方法49-7:使い魔学会へようこそ!(適材適所を心がけて)

 使い魔の目と腕。傷ついた二箇所に黒い霧が発生してる。しかも腕の方はぼんやりと切り落とされた部分の形になりつつある。

 メフメトが無事な方の目に矢を放った。それから後ろへ回り、そちらの目にも矢を撃ち込む。

 響き渡る咆哮。メフメトはその口の中にも矢を射った。刺さった頭から力が失われ、ガクリとうなだれる。

 メフメトはそれでも攻撃をやめず、黒い霧の漂いだした残る二つの目を繰り返し撃つ。そうしてる間にも、うなだれた頭の口から黒い霧が漏れだしてきた。


 メフメトは矢を放ちながら、小さな火球を腕の形になりつつある黒い霧へ投げた。けれど霧は消えるどころか一瞬、形成速度を上げる。


「えぇーっ」


 メフメトは嫌そうな声をあげながら、なおも淡々と矢を放ち続けた。

 目以外の部分は硬い皮膚の表面を滑り、かすり傷くらいにしかならない。



 どれくらい経ったろう。あまり長い時間じゃなかったはず。


「がはっ!」


 咳き込みながらベルトラさんが体を起こした。


「あいつは?」


 ぼんやりした目で使い魔を探す。


「うぅ。あっつ、ぁ」


 苦しそうに立ち上がる。


「おい。なんだあれ。あたしのもいだ腕、生えてるじゃないか」


 使い魔の腕はすっかり元どおりになってた。

 ベルトラさんの疑問にメフメトが答える。


「周囲のマナやエーテルを魔力に換えて取り込んでるみたいです。さっきが最大のチャンスだったはずなんですけど。あ、ダメだ」


 使い魔が右手の鉄柱を地面と水平にして、前左右の顔を守るようにかざした。矢がその表面に弾かれる。 

 使い魔は逆側の鉄柱で後ろの顔もガードすると、ゆっくり立ち上がった。左手の鉄鎖を牽制するように振り回す。


 こっちもそれをボサっと眺めてたわけじゃない。ベルトラさんは落ちてた鉄鎖を拾うと、使い魔に近づいて全力でふるった。鎖は使い魔の左脚を打ち、そのまま巻き付いた。

 メフメトがそのそばを走り抜ける。通り過ぎざま、鎖の輪に小剣を突き立てた。すぐにベルトラさんが鎖を引くと、小剣ががっちり噛んでストッパーになる。

 さらにメフメトは使い魔のそばに落ちてた戦斧を回収する。

 すげぇ。なにあれ。達人ともなると初見であれくらい連携できるもんなの?


 使い魔は鉄鎖を左下段の手に持ち替えると、めちゃくちゃに振り回した。同じ長さの鎖。ベルトラさんの方は巻き付いてるぶん短くなってるけど、使い魔は身長があるぶん距離が遠い。鉄鎖はギリギリのところでベルトラさんに当たらない。


 体重差を考えるとベルトラさんの筋力ヤバいって話なんだけど、さすがに使い魔を引き倒すことはできないみたいだった。一方の使い魔もバランスを崩されないようにするので精一杯みたいだった。

