方法55-1︰最後くらいは活躍しましょう

 大巨人同士の戦いは、かったるかった。


 まずこっちがゆっくり腕を引いてパンチ。それを向こうがゆっくりかわす。次に向こうがゆっくり腕を引いてパンチ。それをこっちがかわす。ときどきどちらかがよけそびれてパンチを喰らう。

 体捌きも足捌きもない。棒立ちの殴り合い。どっちも巨大すぎて動きが遅いらしい。片足だとバランス取れないのか、蹴りさえない。


 あんまりゆったりしてるから、ワタシは捕まってからのことをひととおり話しちゃったくらいだ。


 アバドンはパンチに加えて、最初に撃ってきた鎖がある。巻き上げ式になっていて、巻き上げては射出、巻き上げては射出を繰り返してる。これはなかなか速くて、こっちはよけられない。

 ヘゲちゃんはノーダメを主張してるけど、鎖が当たるたびに表面が少しずつ剥がれ落ちてる現実をそろそろ直視してほしい。それがあるぶん、こっちが劣勢なんじゃないのこれ? このままじゃジリ貧だ。


「ヘゲちゃん。こっち武装ないの?」

「ないわ。もともとこの巨体で乗り込んで、仙女園を蹂躙する運用を想定してたから」


 ならしょうがない。アバドンもだいたい似たような戦闘スタイルなんだろう。


「それでさっきから気になってるんだけど」

「なに?」


 ヘゲちゃんはゆっくりした動きでパンチをかわしながら尋ねた。


「バビロニア、ワタシたちのせいでメチャクチャになってるよね? 損害賠償請求されたりしない?」


 ほとんど動かないと言っても、多少は動く。鎖もこっちにぶつかったあとで地面に落ちる。おかげでバビロニアは今や、崩壊の危機にあった。


「なんのために大量の魂解放したと思ってるの?」

「タマシイ?」

「ああ、人間だから見えないのね。いま百頭女の開けた穴から罪人たちが魂になって噴き出してるのよ」


 なるほど。それでさっきからそこら中で悪魔たちがなんか掻き集めるような動きしたり、なにか奪い合って争ってたのか。なにやってんのかと思った。


 そのとき、頭上遥かに巨大な金輪が出現した。直径は……あれ何キロあるんだろ?

 とにかくその輪の範囲内から鎧に身を固め、武器を手にした天使の軍勢が現れた。


 たちまち辺りは魂を集める、奪い合う、天使と戦うが入り乱れて大混乱になった。どうも魂に引き寄せられてバビロニア以外からも悪魔が集まってるみたいだし、遠くに見えるのあれ、ソウルコレクターじゃないか?


 天使たちもさすがにワタシたちとアバドンからは距離をおいてる。

 それでも比較的近くに来てた天使の一群が、突然ひねり潰された。


「なんか今、急に天使がグチャアって」

「ベルゼブブ様じゃないかしら? いちおうメガンを説明にやったのだけど、こっちを撃ってこないってことは上手くいったみたいね」


 パンチを繰り出しながらヘゲちゃんが答える。


「ベルゼブブ様って、結局なんなの?」

「穏健派よ。現状維持を望まれてたはず」

「じゃあ、そうとう怒ってるんじゃないの?」

「そうね。もうこうなった以上はどうしようもないけれど」


 そこでふと黙り込むヘゲちゃん。


「これ、いったいどうやって収拾つけるのかしらね?」

「考えてないの!?」

「当たり前でしょう。そんなこと考えてたら今頃ここにはいないわ」

「ヘゲちゃん……。そこまでしてワタシのこと」

「それ以上言ったら鼻を削ぐ」


 なんか殺すより怖いこと言われたよ!? それでも嬉しかったから、ワタシはヘゲちゃんの唇に軽くキスした。


「なっ!?」


 ヘゲちゃんが目を開く。百頭女の動きが止まって、アバドンのパンチが直撃した。


「ゴメン! そんなビックリすると思わなかった」

「くっ! あんなへなちょこパンチ、なんでもないわ」


 へなちょこ……? ときどきヘゲちゃんの言葉遣いって昭和臭な? あと、なんでもないどころか大きめの岩塊が外れて落ちてったんだけど……。


 ワタシは落ちていく岩を目で追いかけ、足元を見た。百頭女の足は妖精が造ったっていう巨大な靴を履いてる。何枚もの革をつなぎ合わせてできてるみたいだ。


 そこでふと、ワタシはあることを思いついた。さっそくヘゲちゃんに話す。


「やっぱりあなた、頭悪いのね。私だったらそんなバカみたいなこと考えつかないわ。ちょっと検討させて」


 百頭女を操りながら、長考するヘゲちゃん。


「いけそうね。そのままだと問題があるから、私がわざわざ手直ししてあげたわ」


 言うとヘゲちゃんは百頭女の両手を貫手の形にして、前へ突き出した。その状態で固定。なるほど、こっちの方が威力上がりそうだ。けどこれくらいの工夫であんなドヤるなんて、ヘゲちゃん他愛ないな。


「フェアリック・サヨナラ・ボディーアターック!」


 ヘゲちゃんが叫んだ。そう。これがワタシのアイディア。一歩で千里を走る妖精の靴。その性能を活かした体当たりだ。ちなみに技名にワタシは一切関与してない。フェアリックなんて言葉あんの?


