方法52-1︰長くて退屈な話(とにかく見てみましょう)
ヘゲちゃんは寝て起きたら帰ってきてた。なんですぐ帰ってこなかったのかなんて言いもしないし、ワタシから聞く気もない。
あれからまた、数日経った。ワタシたちは淡々と予定をこなしてる。けど、ワタシとベルトラさんやヘゲちゃんとのあいだには距離が空いてた。必要なこと以外、あんまり話さない。気軽に冗談言い合ったりするのは、サロエとだけだ。
ベルトラさんはときどきワタシに何か言いたそうにしてる。心配させてるのは悪いと思うけど、ワタシは希望を伝えた。なのにベルトラさんはどうもそれには直接応えないでどうにかならないかと思ってるみたい。
ヘゲちゃんは何を考えてるのかよく解らない。ぼんやりしてるようにも見えるけど、たんに会話してないってだけかも。ヘゲちゃん、自分で話題振ったりしないし。
サロエはワタシたちの様子がおかしいことにはさすがに気づいてるみたいだけど、なるべくそれまでと変わらないように振る舞ってくれてる。
ワタシを餌にしてタニアやダンタリオンをおびき出す話はあれから一度も出てこない。いったいなんなんだ。ワタシとしてはその方がいいけどヒドく中途半端で、わけがわからない。
食べ歩きでワタシたちはダイナー? トラットリア? とにかく洋風の大衆食堂に来てた。
ベルトラさんは料理に集中してる。ヘゲちゃんは無言で黙々と食べてる。
「ねえ、サロエ。食べながらちょいちょいヒジ当ててくるの、やめてくれない?」
今の精神状態にサロエのボディタッチはかなりキツい。
「すみません。狭くて」
たしかにここ、カウンター席にギュウ詰めだもんなぁ。サロエの反対側に座ってる悪魔なんか、慣れない負のオーラにヤラれて、さっきからうなだれたままフォークで料理つつくだけになっちゃったし。
「ガネ様もそろそろ慣れてくださいよ」
「ムリだって。サロエが抱きついたら、飛んでるアシェト様でもレジストできなくて墜落するんじゃないの? これでもけっこう慣れてきてると思うよ」
「でも、もっと平気になってもらわないと。いろいろ不便なときあるじゃないですか。ほら、あれとか」
「んー。まぁ、そうなんだけどさぁ。努力でどうにかなるもんでもないし」
しばらくして、ふとヘゲちゃんを見て驚いた。
「ヘゲちゃん、そのフォークどうしたの!?」
ヘゲちゃんのフォークは真ん中あたりでグニャリと曲がってた。
「え? ああ、これ? ……ホントね。どうしたのかしら。どおりで食べにくいと思った」
食べ歩きを終えて家に戻ると、ヤニスが箱を持ってきた。
「こちら、アガネア様にアシェト様からです」
受け取ってみると、大きさのわりに軽い。中から出てきたのは木の板とケーブルでつながった木箱、飾り気のない木製のカチューシャ、それと手紙だった。
手紙はアシェトからで、この荷物を受け取ったら遠話するようにって書いてあった。
そういや前に遠話したとき、届いたか? とか言ってたなあ。たぶんコレのことだろう。
「あ、もしもし、アシェトさんですか?」
「今度はどうした?」
「いえあの、なんか荷物が届いたんですけど」
「おお。あれか。ちょっと待て。こっちから掛けなおす」
しばらくして──。
「んじゃ、ヨーミギに代わるから、あとは本人から聞いてくれ。ヨーミギ、手短にな」
そして鏡の中に映ってる人物がヨーミギに変わった。
「ではさっそくだが、ヒモでつながった木箱と木の板、あと頭につける木でできた曲げ板は揃ってるな?」
「あるよ」
「では、木の板の表面を遠話機の鏡に向けてくれ。背面にスタンドがある」
ワタシは言われたとおりにセットした。
「次に、曲げ板を頭につける。あとはしばらく待つだけでいい」
「これはなんなんですか?」
ベルトラさんが尋ねた。
「これは魂から、記憶とされているものを読み取る装置だ。本来は箱の中に魂を入れると木の板に映し出されるんだが、曲げ板を使うと生きてる人間からも読み取りができる」
「どこからそんなものを? あれは政府くらいしか持ってないかと……」
「大昔に私が、というか元のヨーヴィルが研究目的で調達したんだ。古い資料を見返していて、ろくに使わないうちに最初のラズロフへ貸してやったきりだったのを思い出してな。探させたら出てきたというわけだ」
画面の外からアシェトの声がした。
「コイツがどうしても、早くアガネアに試させたいって言ってな」
「おまえさんにとっては、夢の中で自分の記憶を見るような体験だ。私たちはそれが木の板に映し出されるのを見る。音声も出るぞ。ま、読み取れるものがあればの話だが……」
ワタシは手にしたカチューシャを眺めた。人界での過去が、これで判るかもしれない。自分がどんな人間だったのか。どういう生活をしていたのか。親しい人はいたのか。幸せだったのか。そしてこれまでの推測が当たってるなら……誰にどうやって殺されたのか。
それともうひとつ。
そもそもそのワタシは、このワタシなんだろうか。記憶が戻れば、人界のワタシと今のワタシは同じ人間として違和感なくつながるんだろうか。
まさかこんなチャンスがやってくるなんて思ってもいなかったから、正直これまであまり自分の過去については気にしないようにしてきた。心の準備なんてできてない。
それでも、やることは決まってる。ワタシはソファへ座るとカチューシャを頭につけた。
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