のこの景色を気に入っていた。

「……わざわざ、ここへ眺めに来たのか?」

 沙凪は視線を外へ向けたまま首を振る。

「いえ、用事のついでです。花屋木(はなやぎ)さんの家にこれを届けようと思いまして」

 言いながら彼女は肩にかけた鞄から何かを取り出した。どうやらCDケースのようである。沙凪のような女子でも流行りの曲を聴くのだろうかと思ったが、よく見ればクラシックだった。それは実に彼女らしいといえる……の、だが。

「クラシックを花屋木に? あいつはこういうものとは無縁だと思うが」

「あ、いえ、違うんです。お貸しするのではなく、お返しするんです」

「何? 花屋木がクラシックを沙凪に貸したっていうのか?」

 だがそれもまた彼女の答えはノーだった。苦笑しながら首を振る。

 そこで沙凪は率直に解答を提示する事にしたようだ。CDのケースを目の前で開帳することによって。それは結果的にいって、僕は虚を突かれる形になった。

「これ、は……」

 あっけにとられてしまう。

 見覚えがあるディスクが、ケースに収められていた。それは僕が今持っているものの片割れ。もちろん、クラシックのCDなどではない。そもそもジャンルがまるで違った。

 そこに入っていたのは、ゲームのディスク。

『エターナルエンドレス』のディスク2だった。



「そのディスク、美玉先輩から届けられたものだろう?」 

 花屋木宅への道すがら、僕がそう指摘すると沙凪はどこか嬉しそうに微笑んだ。

「さすがは『ミステリの専門』ですね、空木さん。よくおわかりで」 

「そんな大袈裟な推理はしていない」

 誤解を解くため、僕は朝に届いたゲームソフトと貝殻の一件を右斜め後ろで歩く沙凪に打ち明ける。彼女は「まぁ、そうでしたか」と少し驚いたものの納得はしてくれた。

「というか、よしてくれ。それはあの人が僕に勝手につけた肩書きだ」

 ――ミステリの専門。

 別に謎解きをことさら得意とするわけでもないのだが、春日井美玉によって背負わされた称号だった。信じられないことにこれはハートレスサークルの伝統であるらしく(どんな伝統だ)、部員は全員、部長からこういった称号を与えられる。

 美玉先輩本人は『ゲームの専門』、沙凪は『書記の専門』だった。

 専門と称してはいるが、基本的にプロフェッショナルとはほど遠い。少し得意くらいの程度だ。もっとも、沙凪に限ってはプロの域といっても過言ではないのだが。

『書記の専門』である彼女はその肩書きの通り、ハートレスサークルの活動内容を決める際に書記を担当していた。黒板に白のチョークで心地良いリズムを刻みながら書かれるその字は美しいとすら形容できる。授業中、黒板に大量のミミズを生産し続ける国語の教師とぜひ交代して欲しいと何度思ったことだろうか。

 やがて目的地付近の住宅路に足を踏み入れる。ここから海は目と鼻の先であることもあり、潮風の濃い匂いが常に漂っていた。僕は真横に伸びる自分の影を目で追いかける。

「肩書きなんて、無意味だ。『専門』というのは、少しくらい得意だからといって名乗っていいものじゃない。それはおごりが過ぎるというものだ」

「相変わらず真面目な方ですね、空木さんは」

「そんなことはない」

「そんなことあります。空木さんが今持っているゲームソフトがその何よりの証拠です。花屋木さんのことを苦手としているのに、律儀にそれを返そうとしているではないですか」

「…………」

 反論が出来なかった。ぐうの音も出ず、足も止まってしまった。

 沙凪は僕を置き去りにするように数歩進み、鞄を大事そうに抱えながらくるりと振り返る。

「私は、『書記の専門』でよかったです。そのおかげで『先生になりたい』と思えるようになりましたから」

「先生?」

 問い詰めると、彼女は口元に手を当てた。いつも涼しい顔をした彼女には珍しく、頬を少し赤らめている。

「それは空木さんが、『沙凪が先生だったら良かったのに』と言ってくれたからです。似合っていると仰ってくれました」

「……すまん、忘れた」

 というのは実は嘘だが。軽はずみで出た自分の言葉が、まさか彼女の将来を変えてしまうとは思ってもみないだろう。気恥ずかしさと罪悪感もありとっさに否定してしまった。

 だいぶ前の事ですしね、としかし沙凪は微笑を浮かべて許してくれる。

 そうこうしているうちに、ようやく目的地にたどり着いた。

 眼前には二階建ての一軒家。

 豪邸とまではいかないが、そこそこ大きい。瓦屋根で壁はタイル張りだった。緩やかな階段の脇に花壇があり、色とりどりな花が植えられている。石で出来た塀には『花屋木』と書かれた表札があった。駐車場に車がないところを見ると、どうやら両親は揃って外出しているらしい。