 靴が緑の光に包まれた。次の瞬間、アバドンに向かって肩から下だけが突っ込んだ。あれ?


 大質量同士の衝突による音と衝撃があたりを揺らす。離れたところの天使や悪魔たちでさえ、バランスを崩して宙でよろめく。


 アバドンと百頭女の体はガッチリ絡み合ったままゆっくり倒れていった。地響きが起こる。


 残された百頭宮本体は──。


「落ちるーっ!」


 映し出される映像の高度がどんどん下がってく。


「バカ! アホ! このヘゲ!」


 ところが落下速度は増すどころか緩やかに減っていって……重い音とともに柔らかく着地した。地獄の入口から少し離れた場所だ。


「力場による不可視の落下傘を展開したの。私はこんなところであなたと死ぬつもりなんてないのよ。それより、もし体と突っ込んでたら……」


 ヘゲちゃんは目を開けて、アバドンと百頭女の体が倒れた方を見た。どちらも原形を留めないくらい大破して、瓦礫の山にしか見えない。


「地下部分全損だけど、概念としての、建物としての百頭宮は無事よ」

「ワタシ、両手を前に構えたのだけが工夫だと思ってたよ」

「そんな。あなたじゃないんだから」

「いやあ、でもこれあれだよね」

「なに?」

「切り離しと同時にヘゲちゃんの首から下が外れたりしなくてよかったよ。体部分も百頭宮ではあるんでしょ?」


 無言になるヘゲちゃん。目が泳いでる。


「ひょっとして、考えてなかった?」

「そ、そそ、そんなわけないでしょ。首チョンパにならないことくらい確認済みよ」


 そういうことにしておこう。


 アバドンも倒されたいま、ワタシは本当に助かったって実感が湧いてきた。生きて、ヘゲちゃんと一緒にいる。ワタシを狙う奴はたぶんもういない。

 安心して疲れが出た。ワタシは床に座り込む。こうするとヘゲちゃんの顔は上の方。ワタシを見下ろす、というか見下すヘゲちゃん。玉座とセットだと、襲撃からギリギリ逃げ切った女王様っぽい。


 さて、そろそろ現実と向き合わないと。そのためにワタシはどうしても確認しなきゃならないことがある。


「ヘゲちゃん」


 ワタシは真面目な顔になると、あらたまった感じで名前を呼ぶ。ヘゲちゃんもそんなワタシを見て、わずかに表情を引き締めた。


「あのさ。助けに来てくれたの、ホントに嬉しかった。ワタシたちってほら、最近うまく行ってなかったじゃん? でもね。なんか助けに来てくれる気がしてたんだよ。そしたら本当に来てくれてさ。それにヘゲちゃん、ワタシのこと好きだって言ってくれて」

「言ってないわそんなこと」


 そうだった。そうは言ってなかった。どさくさに紛れて既成事実化しようとしたのに。くそう。


「うん言ってないけど、言ったも同然だよね」


 ヘゲちゃんは何も言わなかった。


「それでね? ひとつだけヘゲちゃんに確認しておきたいことがあるんだ」

「なにかしら?」

「ワタシの救出費用って、いくら掛かるの? 分割でいい? っていうか、ワタシに請求来るよね? 来ない?」


 ヘゲちゃんがポカンとする。いやでもこれ大事でしょう!? 悪魔ったら何かって言うとワタシからお金むしろうとするんだもん。油断してて後から莫大な額請求されても困る。


「えっと。それは、そうね……そもそもそれ、いま聞くこと? 真剣な顔してるから、何かと思ったじゃない」

「でも、確認しておかないと。まあでも、そんなのこの場で答えられないよね」

「ええ。積算してみないと。たぶん、それで……きっと……ああっと」


 しどろもどろだ。


「ひょっとして、全然考えてなかった?」

「……言ったでしょう? そういうこと考えてたら今ごろここにはいないって。けど、そうね。これだけが魂たんまり手に入ったきっかけにはなったんだし、誰も気にしないんじゃないかしら?」


 ずいぶん大ざっぱだ。なんかさっきからのリアクションといい、ヘゲちゃん性格ちょっと変わったなあ。


「それよりも。来てるわ」

「そうだね」


 映し出される外の光景では天使の一隊がゆっくり包囲の輪を作りながら、こっちに接近してきてた。

 いつの間にか他の天使たちは戦いをやめていた。少なくとも自分たちからは攻撃していなかった。

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