方法50-1:呪いなしではいられない(借りれる力は借りましょう)

 ベルトラさんがサロエを背負い、ワタシたちはゲートから会場へ戻った。そして現金で300ソウルズを受け取ると、サロエを指して“ツレがコレなもんで”とか昔のサラリーマンみたいなこと言いつつ挨拶もそこそこに帰宅した。



 ワタシは帰るとまっすぐ寝室へ行き、ベッドに倒れ込んだ。そして起きると、半日が過ぎてた。

 口の中がネバつく。体も汗でベタベタする。寝室にはワタシしかいなかった。とりあえず水を飲もうと下へ降りると、食堂にベルトラさんとメフメトがいた。


「サロエは」

「一人部屋に寝かせてる。いちおうおとなしくはなったが」


 ベルトラさんが渋い顔をする。ワタシはローザリーンドに持ってきてもらった水を飲み干すと急いでシャワーを浴びて着替え、ベルトラさん、メフメトとサロエの所へ行った。


 サロエはベッドに寝ていた。けれどその目は虚ろに見開かれ、呼びかけても反応しない。ただ、ときどき目尻から溢れた涙がツウっと筋を引いて流れる。


「さっき医者にも見てもらったんだが、やっぱり治癒魔法でも精神系は妖精悪魔には効かなくてな」

「時間が解決してくれればいいんですが」


 つまり、しばらくこのままかもしれないってことか。それどころか、ずっと。


 思ったんだけど、ヘゲちゃんといいサロエといい、精神的な理由で離脱するメンバー多すぎじゃない? よそから見たら超絶ブラックな部署だよ。あそこに配属されたらメンタル病んで休職する、とか噂になりそう。


「おい。どうした。調子悪いのか?」

「へ?」

「いやだって、おまえ」


 言われて気づく。ワタシはいつの間にか震えてた。呼吸は乱れ、目頭が熱くなり、全身に力をこめてそれを抑えようとしてた。


「アガネア様。サロエさんがこうなったのは彼らのせいではありません。私たちだって、こうなるとは予想できませんでした。どうか無茶な逆恨みはなさらないよう」


 メフメトの声が妙に遠く聞こえる。きっと従者がこんなことになって、ワタシが怒ってると思ってるんだ。それは悪魔的には自然でも、ワタシにとっては見当違いだ。


 体の反応にようやく意識が追いつく。怖い。辛い。単純で、だから強い感情。

 アホほど陽気で元気一杯だったサロエが、こんな抜け殻みたいに激変したことが。なんだかんだ言っても大好きな仲間が失われるかもしれない。そのことが。


 ヘゲちゃんのことだってそう。本当はもうこのまま戻ってこないんじゃないかって不安でたまらなくて、考えないようにしてた。

 けどヘゲちゃんの場合は怒る気持ちもある。どうして全部投げ出す前に相談してくれなかったのか。最後の最後だっていい。ワタシに関係してるなら、せめて抱えてたものを全部ぶつけて欲しかった。

 性格が変わったあのときのことだって、そう。いつもみたいな下手なごまかしもしないで、なんでただ触れないようにしてたんだろう。そのくせワタシから微妙に距離は取って。

 なかったことにしたいほど嫌だったなら、そう言って欲しかった。


 いや。今はどさくさ紛れに出てきた本心と向き合ってる場合じゃない。サロエだ。

 そもそも今でもサロエがアクセサリーを失って、ここまでショックを受けたことがピンとこない。気に入ってるとは言ってたし、本気で解呪を拒んでたけど、それにしてもこんなことになるなんて。


 ワタシは目を閉じると深呼吸して体を落ち着かせる。


「リレドさんには?」

「あたしたちからは何も。それは主人であるおまえが判断することだ」


 報告する義務はないけど、相談できるとしたらあの人しか思い浮かばない。もしかしたらサロエを癒す方法を知ってるかもしれない。

 何があったか話したら、扱いがヒドいって怒ってサロエを呼び戻すかもしれない。ワタシたちに報いを受けさせようとするかも。

 けど、それと引き換えにサロエが元気になる可能性があるなら、ワタシはそれでも構わなかった。


「連絡取るのに一番早いのって……」

「ゲートからミュルスに戻って、直接会いに行くことだな。けど、いいのか? リレドさんがどう反応するか、読めないぞ」

「解ってます。でも、サロエに責任があるのはワタシだけですよね? お店やベルトラさんたちには迷惑かからないはずです」


 そしてそれなら、最悪ワタシの命が危なくなっても人間だって明かせば殺されはしない。と、思う。まあ死んだほうがマシみたいな目に合わされるかもだけど。


 ワタシはべつに、リレドさんを冷酷非道だとか思ってるわけじゃない。けど、サロエやベルトラさんから聞いてる限りだと妖精は妖精なりのルールやメンツを重んじるみたいだし、感情の振れ幅が大きくて、残酷なときはとことん残酷なれるみたいだから。

 そのあたり、妖精と悪魔って似てるのかもしれない。


「ゲートって、すぐに使えるんですか?」

「さあ。どうなんだろうなあ。申し込めば誰でも使えるし、そんなに順番を待つようなもんでもないとは思うけどな……」

「ミュルスへ戻るのでしたら、最初にアシェト様のところへ行くのがいいでしょう。次の公式行事はたしか明後日。それまでに帰ってこられれば、スケジュールの調整なども不要です」


 ワタシたちはさっそく出発することにした。留守中のサロエを頼むため、ローザリーンドとヤニスを呼ぶ。

 話を聞くと、ローザリーンドが言った。


「サロエ様のそれは、他の呪われたアクセサリーではダメなんでしょうか?」

「うーん。どうなんだろう。どうして?」

「もし他のものでもよろしければ、知り合いが呪物屋をやってましたから、もしかしたら在庫が残ってるかもしれません」

「呪物屋。そういやそんなのあったなあ」


 懐かしそうに言うベルトラさん。


「今はないんですか?」

「呪物なんて本来は人間が欲しがるもんだろ? だから人界へ行けなくなってから、需要がなくなってなあ。もともと街に1軒あるかどうかくらいだったし、まだやってるとこなんてないんじゃないか。せいぜい腕のいい呪物職人が悪魔用のをまれに受注して、ほそぼそやってるくらいだろ」

「保証はできませんし、もし在庫があってもかなり偏屈だから、売ってくれるかどうかは……」


 自信なさそうなローザリーンドにワタシは笑顔を向けた。


「大丈夫だって。それ言うんなら買えたところで効果あるか解らないんだし」

「試してみる価値はあるな」


 ヤニスに馬車を出してもらって、着いた先は街の郊外にある倉庫外の一角。何人かの悪魔が働いてる広めの倉庫には“ジェラドリウス工具店 魔導具の各種製造機器、工具取扱”という看板があった。


「ジェラドリウスだからここでいいとは思うけど……」

「呪物屋をやめて商売替えしたんでしょう」


 ベルトラさんが近くの悪魔に声をかけると、ワタシたちは中に案内された。

 中には棚が並び、様々な箱や機材が置かれてる。その奥に板で仕切ったような部屋があって、そこにジェラドリウスがいた。

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