番外20︰悪魔の皮の下、すべては正義のために。

 静まり返った部屋の中に、裸の男女がいる。


「もうっ! あんなことやめてくださいよ。恥ずかしかったんですから」

「慣れだよ、慣れ。おまえにもそのうち良さが解るようになるだろ」

「ですが、天使なんですから、ホントは、こんなことしちゃ……」


 声を震わせ、女は黙りこむ。


「あのな、ハイム。悪魔ってのは親しみやすい態度で接してやったほうが警戒を緩めるんだよ」

「ですが、私たちは天使なんですよ?」

「またそれだ。おまえはどうしていっつもそう──」

「ロムシエルさんこそ、そんなだからこんなとこにトバされるんですよ」

「おまえもな」


 グッと言葉に詰まる女、ハイムエル。


「わたっ、私はただロムシエルさんに巻き込まれただけで」

「はいはいそうだな。おまえの世話の方がこっちでの仕事より骨が折れるって、どうなってるんだか」

「それは私のセリフです!」

「そもそも、成果が出てないなら俺のやり方に文句つけるのもいい。けど、今までの大使より俺たちは成果上げてるだろ?」

「ロムシエルさんの場合は成果の出し方が問題なんですよ」

「けどな。俺たちが来てから悪魔たちとの付き合いはぐっとスムーズになったじゃないか。悪魔を悔い改めさせた天使なんて史上初なんじゃないか?」

「あれは神じゃなくて、ロムシエルさん個人を信奉したようなものじゃないですか。バレたらそうとう問題になりますよ。それにあの悪魔、死んじゃったじゃないですか」


 ロムシエルは顔をしかめた。


「まさか悪魔が悔悟したら死ぬなんてなあ。俺はてっきり天使に戻るんだと思ってた。あれは可哀想なことしたよ」


 二人はしばし、死んでしまった悪魔に無言で祈る。


「よし、じゃあ行くか」

「本当にやるんですか? これ、天界に知られたら堕天させられちゃいますって」

「大丈夫だって。堕天には四大天使全員の承認が必要だろ。あの人たちはそこまでバカじゃないぞ」


 あまりに自信たっぷりな口調に、ハイムエルは不安になる。


「前から薄々そうじゃないかと思ってましたけど、ひょっとしてロムシエルさんって四大天使様と知り合いなんですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「そんな天使がなんだってタダの大天使なんてやってるんですか!? ……ひょっとして、見た目が下級天使っぽいから……?」


 普通、四大天使と知り合いともなれば管理側のエリートだ。


「おいおい。この俺の愛らしさが解らないなんて、おまえ見る目ないなあ」

「解るくらいなら、そんな目は潰します」

「そんなに!? とほほ……。まあ、いいや。とにかく俺は現場で輝くタイプなんだよ。上の方で頭が悪くない奴らはそれが解ってるから俺を出世もさせず、今このタイミングで大使にしたんだろ。てなわけでゴチャゴチャ言ってないで行くぞ」

「私は留守番じゃダメですか?」

「俺たちはペアだぞ? ダメだダメだ」


 ハイムエルはため息をついた。そして二人の天使は悪魔に姿を変える。


「うぅ。なんだかこれやるたびに穢れていく気が」

「それには同意だ」

「こんなの前代未聞ですよ」

「だから上手く行ってるんだろ。悪魔もまさか、天使が悪魔に化けて場末のバーに繰り出してるなんて思わないもんな」


 二人は情報収集のため、ときどき悪魔に化けては街へと出かけていた。それは普通の天使にとっては思いつきもしないようなおぞましい行為。

 実際ハイムエルも最初は嫌がって泣きわめき、どうにか変身したら精神的なショックで吐いて痙攣しながら気を失ったくらいだった。


 それでもその苦労は無駄ではなかった。政府から届く報告書や新聞などの刊行物にはない、生きた情報が得られるようになったからだ。その大半は二人にとってゴミでしかなかったが、ついにようやく、大当たりが出そうだった。


 ハッピーバレッティン。しばらく前からバビロニアで出回りだしたこの薬について、報告書は何も触れてない。

 ただ二人はその存在を知っていた。バビロニアでも場末のエリアに出入りしているうち、偶然耳にしたのだ。

 二人の読みではこのクスリには魂の気配が使われてるはずだった。なんといっても両方のもたらす影響が似ている。それに時期も近い。

 仮に別物だったとしても、ハッピーバレッティンは魂の気配の模造品ではあるはずだった。


 魂の気配はロムシエルたちにとって不安材料だった。それは悪魔たちが禁忌である魂の創成を諦めていないこと、それどころか多少の成果が出ていることを意味していた。

 もしこれが出回れば、せっかく魂抜きに慣れてきていた悪魔たちに、再び魂への渇望が生まれかねない。そしてそれは、叛逆の動機にさえなりうる。


 最初はとにかく現物を手に入れようとした。それさえあれば天界で分析に回すことで、いろいろなことが判るはずだった。魂の再現度や正確な作用、本当に叛逆の火種になるのか、あるいは丁度いいガス抜きになるのか。

 ところが政府はあれこれ言い逃れて提供に応じなかった。


 そして今日。粘り強い交渉の末、二人はついにハッピーバレッティンの売人に紹介してもらえることになっていた。

 おまけに、なにか面白い話も聞かせてくれるという。

 その話というのは辺境の村々でハッピーバレッティン絡みと思われる大規模な失踪事件が起きているというものなのだが、今はまだ、二人はそのことを知らない。


「よし、じゃあ行くか。それより見てくれよこれ。より禍々しく見えるよう、角のひねりに手を入れてみたんだ」

「ロムシエルさん絶対悪魔に化けるの、楽しんでますよね……」


 こうして今日も二人は魔都バビロニアの喧騒へと出ていくのだった。

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