方法51-5︰仲間がなに考えてるか解らん件について(溜め込みすぎないように)
馬車を離れたワタシは、見知らぬバビロニアの通りを歩いていく。怒ってる演技なんか必要ない。腹が立ってしょうがない。
当然だけど、誰も追いかけてこない。とっくに範囲制限超えてるから、ヘゲちゃんも百頭宮に戻ってるんだろう。ワタシが本気で怒って飛び出したのに。
そりゃあ、ワタシがどこにいようがヘゲちゃんはいつでもすぐそばに来られる。けど、そういうことじゃないじゃん。
だいたいあのヘゲちゃんはなにヘゲなんだって話。
帰ってきたと思ったらこんなワタシを危ない目に合わせるようなマネばっかり。おおかたアシェトからなんか言われて、そのためだけに帰ってきたんでしょ。戻ってきてくれてよかったなんて気持ち、今はもうない。むしろこんなことなら、向こうでじっとしてて欲しかった。
サロエはしかたないにしても、ベルトラさんだってさあ。結局は上役に逆らえないからってワタシのこと放っておいてるわけでしょ。根が真面目だからしょうがないにしても、そういうことじゃないじゃん。
なんかこう、悪魔ってもっと自由なもんかと思ってたよ。なのに契約だの上下関係だのにガッチガチに縛られて。
ああ、そういう悪魔は少数派なんだっけ。そりゃこんな息苦しいとこで暮らしてたら、余計なしがらみとかない所で自由に暮らしたくなるって。ワタシだってできるなら、今すぐそうしたいもん。
そんなこと考えながら歩いてたせいか、気づくとワタシは人通りのない裏路地を歩いてた。
左右にボロボロの建物が並んでて、表通りの都合に合わせてグネグネ曲がりくねってて、薄暗いし臭い。あちこちに死体の断片とか生ゴミ、ガラクタなんかが散乱してる。
しばらく歩いて気がついた。ここ、悪魔がいないわけじゃない。いるんだけどみんな、物陰からワタシのこと見てる。
急に一人で歩いてるのが怖くなって、ゾッとした。それでもパニックにならなかったのは、見えないけど護衛がどこかにいるはずだから。っていうか、本当にいるんだよね?
ひときわ狭い通りを抜けるとその先は広くなってて、少し行った先を曲がると一人の悪魔が道を塞いでた。
その悪魔は頭が愛らしい少年で、体は毛に覆われた巨体だった、
「こんなところで何してるの?」
「いやべつに。向こうに抜けたいだけだけど」
「へえ。だってさ。どう思う?」
すると背後から別の声。
「どうでもいいんじゃねえか?」
振り返ると、ヤケに痩せた悪魔が立ってた。
「そうかな? 死ぬって決まったわけじゃないでしょ?」
さっきよりもずっと近くから、最初の悪魔の声。振り返ったあいだに距離を詰められたんだ。慌ててそちらを見る。やっぱり。そいつはすぐそこまで迫ってた。
「なあ。あんた、寸刻みにしてやろうか? その前にそうだな。皮でも剥ぐか? それともその指、一本ずつむいて骨でもしゃぶってやろうか? なんでもいいや。とにかくすぐには死なないようにしてやるから」
「それじゃダメだよ。変身が解けたらつまらない」
「んじゃあ、こういうのはどうだ? あんたで何日か遊ばせてくれよ。それでもまだ生きてたら解放してやる。ただし、途中で変身解いたら殺す」
ありきたりな悪役のセリフでしかないけど、それでもワタシはゾッとして自分の馬鹿さを呪う。こいつら、変身を見破れるほど強くないんだ。だから擬人なのか、人型に変身してるだけなのか見分けがつかない。そしてたぶん、擬人は普通こんなとこ歩かない。
ワタシは壁に背中を当てると、二人が左右に見えるようにした。
「自分の身も守れないでワタシがこんなとこ歩き回ると思う?」
「さあなあ。そういう難問は確かめてみるのが一番だ。なあ?」
「そうだね」
二人はワタシの方へ近づこうとして、動かなくなった。
上から二人の悪魔が降りてくる。見覚えがある。たしか経営企画室の悪魔だ。
「お前らに聞きたいことがある。正直に知ってることを話せば、助かるかもしれない」
「知ってることがなければ、残念だったとしか言えないな」
「こいつら、何か知ってると思うか?」
「いや。でも、そういう指示だからな」
二人はワタシに絡んできた悪魔をいとも簡単に無力化して一人ずつ抱き上げると、会釈してから上昇して屋根の向こうに消えた。
ワタシは壁にもたれかかると、目を閉じた。脱力感がヒドい。恐怖で膝がガクガクしてる。
ちゃんと守られてることは解ったけど、こんなの無理だ。絵に描いたようなベタなチンピラに絡まれただけ。物語の主人公とかなら平然としてるんだろうけど、ワタシには無理。マジ無理。
ワタシを見てた二人の目。同じ言葉喋ってるのにまったく会話が成り立たないことの解る、あの感じ。
ワタシは震えがおさまるのを待つと、大通りへ戻った。