 チャイムを押そうと玄関に行く途中、沙凪が異変に気づいた。

「このお花さんたち、少し萎れてますね。元気がないです」

 言われて目を凝らしてみると、確かに。

「それも一輪だけじゃないな。全体的に萎れてる」

 水をあげていないのだろうかと思ったが、花屋木の性格からして考えられなかった。そばにあった紫陽花の葉に触れてみる――とその直前で。

「おーいこら。俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ、色男」

 上。厳密には二階からそんな声が投げかけられた。見上げると、ベランダの手すりに肘を乗せて気だるそうに立っている金髪の男がいた。親の都合で転校を繰り返していたらしく、そのせいかどこかアウトローな雰囲気がある。

 花屋木優(はなやぎゆう)。

 ハートレスサークルに所属し、与えられた専門はその名の通り『花』だった。

 彼はおもむろに何かを掲げてみせる。遠目から見えにくかったが、僕はそれがなんであるかすぐに察した。あれは例の茶封筒と、ゲームソフトのケースだ。僕と沙凪がそれぞれ持っている『エターナルエンドレス』の本来の器。

 そして花屋木はすべてを見透かしたような口ぶりで、こう言ったのだ。

「遅いじゃねぇのよ、お前ら。待ちくたびれちまったぜ」


 ドアは開いてるから二階まで上がってこい、という本人の許可が下りたので、僕たちは花屋木家に上がらせてもらう流れになった。だが花屋木の部屋に入った瞬間、植物の青臭い匂いが鼻を刺す。

 原因は、棚や床のそこここに並べてある花々。

 部屋に花を置いているというより、植物園にベッドやテレビを置いていると表現したほうが正しいのかもしれない。ここに来るのは初めてではないのだが、どうにもこの部屋は慣れる気がしない。慣れる気もないが。

「まぁテキトーに座ってくれや。あ、沙凪ちゃんはベッドを使っていいからな」

 と花屋木。トレードマークであるアロハシャツに七分丈のズボンというラフな服装はどこか高校生離れしているというより、むしろオヤジ臭い。

 沙凪はベッドに腰掛けるのをやんわりと遠慮しつつ、部屋の花を見て回る。

「お花、また増えましたね」

「そーなのよぉ。おかげで俺様の財布はすっからかんなのだぜ」

 トホホ、と花屋木はオーバーに肩を竦めてみせる。

「まー女に金がかかるのは世の常ってやつだ。けど見てみろよ、このユウカちゃんの美しさときたら……ああ、溜まらねぇ」

 濃い紫色のビオラをさしながら花屋木はうっとりとする。

 花に人の名前をつけるのが彼なりのこだわりだった。それもそれぞれ性格を持っていて、その性格は花言葉に由来していると誰かに聞いたことがある。例えばビオラなら花言葉は『誠実』。つまり『ユウカちゃん』とやらは花屋木の中では誠実な性格をした女の子であるらしかった。

