方法48-3︰裸族の天使(仲間の目は気にして)

 いきなりトラブルに巻き込まれてないかなんて質問されて、ワタシは動揺を出さないようにするのが精一杯だった。  


「いいえ」

「そうか」


 ロムスは腕を組む。


「いやな? あんたが百頭宮に来てから、いろんなことが起こった。正直、起こりすぎだ。それも、社会的な影響の大きいやつが少なくない。どれもこれも、自分からなにかやったわけじゃないんだよな?」

「どちらかというと成り行きで」

「となると、偶然ってことになる。タニアが魂の気配を公開してソウルコレクターを呼び寄せたのも、争奪大会で古式伝統協会が大きく変わったのも、その他みんな偶然。無関係で、そのわりに影響の大きい事件が連続して」


 このおっさん天使、見た目は好色そうな三枚目キャラっぽいのに、意外と頭キレるんじゃねーの?


「新しい悪魔なんてそうそう増えません。それも擬人なんて特に。そうなると、アガネアの周りに寄ってくる悪魔や組織がいて、トラブルを起こすのは不自然とは言えません」


 これまで黙ってたヘゲちゃんが口を挟む。


「そういう見方もできるし、それなら問題ない。実際、そういうのも中にはあるだろう。けれど影響が大きいのはみんな、昔の悪魔の暮らしを思い出させるものばかりだ。魂の気配は魂が身近だったころを、協会の変化はただ強い者がほかを従えるって社会を」

「他にはそんなのないじゃありませんか。言いがかりです」


 ヘゲちゃんはそう言ってロムスを睨む。


「教導駐魔大使は悪魔の教導と監督、あと再び天界に叛逆を企てないか目を光らせるのが仕事だ。それで、いま言った二つは偶然だろうがなんだろうが、懸念するのに充分な影響を魔界に与えかねない」

「だとしても、こちらの責任ではありません」

「争奪大会の説明会でアシェトがした演説。あれなんかは制圧前の悪魔らしさに戻れって話だろ。天使によっちゃ叛逆を扇動してるってみなしてもおかしくない」

「ですが」


 反論しようとするヘゲちゃんをロムスは止めた。


「もちろん、あんたらの責任だとは言ってないし、意図的だとも言ってない。直接アガネアと話してみて、その可能性は低いと思った。ただ、だからこそトラブルに巻き込まれてるんじゃないかって尋ねたんだ。俺たちが気にしてるのは、これが偶然じゃなかった場合。で、あんたらじゃないとすれば他の誰かだろ」


 たいていこういうとき、冴えないおっさんが急に鋭い雰囲気になるとかあるじゃん?

 セリフだけ見るとロムスもそんな感じで、言ってること鋭い、っていうか実はなにもかも知ってんじゃないの? ってくらいなんだけど、なんか得意げで楽しそうなんだよね。わりとウザい。


「利用されることはまずありませんが、大使は奉仕と教導の一環として悪魔のトラブル解決や悩み相談も受けています」

「神は天使にも困難を与え給うんだよ」

「ロムシエルさんは混ぜっ返さないでください」


 叱られたロムスは首を傾げると眉を上げ、口をへの字にしておどけた感じで肩をすくめた。


「安息日の日曜以外、大使館はすべての悪魔に開かれています。何か困ったことがあればいつでも来るのですよ」


 ハイムはそう言って微笑んだ。



 帰りの馬車の中の空気は最悪だった。


「まさかアガネアが天使とあんなに喋る奴だとは思わなかった」

「私も、なんだかガッカリです」

「いやほら、さっさと話した方が早く帰れると思ったから! 黙秘とかできないし。ね?」

「でも、なあ?」

「ええ。あれはちょっと」


 ベルトラさんとサロエはワタシが天使に反抗的じゃなかったのが気に入らないらしい。


「それにガネ様、天使に向ける目つきがなんだかいやらしかったですし……」

「そんなことないって! むしろ顔だけ見るようにしてたでしょ! ベルトラさんもドン引きしないでください!」

「それはそうと、アシェト様への報告はあなたがしてちょうだい。ベラベラ喋りまくったあげく、天使に目をつけられたなんて。いい? 全部あなたが勝手にやったことよ」

「喋られて困るんなら先に言ってよ。だいたいあれ、ワタシたちのこと相当調べてたみたいじゃん。どうせワタシが話さなくても一緒だったって。むしろ話したおかげで、ワタシたちに責任はなさそうってことになってたし」

「どうだか。天使は天使で狡猾なのよ。どんなワナか知れない」

「考えすぎだって」

「はあ? あのね。ただでさえ私はいま、あなたのおかげで大変なの! おまけに天使まで………………。あー、もー、やってられっかーよー! 任務放棄がなんぼのもんじゃーい!」


 ヘゲちゃんはいきなりそう叫ぶと姿を消した。


「え!? あの、ちょっ。ヘゲちゃん?」


 返事がない。


“へいへいよー。ヘゲちゃん?”


 やっぱりダメ。


「ベルトラさぁん」

「とっ、とりあえず戻ったらアシェト様に遠話しよう。あの家ならあるはずだ」

「念話は?」

「あたし、アシェト様と念話つながってないんだよ」


 家に着き、馬車を降りる。ヤニスは人数が一人減ってることについて、何も言わなかった。けど、出迎えたローザリーンドは違った。


「あれ!? ヘゲさんは? やっぱり出発前のあれ、なにか大丈夫じゃなかったんですね!?」

「いやいやいや、違う。これは違うよ。ヘゲちゃんは急用でしばらく別行動に」

「本当ですか!? 本当の本当に!?」

「本当だって! えーと。うん。ちょっと急に消えちゃっ、てない。走る馬車から降りて」

「そ、ど、え? どういう状況ですか?」


 シナジー効果でテンパりあうワタシたち。するとヤニスが静かにローザリーンドの背後に立ち、手を当てて雷撃を放った。


「あふんっ!?」


 ローザリーンドの全身を構成する、ミミズっぽいやつが硬直する。


「落ち着きましたか?」

「はい」

 

 ヤニスはワタシたちに頭を下げた。


「申し訳ありません。ローザリーンドは少々臆病でございまして」


 ワタシたちがアシェトに遠話したいと言うと、ヤニスは遠話機を持ってきてくれた。

 胃袋にマイクとスピーカー、脚付きの鏡を繋いだような装置だ。

 ベルトラさんが胃袋に手を入れて何かすると、呼出音が鳴った。


「おお、どうした? あれ届いたか?」


 鏡にアシェトの姿が映る。


「なんのことです?」

「いや、まだならいいんだ。遠話はすげぇ魔力食うから手短に頼む。そういや、ヘゲは?」


 ワタシたちは事情を説明した。ここのところ様子がおかしかったことも含めて。


「そうか……。たぶんこっちに戻ってんだろうから、ヘゲには私から話しとく。他は? ない? ん。ん。はい。じゃあな」


 通話が切れる。


「まさかヘゲちゃんがぶっ壊れるなんて」

「働きすぎですかね」

「なんなんだろうな。ただあの人プライド高いから、戻ってきてくれるかどうか……」


 ベルトラさんは胃が痛そうだ。無理もない。これで実質、ワタシ警護の最大戦力がいなくなったんだ。

 おまけにその場で判断できる責任者も不在になるし、経営企画室のメンバーと密に連絡取って指示出す悪魔もいなくなったことになる。観光やお店巡りにも影響が出るだろう。


 とりあえず、ベルトラさんを元気づけよう。そう思ったワタシはある質問を投げてみた。


「いまさらですけど、魔力ってなんですか?」

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