大通りを歩いていても、特に何も起こらない。ワタシはだんだん落ち着いてきた。怒りが薄まったぶん、サロエに触れたときみたいに気分が落ち込んでくる。
ワタシは頭の中をゴチャゴチャにしながらさらに何時間も歩いてから家に戻った。
もっと早く帰るつもりだったんだけど帰る道が判らなくて、かなり歩き回るハメになったんだよね……。
戻ってみると、ヘゲちゃんの姿はなかった。まだ百頭宮に戻ってるんだろう。
「ガネ様。その、すみません」
「サロエが謝ることないよ」
「でも……」
「ついて来られたら、ワタシがあそこで馬車降りた意味ないじゃん」
「それはそうですけど、そういうことじゃないと思うんです。じゃあどうすれば良かったのかって言われると解らないんですけど」
「気持ちだけで充分だよ」
ワタシはサロエの頭をなでた。異様な気配に手がぞわぞわする。
「アガネア。あたしも、その、悪かったな」
「ベルトラさんは上に逆らえないんですから、しかたないですよ。別にムリな期待はしてません」
「それはそうだが、そういうふうに言われると……」
それからワタシたちはしばらく待ったけど、ヘゲちゃんは帰ってこなかった。念話してみようかとも思ったけど、やめた。なんかもう、帰ってきても来なくてもどうでもいい。
ワタシは夕飯を済ませるとお風呂へ。こっちのお風呂はたいていシャワーだけで、バスタブあってもたいていはシャワーと一体型。けど、ここは珍しく日本のお風呂みたいに洗い場と浴槽が分かれてる。
ワタシは頭と体を洗うと、たっぷり張ったお湯に体を沈めた。そのままぼんやり、お湯を眺める。
そうしてると、魔界へ来てからのことがなんとなく思い出された。これまでワタシはキツいこととか辛いこと、怖いことも多かったけどそれなりに楽しく暮らせてると思ってた。
けど今こうして思い浮かべてみると、どれも色あせてなんの魅力もない気がした。どうしてワタシはそんな暮らしが気に入ってたのか、よく解らなくなってくる。
いいかげん出ようかと思ったその時、ベルトラさんの声がした。
「入っていいか?」
「どうぞ」
服を脱いだベルトラさんは硬そうな筋肉に覆われてて、少し動いただけで複雑に形を変える。服を着てるときよりも威圧感があった。
ベルトラさんは洗い場の床に腰を下ろすと、シャワーを浴びだした。
「どうしたんですか?」
「おまえと二人で話がしたくてな。ヘゲさんも抜きで」
ワタシはドアの脇に目を向けた。そこにミニチュア百頭宮がおいてある。スられそうになったあとで、ヘゲちゃんが透明にしたままだけど。
「今日はおまえを庇ってやれなくて、すまなかった」
「さっきも言いましたけど、しょうがないですよ。謝ってもらったって、どうにかなることじゃないですし」
しばらく沈黙が続いた。
「おまえ、ヘゲさんが急に帰ったり、戻ってきた理由を知りたいとは思わないか?」
「今はもう、どうでもいいです。ベルトラさん、知ってるんですか?」
「いや。ただ、おまえは知っておいたほうがいいんじゃないかと思ってな。このごろ、その、あんまりヘゲさんと上手く行ってないようだから。お互い、腹を割って話し合ったらどうだ?」
「今のままでも困ってませんから。それに向こうだってそんな気、ないと思いますよ。今日のことも理由を教える気なんかないみたいですし」
「あれは──」
「ベルトラさんはなんでなのか、想像できてるんですよね? 教えてくれませんか?」
「いや。そればダメだ。ヘゲさんから直接聞いたほうがいい。あたしからは……話せない。ただ、あれからあたしも考えたんだが、たぶん最近のヘゲさんの振る舞いは、このことも含めて全部つながってる」
よし。キレよう。ベルトラさんにはさんざんお世話になってきたけど、これはさすがにキレていい。
「そういうの、やめてもらえませんか。ベルトラさんもヘゲちゃんも、何かがあるってことだけ見せておいて、中身はちっとも教えてくれないじゃないですか」
ワタシはアゴのすぐ下までお湯に体を沈め、自分の手を見ながら続ける。
「知らなくていいだとか、自分からは言えないだとか、ワタシには関係ないとか。だったら最初っからワタシの耳に入れるなっつー話で。もうウンザリなんですよ」
「いやでも、そういうことってあるだろう」
「とにかく、ベルトラさんが知ってること、考えてることを全部教えてくれるんじゃなければ、この話は二度としないでください」
そしてワタシは立ち上がる。
「お、おい」
「上がります。人間だから、のぼせそうなんですよ」
そしてワタシはベルトラさんを見ないようにしながら、ミニチュア百頭宮を拾うとお風呂を出た。
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