「相変わらずの奇人ぶりだな、花屋木。両手に花で羨ましい限りだ」

「てめぇもな円樹クンよ。堅物に磨きがかかってんじゃねぇの?」

「脳内お花畑もほどほどにしておいたほうがいい」

「黙れむっつり頑固眼鏡野郎」

「ユリの花で永眠してろ」

「望むところだ」

「この変態め」

「お互い様だ」

 ――睨み合い。花屋木は背が高く、頭一つ分の身長差があった。僕は見上げる形で息の根を止めんばかりにあらん限りの殺気を視線に込める。

 だがいつの間にか、僕と花屋木の間に割って入るように沙凪が立っていた。まぁ、と両の手の平を合わせて感心の声。

「相変わらず、お二人は仲がよろしいのですね。安心しました」

 なぜそうなる。

「……沙凪、君の目には僕たちがどう映っているんだ」

「コミュニケーションの取り方は十人十色。これが空木さんたちなりの親しい関わり方だと私は思っていましたが、違いましたか?」

 とぼけたように小首を傾げる沙凪。しかしその純真な瞳を見る限り、誤解はすでに深刻なレベルまで達しているようだった。

 呆れる僕に対し、花屋木はニヤニヤと意地の悪い笑みを作る。

「いやいやさっすが沙凪ちゃん。そうなのよぉ、俺と円樹クンは仲良しこよし! その証拠にそこにある花は『エンジュ』って名前をつけたんだぜー?」

「まぁ、それは本当――」

 ですか? という言葉は続かなかった。花屋木の示した場所を見て、沙凪が凍りついたからだ。原因は、窓際の棚に置いてある鉢。

 花びらはなく、あるのは放射線状に生えた細長い葉。その表面を覆うようにして赤い毛がびっしりと伸びている。エイリアンの指のように丸みを帯びたその先端の一つ一つに、ぷつりと謎の液体が玉を作っていた。

