方法51-2︰仲間がなに考えてるか解らん件について(溜め込みすぎないように)

 ヘゲちゃんが帰ってきて、いちおうはもとの状態に戻った。退屈なパーティーやら公式行事と、合間に食べ歩きや観光をする毎日。


「ガネ様。こっちのチョコミントも美味しいですよ」

「チョコミントぉ? ワタシそれあんま好きじゃないんだよね」

「そんなこと言わずに。はい、あーん」

「!? あ、こりゃ美味しいわ」


 アイスではない。蒸しパンである。

 サロエはあの日から、やたらワタシの世話を焼くようになった。必ず隣に座るし立食パーティーだと料理取ってきてくれるし、こうやって“あーん”とかしてくれるし、何かっていうとふざけて抱きついてくる。正直かなり精神的にダメージ受けるから最後のはやめて欲しいんだけど、とにかく構ってくること新妻のごとしである。……いや、結婚に幻想抱きすぎてんのは認める。


 ヘゲちゃんはそんなワタシたちを黙って見てるんだけど、不快そうとか嫉妬の炎っていうより、なんかボーッとしてる。まだ本調子じゃないみたいだ。普段は普通なんだけど、時々ね。


「ヘゲちゃん。ワタシのもなかなか美味しいけど、一口どう?」

「え? ああ、もらうわ」


 ワタシは一口分ちぎって渡す。


「そうね。ええ。なかなかね」


 おかしい。なにがおかしいかって言うと、ヘゲちゃんとワタシ、同じカスタード味なんだよね。全然気付いてない。


 あれからワタシは、なんでヘゲちゃんが帰っちゃったのかとか、どうして戻ってきたのかとか、いっさい聞いてない。

 戻ってきてくれたからまあいいやってのもあるし、こんなヘゲちゃん見てると、聞いても大丈夫なのか自信がなかった。

 そういう変な遠慮するような仲でもないとは思うけど、ヘゲちゃんが姿を消したときも、まさかそんなに追い詰められてるなんて気づかなかったわけで……。ヘタに刺激してまたいなくなっちゃうよりは、今のままのほうがマシかな、とか。


 そんなこんなで微妙な距離感のまま、毎日が過ぎていく。


「そういやタニアもダンタリオンも何もしてこないけど、どうしてんのかな? 元気にしてるのかな」


 その日の予定を終えて居間で休んでるとき、ふとワタシはつぶやいた。


「どうしたの? まさかあいつらのこと心配してるの? バカには下限がないの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。なんかこう、もっといろいろ仕掛けてくるんじゃないかと思ってたからさ」

「手を出しかねてるんじゃないかしら。これ以上ヘタな失敗を重ねるよりは、その方がいいでしょう。特にタニアは、もう後がないんじゃないかしら」

「あー。懸賞金、倍になったんでしょ?」


 タニアには懸賞金が掛けられてる。それがつい先日、倍になった。最高額は生け捕りで5万ソウルズ。つまりは5億円だ。といっても魔界は人件費が安いから、感覚としてはそれ以上の価値だ。

 理由は伏せられてるけど、あきらかに地方での失踪事件と関連してるんだろう。


「企画室のつかんだ情報だと、失踪者の数は万単位になるみたいよ」

「そんなに!?」

「中央の政府を中心とした街や村で社会生活をしている悪魔のほうが数としては少ないの。同じ悪魔が社会生活と孤立生活を行き来する例も多いし。あなたもまあ、期間は極端だけどそういう見え方になるわね」

「それにしたって、それだけの悪魔をどこに隠してるんだろ。さすがに目立ちそうだけど……」

「そうね。そこは謎だわ。それに、そんな数の悪魔をどうするつもりなのかも。それと、どうやってか天使がこの件に気づいて、中央に情報提供を求めたそうよ」


 ロムスとハイムの姿が浮かぶ。とくにロムスあたりはちょっとしたことだけで失踪事件に勘づきそうだ。


 すると、新聞を読んでたベルトラさんが会話に加わってきた。


「油断させようってつもりなのかもな。あたしらは警戒してるが、初日に比べりゃそれでも気が緩んでるだろ。それが解ってても、何もなけりゃ緊張感を最大で維持し続けることは難しい。このままあたしらが油断するのを待ってるのかもしれないぞ」

「それなら、こちらから油断してるように見せかけることは可能ね。それで運が良ければ相手をおびき出せるかもしれない。まずは、そう。ダンタリオンね」

「それって、ひょっとして」

「ダンタリオンがぜひ会いに来てくれって言ってたでしょう? 正式なものじゃないにしても、招かれてて訪問しなかったって後で周りに言いふらされても困るし」

「それはあたしも気になってました。ですが……」

「ベルゼブブ様に伝えておけば万一の保険にはなるわ。あの方はダンタリオンを疑っているもの。それから、ひと芝居打ってどうにかアガネアをひとりで外出させましょう。タニアも引っ掛けられるかもしれない」

「は? ヘゲちゃん、正気?」

「正気よ。大丈夫。きちんとした案があるの」


 こうして翌日、ワタシたちはベルゼブブに事情を話してからダンタリオンにアポを取った。

 といっても自分たちが出向いたわけじゃなくヤニスに回ってもらって、それぞれの部下と話してもらったんだけど。貴族社会っぽいでしょ?

 ベルゼブブの方からは、ダンタリオン訪問の後に自分のところへ寄るように、って返事があった。

 ダンタリオンの方は暇なのか、いつ来てもいいって返答だった。



 魔界人別局はバビロニアの中心にある、中央府庁舎の一角にあった。庁舎といっても巨大な城塞で、ルシファーやベルゼブブなんかも基本はずっとそこにいる。


「百頭宮より大きいですね」


 バビロニアに来てから何度も目にしてはいたけど、間近で見るとその桁違いの巨大さに圧倒される。あんまりにも大きくて一つの建物っていうより、それ自体が建物同士の密着したひとつの街みたいだ。


「最初の天界との戦争のとき、ここは悪魔側の総司令部だったんだ」

「これだけ広けりゃ、失踪した悪魔をまるごと隠せそうですね」

「広さだけならそうだな。使われてない区画も多いだろうし。ま、現実的じゃないが」

「さすがに監視はキチッとしてそうですもんね」

「それに、どうかするとヘゲさんみたいなのがいるだろう」


 たしかに。それはありそうな話だった。


「さ、行きましょう」


 ヘゲちゃんに促されると、ワタシたちは城門をくぐった。

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