 そして、とうとう鉄柱の後ろで揺らめいてた黒い霧が消えた。使い魔がガードをやめると、そこには無傷の顔。怒りのせいでその顔は歪んでいる。


 使い魔は慎重に腰を下ろすと座り、武器を脇においた。そして四つの手で鎖をつかみ、全力で引いた。呻きながらこらえるベルトラさん。

 使い魔が左下段の手を鎖から離した。そしてストッパーになっていた小剣をつまみ、ねじり切った。


「ヤバっ!」


 ベルトラさんが手を離すと、使い魔の脚に巻きついてた鎖が外れる。



 そこからが最悪だった。ワタシたちは怒り狂う使い魔から逃げ続けた。

 基本、ベルトラさんとケムシャがキャッチボールみたいにサロエを投げあって、使い魔の追跡を上手くそらしながら走ってる。

 ちゃんと投げられたサロエの軌道が鉄鎖の届かない範囲になるよう位置取りしてるのはさすがだ。


 使い魔は冷静さを失ってるせいか、そんなサロエにさっきまでより強く引き付けられてるみたいだった。

 最初は嫌がってたサロエも諦めて、投げられるがままになってる。ありゃ完全に表情死んでるな。ドナドナの牛とかのほうがまだ生気あるんじゃなかろうか。


 ワタシはそんな四人からなるべく離れるようにしていた。


「これ、いつまでやります? そろそろ諦めてアガネア様かサロエさんになんとかしてもらいませんか?」

「それじゃ何のためにこんだけ苦労したんだよ」


 ベルトラさんはすっかりタメ口だ。


「なら、あいつをどうにかする方法をですねっと、しまったっ!」


 メフメトがサロエを投げ損なった。サロエはまっすぐ、使い魔の方へ。

 使い魔がサロエをキャッチしようと腕を伸ばす。さようならサロエ! キミのことは忘れないよ! って忘れられるわけねーだろ、なにこの後味悪い最期。うなされるわ。


 と、まさに使い魔の手がサロエに触れようとしたところで、慌てたように引っ込められた。そのままサロエは使い魔をかすめ、ベルトラさんにキャッチされる。

 完璧に心を閉ざしてるのか、サロエは自分が死ぬとこだったことに気づいてない。


「なあ、メフメトさん。閃光弾かなんか持ってないか?」


 前後逆にしたサロエを小脇に抱えて走りながら、ベルトラさんが尋ねる。


「あんな使うと目立つもの持ってませんよ。ただ、方法はあります」


 そしてメフメトは、ベルトラさんを追おうとしていた使い魔に何かを投げつける。それは使い魔の近くで大きく広がった。投網だ。

 使い魔の動きを封じるには足りないけど、動きを遅らせる効果はあった。使い魔は立ち止まり、頭に絡みついたそれを引きちぎろうとする。

 その背後へベルトラさんが駆け寄った。途中で器用に左右の手でそれぞれサロエの脚をつかみ、頭上に振り上げると──。


「え? あ? わわっ!?」


 いきなり我に返ったサロエを使い魔の背中に叩きつける。

 その瞬間、漆黒なのに目を刺すような閃光が奔り、視界が戻ると使い魔は消えてた。


「まあ、なんだ。呪いの魔力と使い魔の魔力が過剰反応して対消滅したんだ。さっきサロエ触ろうとして手を引っ込めたの見て、もしかしてと思ったんだが。上手くいってよかった」


 ベルトラさんはサロエを優しく下ろすと、勝利の解説をキメた。


「つい、消滅……」


 サロエは呟くと、ハッとしたように自分の体を見下ろした。それから全身をまさぐり──。


「あああぁァァアアアアぁぁ!」


 絶叫した。サロエのアクセサリーはすべて、きれいサッパリ使い魔とともに消えていた。


 サロエは両手で顔を覆うと、へたり込んだ。そして本当はバンシーだったんじゃないかと思うくらいの勢いで嘆いた。

 ベルトラさんもこれはマズいことになったと思ったみたいで、サロエをなだめようとする。けど、サロエは泣き叫ぶばかり。

 ワタシとメフメトもサロエの所へ。


「自然な悲鳴は耳に心地よいものですが、どうもこれは頭が痛くなりますね」

「なんか精神がガリガリ削られる気がする」


 メフメトはしばらくサロエの背中に手を当てていたけど、やがて首を振ってその手を離した。


「鎮静や導眠の魔法を掛けようとしたんですが、効きませんね。やはり妖精悪魔だからでしょうか」


 ワタシもなんとかサロエを慰めようとするけど、少しも言葉が届かない。とうとうサロエはその場にうずくまってしまった。


「えーと、あの。こんなときに申し訳ありません。ちょっと、よろしいでしょうか?」


 司会の悪魔の声がした。ものっそい気まずそうだ。


「みごと最後の使い魔を倒されましたので、あとは帰還用ゲートの起動コードを入力するだけです」


 奥の壁の一部が反転し、何か出てきた。近寄って見るとそれはキーボードみたいなものだった。文字や数字が並んでる。

 起動キー。ワタシはここへ来てからのことを思い返す。そんなもん見たっけ? サロエの金切り声がヒドくて集中しにくい。


「じつは起動キーを書いた紙がここの広場を挟んで反対側の建物に置いてあったんです」


 ひょっとして……。


「これみよがしに玄関のドアが開けてあって、入ってすぐのテーブルの上にあったんですけど……。先程の火事で焼失しました」


 やっぱり! あー。やっちまった! メダル3個集めてたし、油断してた。

 ベルトラさんとメフメトもサロエをなだめるのは諦めて、ワタシのところへ来る。


「その場合、どうなります?」

「さすがにそちらへ放置はできませんからこちらでゲートを起動します。それでチャレンジ失敗、ということに」

「はあ? ふざけんなよオイ!」


 ベルトラさんが珍しくマジギレする。


「いやですが、最初にヒントを集めてゲートから帰還できたら賞金と……」


 ワタシたちの空気が殺気立つ。


「戻ってきても暴れたりしない、です、よね?」


 ベルトラさんは咳払いすると、調子を確かめるように腰を前後左右に動かした。メフメトは腕を組み、片目を細める。ワタシはどうすれば脅しに見えるか解んなくて、とりあえず自分のツノをクリクリ触ってみた。

 そんなワタシたちの後ろでは、サロエがまだ泣き叫んでる。


 なにやらボソボソ相談してる声が聞こえた。少しして。


「えーと、チャレンジは失敗でしたが、みなさんのおかげで使い魔には根本的な課題? があることが判明したので、その報償として300ソウルズを進呈させていただく、とか? それでいいですか?」


 最後の一言はワタシたちではなく、司会の周りにいる悪魔に向けられたみたいだった。


「えと、で、いかがでしょう?」


 ワタシたちは視線をかわし、うなずいた。

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