 なんだ、この……グロテスクな植物は。

 花屋木が得意げに鼻を鳴らした。 

「これは『モウセンゴケ』っていってな、いわゆる食虫植物ってやつよぉ。虫が好物なんだと。ああちなみに花言葉は『無神経』な。虫だけに」

 してやったり、と悪意全開のあの顔である。どこまで腐っているのだコイツの性根は。沙凪がこの場でいなければ遠慮なく窓から突き落としてやれたものを。

 だが当の沙凪にはショックが大きかったらしく、またやんわりと流してそれとなく他の花に目をつけたようだった

「……ええと、花屋木さん。こちらの赤い花は何というのですか?」

「あー、それな」

 と花屋木。がしかし、心なし声のトーンが一つ落ちたような気がした。先ほどのしたり顔が嘘のように消えている。自慢の金髪をガシガシと掻いた。

 彼はその花に近寄り、濃い緑色をした葉を指の腹で撫でる。

 純白の花瓶に刺した一輪の赤い花。

 花弁の真ん中からは稲穂のような実が成っていた。鮮やかな赤は花びらの中央にいくに従って黄色く色づき、まるで夕焼けの空を花びらの形に切り取って作られたようだった。

「アルストロメリアっていうのよ、これはな」

 花屋木いわく、花言葉は西洋では『献身的な愛』、そして『友情』を表すらしい。

 そして日本では――『未来への憧れ』とも。

 彼は何も言わなかったが、その雰囲気からなんとなく察するものがった。彼は花に人の名前をつける変なこだわりがある。

 恐らくこの花につけた名前は、『ミタマ』だろうと僕は思った。


「そろそろ本題に入ろう」

 仕切り直して、僕たちは部屋の中央にあるガラス製のテーブルの前に座った。テーブルの上には三つのものが乗っている。

 一つ目は、僕が持ってきた『クロノファンタジー』のゲームソフト。

 すでに開帳され、説明書や例の攻略メモ、それから中身違いの『エターナルエンドレス』のディスク1が露わになっている。

 二つ目は、沙凪のクラシックのCDケース。

 これも開かれており、モーツァルトの顔がプリントされた解説書と共に『エターナルエンドレス』のディスク2が入っている。

 三つ目は、花屋木が持つ『エターナルエンドレス』のケース。

 その中には予想通りというか、僕の『クロノファンタジー』のゲームディスクと、沙凪のクラシックのCDディスクがそれぞれ入っていた。

「しっかしま、美玉ちゃんも相変わらずだねぇ。中身違いのまま送ってくるなんてよ」

 右隣に座る花屋木は両手を頭の後ろで組み、ベッドに背をもたれて天井を見上げながらそう呟いた。

「でも、こうして皆さんと集まれたのですから、私はむしろ感謝しています」

 と左隣の沙凪は恭しくフォローする。しかし僕は首を振ることで否定した。

「さすがにそれは無理があるだろう、この状況を見る限り」

「……あん?」

「どういうことですか?」

 僕は二人分の視線を受けとめ、正面から見返す。

「……お前たちも、薄々気づいてはいるんだろう? 言葉にしないだけで、心のどこかで違和感に感づいているはずだ」

「前置きはいいっつの。簡潔に言ってくれや円樹クンよ」

 挑発めいた言動に、僕は花屋木を睨みつける。いちいち構うのも面倒なので真正面を見据えることにした。

「つまり、僕たちは『集まれた』のではなく、『集められた』のだと思う。そしてディスクを入れ間違えたのは偶然ではなく、故意によるものと考えるのが妥当だろう」

「へー、さすがミステリの専門。んで、そう思い至ったわけは?」

 花屋木の問いに、僕はテーブルの上の三枚のケースを指で示す。

「少し考えればわかる。一つ目の理由は、ゲームソフトの中にCDのディスクが入っていることだ。ゲームソフト同士の入れ間違いなら想像はつく。この現象というのは大抵、ディスクをゲーム機本体に入れようとしたところ、すでに中にディスクが入っていた時にやるものだ。取り出したディスクを空になったディスクケースに一時的に収納することでな。何らかの理由でCDのディスクが入れられる可能性もなくはないが、確率は低いように思う」

「なるほどな。円樹クンあったまいー」

「うるさい」

 軽口を叩く花屋木を一喝し、僕は続ける。

「二つ目の理由は、間違え方だ。あの人のことだ。まさか『ゲーム専門』と自称する彼女が、ゲームソフトを一本も持っていないというのは考えられない。自分が持っているゲームソフトと僕らが貸したものの中身がシャッフルされていることだって十分考えられる。いやむしろ、そちらのほうが確率は高いだろう。だから、この状況はおかしい。不自然なんだ」

 つまり、と僕はこう締めくくる。

「僕たちは今、春日井美玉の意志のもと、こうしてこの場所に集められたということだ」

 初めてそれに気づいたのは沙凪のディスク2を目にした時だったが、どうせ花屋木にも説明することになるので今まで黙っていた。のだが、気づいていたのはどうやら僕だけじゃなかったらしい。

「花屋木。お前、最初から気づいていただろう」

「あん? なんでそう思うのよ」

 このすっとぼけた顔である。殴り飛ばしてしまうかコイツ。

「ベランダにいた時、お前は『待ちくたびれた』と言っていた。それにその上、封筒とゲームソフトをこれみよがしに持っていただろうが。美玉の意図に気づき、僕たちが来るのを予期していたとしか思えない」

 すると花屋木は『降参』とばかりにわざとらしく手を上げた。

「おーおー、冴えてるねぇ。キレッキレじゃないのよ円樹クン。『ミステリ専門』はダテじゃあねえってか」

「うるさい。というかお前、僕を試しただろう」

「人聞きの悪いこと言いなさんなや。見せ場を譲ってやったんだ、感謝される覚えはあっても責められる覚えはねーよ」

 きゃー円樹クンかっこいー、と棒読みでふざけたことを抜かす花屋木。ふと窓の外を見ると、スカイダイビングをするには絶好の空模様だった。雲一つない実に見事な快晴である。暗雲立ち籠める僕の心の空模様とは対称的に。

「でも、それならどうして私たちは集められたのでしょうか?」

 暗澹たる空に光が射しこむように、沙凪が僕のイリーガルな思考を遮ってくる。あぐらをかく男性陣とは違って彼女はきちんと正座をしていた。両手は重ねて膝の上に、背筋はぴんと伸ばされている。

 僕は首を振った。

「それはまだわからない。が、あまりいい予感はしないな。美玉先輩のことだ、またぞろくだらない計画でも立てているのかもしれないし、もしかしたらすでに戻ってきて近くにいるのかもしれない」

 壁に耳あり障子に目あり。

 今も僕たちの会話を聞いて、腹を抱えて笑いをこえらている可能性だって十分考えられる。というより容易に想像がつく。悪戯好きで、ムードメイカーで、他人をすぐに巻きこむのが彼女である。それは一年前に身をもって体験している。今の僕らを見て彼女が愉悦に浸っているのならば、今すぐ出てきて文句の一つでも言わせて頂きたいものだった。

 しかし果たして、僕の願いは叶わなかった。

 気だるい調子で呟く花屋木の、その決定的な一言によって。

「それはねぇな。美玉ちゃんはもう、死んじまったんだからよ」




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