方法54-3︰捕まったりもしてるけど、ワタシは元気です(最後まで諦めない)

 ルシファーはワタシのそばへ来ると、頭の上に手をかざした。


「人界でのことは知ってるようだな。それと、この術式のこともか。さすがに百頭宮だ。話が早くて助かる」


 まるで自分の話をスムーズにするためワタシたちが下調べしておいたかのような言いぶりだ。


「キリスト教の伝来していなかった日本で俺たちは代々の按城家を無契約で庇護してきた。そうやって家系が途絶えないようにしながら、一族で魂の質やサイズに優れた人間を、同じく質やサイズに優れた人間と掛け合わせてきたんだ」


 それは気の遠くなるような作業だった。最初のうちは効果があるのかも解らなかった。けれど辛抱強く続けるうち、少しずつ成果が出てきた。

 その一方で、タニアに雇われた研究者たちは魂の等級を人為的に上げる研究を続けた。何世代にも渡ってさまざまな人間の生涯を観察することで、やがて一つの仮説が浮上した。


 幸福と不幸。その落差が魂の大きさや輝きに影響する。その差が大きければ大きいほど、魂はより大きく、輝きは強くなる。

 近代以降、悪魔たちは按城家の人間の中から数人を選び、この仮説に基づき実験を行った。最初は遠い分家の人間から。やがてこの仮説が正しそうだと思うようになってからは本家も含め選抜した魂の持ち主に。


 実験は出たとこ勝負のデタラメなチャレンジでしかなかった。悪魔だって人生の細かい部分までコントロールできるわけじゃないし、同じ出来事でも幸不幸やその程度は感じる人間にもよる。


「その中で最大の落差を生み、質、サイズともにこれまでで最高の、飛び抜けた等級に達したのがおまえの魂だ。ああ、つまり、おまえの魂は何百年にも渡る試行錯誤、その最高の到達点なんだ」


 そのおかげでこんな目にあってるんだから、少しも嬉しくない。


「窓の向こう。遠くに大きな氷の塊が見えるか?」


 ルシファーの問いかけは穏やかだったけれど、無視したり嘘をついたりできない強制力があった。

 目を向けるとたしかに遠くの方に、黒っぽいものがある。けどそれは塊って言うより、巨大な氷の山脈みたいだった。


「あれがサタン様だ。天使の策略で力を奪われ、あそこで氷漬けにされている」


 おい! サタンはロリ魔王とか言ったやつ出てこい! ああ、そうだな。ワタシだ。


 ルシファーはワタシに背を向け、じっとサタンの方を見てる。


「ああ、そうなんだ。俺はサタン様を復活させ、再び天界へ挑むために創られた。すべてはそのためだ。これから完成した術式で俺が代理人となって、おまえはサタン様と契約する。その魂のごく一部はサタン様を満たし、目覚めさせるのに使われる。残りはサタン様が所有し、その力を増幅させるのに使われる」


 そしてワタシを見た。


「サタン様が健在なら、俺たちにも勝ち目はある。コンテナに集めた悪魔たちをとりあえずの戦力にすれば、あとは自然と賛同者が集まるだろう。おまえは悪魔勝利の礎になるんだ」


 ここまでワタシが冷静に周囲を観察したり話を聞いていたのは、持ち前の勇気のおかげだ。


 ……ゴメン。ウソ。けど恐怖に感覚が麻痺してたからでもない。普通に怖い。なんせみんなワタシがただの人間だって知ってるし、うち二人は超強いし、なんならワタシのことは歌って踊れる魂の容器くらいにしか思ってない。怖くないわけがなかった。


 けど今になってもワタシは、なんとなくヘゲちゃんが助けに来てくれるような気がしてた。イメージ的には木刀かついだアシェトさんや釘バット持ったベルトラさんを引き連れて。


 なんの根拠もない、すがるには脆すぎる期待。だけどそれは、ワタシが恐怖に呑み込まれるのを防いでくれた。つまり、けっこうあり得るって、そう感じられたのだ。

 もし来てくれなければ、そのときはそのとき。どうせ一度、信じた相手に裏切られ続け絶望して死んだんだ。このうえヘゲちゃんに見捨てられたんなら、もう生きててもしょうがない。


 それでもせめて死ぬ前には一度、ヘゲちゃんに会いたい。あの無表情がほんの少しだけ緩む笑顔を見たい。

 このところずっと距離が開いてたし、今でもなんでヘゲちゃんが悩んでたのかよく解らないけど、そんなこと気にしないでもっとヘゲちゃんに迫っとけばよかった。

 ふざけてないで冗談じゃなく、尋常じゃなく好きだって言っとけばよかった。


 よかった、じゃなく。今度があったら今度こそそうする。ヘゲちゃんは嫌がるだろうけど、まともに取り合わないだろうけど、それでもいいから。


 あー。なんつーかこう、我ながら青春だなあ。現実逃避かもしらんけど、ボサっと助けが来るのを待つあいだ、正気でいるにはこんなことでも考えてるしかない。そう。本当に来るかどうかはさておき、諦めたら心が死ぬ。


 他になんかやりたいことあったかな。そうそう。右手で人型のベルトラさん、左手でサロエのおっぱいを同時に揉みたい。

 あ、そっか。なんかこう、なんでワタシ女の子が好きなのかと思ったら、天恵を裏切ったあのオッサン。名前忘れたけどあいつのせいだなきっと。あとカタリナの影響。後で思い出したけど、あいつ男女問わずホニャホニャすんだよね。ホニャホニャ。


 いつの間にかワタシの前では調整が終わって、儀式が始まってた。順調そうだ。


 そのとき、地震が起こった。

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