番外22:個性を活かしてイキイキと働ける職場です!
アシェトは外へ出ると目を細めた。人間のアガネアには見えてなかったようだが、今や最初に開けた穴からは魂に姿を変えた罪人たちが次々と吹き出しており、光の奔流となっていた。
それは200メートルほども垂直に吹き上がり、その先で四方に散らばっている。
その穴のフチにベルトラとサロエがいた。二人は光の柱に手を突っ込んでは、魂を掻き集めている。
「よお。間に合ったみてぇだな。頼んでみるもんだ」
「いきなりライネケから念話が来たときは何事かと思いましたよ。それにしてもこれ、凄いですね。とてもじゃないけど捕りきれません」
「だろ? にしても念話よく通じたな。捕まってたんじゃないのか?」
「ちょうど抜け出したところだったんです。サロエのめくらましと、ワイル……?」
「逆式ワイルドハント。自分が一番怖いと思ってるものの集団から追っかけまわされる代わりに、あらゆる結界をすり抜けられるんです」
よほど恐ろしかったのだろう。言われてみればサロエもベルトラもやつれて見える。
百頭女の最初の一撃はパン・オプティコンの外壁を削るように打ち込まれていた。もちろんこうやって魂を逃がすためだ。今ごろ中では職員や責め役の悪魔たちが大騒ぎして魂を集めているだろう。それでも、集めきれるわけはない。なにせ人類誕生以来、すべての罪人が収容されているのだから。
百頭女がパンチを放ったとき、拳の先にはアシェトとアヌビオムがへばりついていた。
その一撃めでアヌビオムは鋭敏な魂感受性によりアガネアの所在を突き止め、二撃めで正確な位置をぶち抜いたのだ。
すでにバビロニアの全悪魔が魂を手に入れるため集まりつつあった。特に光の柱を巡っては、ポジション争いが始まりつつある。
もちろん根元を目指してくる悪魔もいたが、みなアシェトに気づくと距離を取った。
「他のみんなは?」
「魂集めさせてる。あとで全員で山分けだ。サロエ。おまえはウチのスタッフじゃねぇが、今回は特別だぞ」
「わーい」
サロエは小躍りする。アシェトは微笑むと、二つ目の穴に近づいた。いずれここからも魂が噴き出すだろう。今は百頭女の腕が奥へと突き刺さっている。
「で、あいつらはどうした?」
「タニアとルシファー様はそこと、そこにいます」
サロエは穴のすぐ下を指差した。腕との隙間部分だ。
「最初は出ようとして暴れてましたけど、諦めたんですかね? 今はおとなしくしてます」
それこそがアシェトの指示だった。もし間に合うようならアシェトたちが出たあとで百頭女の開けた穴へ、無限ループを仕掛けるように、と。
「ダンタリオンのやつは?」
「出てきませんでした。探しに行きますか?」
ベルトラの問いにアシェトは首を振った。
「放っとけ。一人殺したくらいじゃどうにもならねえ。それに今ごろ、魂集めながら地獄に逃げ込んでるだろ。締め上げるんなら他にもダンタリオンはいるんだ。追っかけてるヒマがあんなら魂集めとけ」
「解りました」
そのとき、百頭女の腕が軋みながら引き抜かれた。
「上手くやったみてぇだな。ま、当然か」
「やっぱりガネ様とヘゲさん、ラブチュッチュなんですかね……。いいなあ」
ベルトラとアシェトはサロエのセリフに揃って渋い顔をした。
「そもそもあの二人、どう見ても両想いだったのに、これまで何やってたんですかね?」
「さあな。一人はバカすぎて、もう一人は賢すぎたんだろ。さて。私はちっとルシファーに用があるんだ。そっちだったか?」
言ってアシェトは一方の穴を指差す。
「はい」
「じゃ、後でな。ああ、そうだ。サロエ。おまえ従業員じゃねぇが、社長賞やるぞ」
そしてアシェトは二人にヒラヒラと手を振ると、ルシファーのいる無限ループの中へ姿を消した。
「よっ!」
中にいたルシファーに、アシェトはサッと片手を上げる。
「ああ、アシェトか。なんで邪魔をした?」
「悪ぃな。サタン様を復活させる。おまえの方が正しいってのは解ってんだけどよ。ウチのヘゲがどうしてもアガネア欲しいっつーから」
「そんなことのために……」
ルシファーは表情も声も淡々としている。しかしそこには紛れもない怒りがあった。
「そう怒んなって。やりたいことをやる。それが悪魔だろ」
「原理主義者め」
「そりゃお互い様だ。従ってる原理が違うだけでな。それでも今回の件、私は感心してるんだぞ? おまえがここまでやり遂げるガッツあったなんてなぁ」
ゆらり。どちらからともなく互いの体が揺れた。次の瞬間。二人は一気に距離を詰めた。
外ではベルトラとサロエが魂集めに戻っていた。
「中の様子はどうだ?」
「なんか喋ってると思ったら戦いはじめました。けど速すぎるし凄すぎるしで、どうなってるのかよく解りません。そんなことより……」
サロエが不意に黙る。
「ん?」
「あの、さすがに無限ループも保たない気がして。あ、そうだ」
サロエは体をくねらせた。
「成功です! 無限ループごとポケットディメンションに送ってみました。これでもしループが壊れてもとりあえずここは安全です。いやあ、やったの初めてですけど、できるもんですねー」
ベルトラははしゃぐサロエをしばらく見つめていたが、やがて口を開いた。
「なあサロエ。ここを放棄したらアシェトさん怒ると思うか?」
「どうしたんですかベルトラさん。場所取り争いがイヤなんですか?」
「じゃなくてだな。ほれ、あっち」
ベルトラの指す方を向いて、サロエは手を止めた。
「あれって噂の」
「アバドンだ。すぐそこに百頭女だろ? もうじきここ、デカブツ共の戦場になるぞ」
ハッとするサロエ。
「こんなとこにいる場合じゃありません。逃げましょう!」
その場を離れ、空へ向かう二人。
「サロエ。おまえヘゲさんとアガネアがくっついても平気なのか?」
「どうしたんです急に? あ、魂そっちに」
「いやな。おまえもアガネアのこと、けっこう慕ってたろ。だから面白くないんじゃないかってな」
「面倒見いいんですね」
「世話焼くのが趣味でな」
「大丈夫ですよ。私、独占欲とかないんで。あでも、ヘゲさんって独占欲すごく強そうですよね……。まあけど、どうにかなるんじゃないですか? ちょっとくらいなら混ぜてくれますよきっと」
やたら前向きなサロエの返事に、ベルトラは笑った。
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