方法55-2︰最後くらいは活躍しましょう

 天使たちは包囲を終えると、そこで止まった。悪魔たちは上空での魂集めに忙しく、誰も寄ってこない。


 天使たちから三人が前へ出た。ロムスにハイム、あと見知らぬ天使だ。さすがに三人とも鎧を着てる。

 知らない天使は長身で、外見こそ違うけどルシファーと同じく完璧な見た目だった。

 ただルシファーが見る者を惨めな気分にさせるのとは逆で、その天使は“いいもん見たなあ”って明るい気分になる。これが天使と悪魔の違いか。


 三人は玄関に降り立った。ヘゲちゃんもさすがに拒まなかった。諦め顔で私と一緒にエントランスへ転移。扉を開けた。


「おお! なんだ二人とも元気そうだな。そっちの、えっと」


 入ってくるなり喋りだすロムス。


「オラノーレとお呼びください」

「オラノーレちゃん。ちょっと雰囲気変わった? いやあ、若いね」

「ちょっと、ロムシエルさん」


 小声でハイムがたしなめる。


「あ、そうだった。ええっ、と。こちらはガブリエル様。名前くらいは知ってるだろ?」


 ロムスは後ろの天使を紹介する。ガブリエルは穏やかに微笑み、会釈した。


「あなたたちには現在、天界への反乱容疑が掛けられています」


 そういったハイムのお尻を、ロムスが鎧の上からガチンと叩いた。


「そりゃ間違いだ」

「ガブリエル様ぁ」


 ハイムは助けを求めるように、後ろのガブリエルを見た。


「ロムシエルのほうが正しいのですよ、ハイムエル。いつものように」

「そう、なんですか?」

「そうなんですかじゃないよ、まったく。そこの悪魔たちは重要参考人だ。今のところは」


 そこでロムスはワタシとヘゲちゃんを見据えた。


「それにしてもヒドいね。どうすればこんなことになるんだか。上なんかもうケンカ祭りみたいになってるぞ。いったい、何がどうなったんだ?」


 ヘゲちゃんがワタシよりも先に答えた。


「結果的に、私たちはルシファーを主犯としたサタン復活並びに天界への反乱を阻止しました。管理施設の破損と魂の流出はその過程でやむを得ず起こった事故であり、意図したものではありません」

「なるほど。むしろあんたらは反乱を防いだ側だって言いたいのか。それで、こうなったのはうっかりってだって? これが? 本当に? そりゃまたいったいどういう理由で?」

「ここにいるアガネアがルシファーにさらわれ、管理施設の最下層に囚われていたからです。事態が一刻を争うため、私は管理施設の破壊という強硬手段に出ました。その際、誤って管理施設と地獄を隔てる壁を破壊してしまったのです」

「そもそもなんだってアガネアは誘拐されたんだ?」

「ルシファーたちの計画を知ってしまった…………そう、誤解されたんです」


 ヤバい。ワタシは思った。ヘゲちゃんの考えたことは解る。“計画を知った”だったら“どうやって知った?”ってなって、説得力のあるウソを重ねないといけない。けど“誤解でした”ならそれ以上のウソは必要ない。

 ウソは重ねれば重ねるだけ、バレやすくなる。上手なウソつきはほとんどウソをつかない。


 けど、ヘゲちゃんはロムスの頭がどれだけ切れるか知らない。これじゃごまかせない。

 本当ならどっしり構えて、お得意のもっともらしい理由をひねり出し続けてればよかったんだ。なのに、こんな強引に切り上げようとして。なに焦ってるんだろ。


「そうか。誤解から拉致された仲間を救おうとして……。あぁ、なるほど」


 ウンウンとうなずくロムス。


「計画の重要性からして、知ったかもしれない、という程度でもルシファーたちにはアガネアを殺す充分な理由になります」

「そうだなぁ」


 ムチムチした腕を組むロムス。ワタシはガマンできなくなって、ヘゲちゃんを見た。


「なるほど、それなら納得でき、ない、な。あれ? 今日、アガネアはルシファーの城にいたんだろ? なんだって地獄の底へ連れ出したんだ? 自分の城で殺すなら、なんだってやりようがあるだろう。それに誤解ならなんだってあんたらはサタンの復活やら天界への反乱なんて知ってるんだ? まさか連れ去ったアガネアに向かってベラベラ喋ったとか?」


 みんなけっこうベラベラ喋ってたんだけど、そこはどうでもいい。

 ヘゲちゃんは何か言おうとして、ロムスに遮られた。


「アガネア。あんたから直接聞きたい。どういうことだ?」

「……どうしてワタシを地獄へ連れて行ったのかは解りません。計画はルシファーたちから聞きました。他にタニアとダンタリオンがいました。なんで教えてくれたのかも解りません。話の途中で助けが来たから。でも薬漬けにした悪魔をコンテナに詰めて、管理施設に隠してるって言ってました」


 ワタシの話を聞いて、なぜかロムスはちょっと困ったような顔をした。


「なあ、ハイム。こういう場合、どうなる?」

「二人の話には不審な点があります。それらについて解明されない限り、重要参考人は容疑者になります。結果的にルシファーたちの企みを阻止したとはいえ、やはりここまでの話からはアガネアたちとルシファーたちとのあいだでトラブルから仲間割れが生じたと考えるのが現実的でしょうから」

