方法54-2︰捕まったりもしてるけど、ワタシは元気です(最後まで諦めない)
えー。アホみたいに単純な方法でとっ捕まったワタシ、アガネアが現場からお伝えします。
ワタシはいま地獄の最下層、コキュートスに来ています。というか地獄に埋まった球状の管理施設パン・オプティコン。その一番底にあるコキュートス管理フロアですね。
基本ここは収容した罪人を凍らせておくだけだからか、職員やカネ払って働いてる悪魔たちもここへは来ないようです。
レポーターふうに言ってみたものの、いまいち気分が乗らない。当たり前か。
それではあらためて……。コキュートス。地獄の最下層。そこは全てのものが永遠に凍結される地獄。
ワタシは部屋の中央に置かれたイスに縛り付けられていた。部屋はがらんとしてて、あまり広くない。
体の自由は戻ってるけど、これじゃ動けない。さるぐつわを噛まされてるから、声も出せない。
床にはワタシを中心として、リレドさんが解読したのに似た複雑な術式群が描かれてる。
部屋の一方に大きな窓があった。そこから見えるコキュートスは全てが氷に覆われていた。地面から生えてる無数の氷柱はどれも凍結された罪人たちだ。
意外にも、コキュートスは地下のはずなのに天井じゃなくて晴れ渡った青空が広がってる。
ワタシの他に部屋にいるのはルシファーと見知らぬ数人の悪魔、それにタニア。知らない悪魔のうちの何人かは床の術式を書き足したり、修正したりしてる。
「やあ。会いたかったよマイ・ラヴ」
タニアはそう言うとワタシの髪をつかみ、ワタシの顔をむりやり自分の方へ向けさせた。
「再開を祝ってきみの指の関節を全部外してから握手してやりたいところだけれど、余計な負担はかけないよう言われててね。残念だよ」
細められた目の奥の瞳が、鳥肌の立つほど冷たい。
タニアの隣には初対面の悪魔が立ってた。ふっくらしていて温和そうで、愛らしい女だ。女はやけに見覚えのある爽やかな笑顔になった。
「やあ。みんな知ってるダンタリオンだよ。もっともこの体は隠れだから、ほとんど誰も知らないけれど。おや。驚かないね。さすがにある程度は予想できてたかな」
ダンタリオンは振り返ると、ルシファーに声をかけた。ルシファーは少し離れたところで全体を見守ってた。
「ルシファー様。それにしても、なんだってこんなプレゼントを?」
「ああ、そうだな。ふさわしい装いというものがあると思ったんだ。それにアガネアのことは気に入っている。一度、着飾った姿を見てみたかったんだ」
するとタニアが言った。
「たしかにルシファー様のお見立てどおりですね。こうしてみると、なかなか美しい。魂を取ったあとの肉体はいただいても?」
「ああ、そうだな。好きにしろ」
二人の会話はまるで、残ったゴミの扱いについて喋ってるみたいだった。
「あと、どれくらい掛かる?」
ダンタリオンが床で作業してる悪魔に尋ねた。
「そうですね。ツノの影響を迂回するのがなかなか手間で。一時間か長くても二時間。それくらいですかね」
「急いで失敗するくらいなら、ゆっくりでも確実な方がいい。僕もキミも、さんざん待ったじゃないか。それはそうと、急いでくれないか?」
最初の言葉はダンタリオンに、最後の一言は作業してる悪魔に向けられてた。あいかわらずタニアの言ってることはメチャクチャで、やっぱ頭がおかしいんだと思う。
「だいたい解ってると思うけれど、私とタニアはキミの確保に失敗した。いまはキミをバビロニアへ呼ぶためのエサでしかなくてね。キミがこの街へ来たら下手に手を出さずじっとしてるよう言われていたんだよ。二人でメッセージ動画を作るくらいがせいぜいだ」
たしかに二人の、というかタニアの存在はアシェトがバビロニア派遣を決める後押しになってた。
「もっとも僕の方はハッピーバレッティンの製造販売やら、集めた悪魔の収容やらで忙しくはあったけどね。薬漬けにした悪魔たちは薬と引き換えにコンテナに入ってもらって、ここに運び込んで眠ってもらってる。魂の搬入コンテナに紛れさせるのは難しいことじゃなかったよ」
タニアが言った。どうやら待ってる暇つぶしのあいだに、いろいろ聞かせてくれるらしい。
「私の方も魂の召喚で忙しかったよ。集めた悪魔に行き渡らせるにはかなりの数が必要だからね。貧しい国には安い金でも人殺しを厭わない人間が多くて助かったよ」
ダンタリオンもそう言った。なんだおまえら忙しい自慢か。
「時間があるのなら、せめておまえの死がどれほど有益かを教えてやろう。俺は本当に、おまえのことを気に入ってるんだ」
やって来たルシファーが言った。正直そんなことどうでもいいんだけど、今のワタシに選択肢はない。
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