「ちなみに地獄の亡者を解放したのが本当に事故だったとしたら、どうなる?」

「それでも過失責任は問われます。事故だからって何をやっても許されるわけではありません。それに、意図的であれば天界に背く意志ありと見なされるような行為です。事故であっても、影響の大きさから言って重い処分になるでしょう」

「だよなぁ」


 ロムスはまた腕を組み、片手を頬に当て、今度は両手で顔をこすり、頭を掻き、首筋をこすった。そのあいだずっと眉間にシワを寄せ、考え込んでる。

 最後に“うーん”って呻くと、ロムスはワタシに言った。


「アガネア。なあ、頼むよって言ったら通じるか?」


 そう言われると、さすがに通じた。さっきここへ来る前に見た天使たちの様子、ロムスの態度。すべてがつながった。


「ちょっと、奥の部屋でヘゲちゃんと話してきてもいいですか?」

「ああ。手短にな。10分経ったら探しに行く」

「ちょっと待ってアガネア。どういうつもり?」


 ヘゲちゃんの顔には不安が浮かんでた。日々ヘゲちゃんのことを舐めるように眺めまわしてるワタシとかじゃないと気づかないくらいのものだけど。


「いいから、ちょっとさっきの部屋に転移して。考えがあるの」


 ヘゲちゃんは迷い、天使たちを見て、ワタシを見て、それから転移した。



 さっきの部屋にはまだ、外の様子が映し出されてた。天使たちはまだおとなしくしてる。

 悪魔たちは魂集めに忙しく、そんな天使たちを放置してる。大勢の悪魔が集まって、空は埋め尽くされそうになってた。


「それで、どういうこと? こんなことしたらますます疑われるじゃないの」

「確認したいことがあって。外の天使たちとか、ロムスの態度とか見て、ヘゲちゃんどう思う?」

「どうせ何か企んでるに違いないわ」


 うーん。悪魔ってホント天使嫌いだよな。無理もないけど。


「相手がみんな天使じゃなくて、悪魔だって思ってみて。頭の中で天使を堕天させてみて。天使にとっては屈辱でしょ?」


 ヘゲちゃんは答えない。ただ、不安の色が濃くなる。ひょっとしてだけど、ヘゲちゃんワタシと同じこと考えてるのかも。


「じゃあさ。ワタシがこれから言うことがありそうかどうか答えて」


 ワタシはヘゲちゃんの返事を待たないで話しはじめた。


「理由は解らないけど、天使は今回の件で積極的に悪魔と戦いたいとは思ってない。少なくともガブリエルとロムスは。けど、今のままじゃ戦うしかない。避けるためにはワタシたちがルシファーの反乱を鎮圧したってキチンと証明して、おまけに魂がこんなことになったのは反乱とは関係ないって納得させなきゃいけない」


 ワタシはヘゲちゃんの反応を待った。けど、ヘゲちゃんはじっとワタシを見てるだけだった。


「つまり、ロムスたちは他の天使たちを納得させられるだけの理由をワタシたちから聞きたいんだよ。けどたぶん、立場的にそうハッキリとは頼めない。だからロムス、あんな困ってたんじゃないかな。どう?」


 ワタシはヘゲちゃんの返事を促す。


「仮にあなたの考えたとおりだったとして、どうすれば天使が納得するのかなんて解らないわ。本当のことを話せば別でしょうけど、そんなことしたらあなたが人間だってバレてしまう。それに、そうなったら百頭宮は人間を匿っていた罪に問われるし、事故で魂を流出させた責任は取らされるわ」


 ワタシはヘゲちゃんを抱きしめた。身をかがめなくても、向こうが背伸びしなくても、今はもう同じくらいの高さにヘゲちゃんの顔がある。ワタシはヘゲちゃんの肩へ頭を乗せるようにした。

 抱きしめてはじめて、ワタシはヘゲちゃんが小さく震えてることに気づいた。


「ヘゲちゃんさ、ワタシをロムスたちから護ろうとしてくれてたんでしょ? だからさっさと話を終わらせようとして、らしくない雑な嘘をついた」

「天使たちとなんて話したくなかっただけよ。早く帰ってほしかった。それに、もしあなたのことがバレたら私たちは終わり。だからあれこれ探られたくなかった。焦ったことは認めるけど、それだけよ」

「本当に?」


 ヘゲちゃんは黙った。しばらくすると、腕の中でヘゲちゃんの体が熱くなった気がした。


「認めるわ。あなたを、失いたくないのよ」


 それが聴ければもう充分だった。ワタシは考えておいた言葉を口にする。


「大娯楽祭のときも、ティルのときも、サロエのときも、さっきのアバドンのときも。ワタシ、追い詰められると名案が浮かぶのは知ってるでしょ?」


 耳元でささやく。


「ええ。普段はポンコツなのに」

「普段から聡明だよ。とにかくだから、ワタシに任せて。アイディアがあるの」

「どんな? さっきの体当たりだって、あなたの言ったとおりにしてたら、今ごろ私たち死んでたのよ」

「大丈夫。戦争になるの避けて百頭宮もワタシも無事に済むから」


 ハッタリだった。そんな確証はない。けれど、たぶん大丈夫。少なくとも戦争を避けて百頭宮を守ることはできるはず。


「ほらもう10分経つんじゃないの?」


 それ以上ヘゲちゃんに追求されたくなくて、ワタシは言った。

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