方法46-2︰ぶらり途中下車してる余裕はない(見知らぬ土地は要注意)
ベルトラさんはバビロニアの地図としおり、それとリストを見ながら頭を悩ませてる。リストはベルトラさんがここ数日で作った、滞在中に行く候補の店が載ってるやつ。さっきの質問からすると、どうも全部回るのは厳しいみたい。
サロエはガイドブックを見て、気になる場所かあるたびワタシへ行きたいとねだってる。従者一人じゃ勝手に行けないもんなあ。
ヘゲちゃんはノートに何か書いてる。
「それなに?」
「あなたのスピーチの予備よ。毎回同じ挨拶で済ませるってわけにもいかないでしょ」
ヘゲちゃん大先生の書いたスピーチを読まされるって、それなんて罰ゲーム?
「いや、ちゃんと考えるって」
「それでも念のため、よ」
絶対にぜんぶきちんと用意しようと思いました。
「ところで、バビロニアまでってどうやって行くの? 馬車? 空?」
「市庁舎の転移ゲートよ」
「それって、入って出たらもう着いてるみたいな?」
「そうよ」
「え! じゃあ珍道中パートとかないの!? 行く先々で観光したり事件に巻き込まれたり、旅の仲間増やしたりとか。最終的には20人くらい」
「ないわ。そもそもバビロニアまではここから馬車で1ヶ月以上。飛んでも1〜2週間くらいは掛かるわ。それに道中あなたを狙う誰かに襲われるかもしれないし、それでなくても辻強盗とか魔獣には襲われるはずよ。ナチュラルに」
「ナチュラルに……」
「私だって転移ゲートなんて味気ないマネしたくない。けど、他に選択肢はないの」
マジかー。テンション下がる。そりゃ安全な方がいいし、どうせピンチになったら心底後悔するんだろうけど、でもなぁ。
そして出発当日。厨房のことはライネケたちがどうにかするとかで、特に引き継ぎもなくワタシたちは22時に市庁舎を訪れた。
なぜか一緒に来たギアの会のメンバーに見送られ、簡単な確認手続を済ませ、やたら広く天井が高いけど何もない部屋へ。
その部屋の奥にあるのが……。
「これ、ただの壁じゃね?」
「もちろん。使わないときはただの壁よ」
「はい。じゃいきますよー」
一緒に来た職員が合図すると今度こそ壁がゲートに……。
「やっぱこれ、ただの壁じゃね?」
「もう開いてるはずだけど」
ヘゲちゃんが職員を見る。
「さ、どうぞ。良い旅を」
「だ、そうよ」
「えでも、なんかこうエフェクトとかないの? 光でできた複雑な術式が浮かんだり」
「ゲートは特にそういうのはないの。いちおうはほら、あれ」
ヘゲちゃんの指す方を見ると、壁の左下に小さく輝く緑のランプ。
「あれがついてれば作動中よ」
なんか、とことん味気ないな。ともあれ、壁を通り抜けるとすぐそこが、似たような部屋の中だった。
「バビロニア=オルガンへようこそ。こちらの到着確認票にサインを」
待ち構えてた職員から紙を受け取るとヘゲちゃんがサインした。それでもう外へ出ると、そこはバビロニアだった。
といっても、さすが首都! って感心するほどじゃない。
「あんまミュルスと変わんないですね。歩いてる悪魔は多いですけど」
「ああ。ただし、広さはミュルスの数倍はある。それと、ここからじゃ見えないが北西の方の丘の上に地獄がある」
なんて話してると、一人の悪魔が近づいてきた。
「やあやあこれはこれは。お待ちしておりましたよ。ヘゲ様はお会いするの久しぶりでございますですね。たしか百数十……いえ二百年前くらいでしたか」
それは執事服を着た人型の悪魔だった。唇の少し上からがガイコツになってて、頭の周囲にミニチュアサイズのトナカイみたいなツノがグルリと生えてる。
「アガネア様、ベルトラ様、サロエさん。はじめまして。わたくし、アシェト様のバビロニア別邸を管理しておりますヤニスと申します。お会いできて光栄です」
ヤニスはワタシたちを一台の馬車のところへ案内してくれた。首無しの馬が繋がれてる。
馬車は黒塗りでフチに金の装飾があって、扉のところに百頭宮でたまに見たことのある紋章が描かれてる。
「この紋章って」
「アシュタロト様からアシェト様が引き継いだものでございますよ」
ワタシたちが乗り込むと、ヤニスは御者台に座った。馬車がゆっくり動きだす。
「アシェトの別邸ってことは、ネドヤの城塞みたいなのだったり」
「いや、それはないだろ。たしかこっちに用があるときだけ泊まるとかなんとか」
サロエは珍しそうに窓の外を眺めてる。ヘゲちゃんも反対の窓から、ぼんやり外を見てた。
やがて到着したアシェトの別邸は木造二階建て。普通の家屋よりはずっと大きいけど屋敷っていうほど大きくも豪華でもない。シンプルで居心地の良さそうな建物だった。
「あらためまして、ようこそお越しくださいました。ああ、こちらは女中のローザリーンド」
玄関のところでワタシたちを出迎えてくれたのは、細長いミミズが大量に集まって漠然と人の形になってるような悪魔だった。メイド服を来てる。
「はじめまして。ご自宅だと思って、どうぞゆっくりなさってください」
見かけに似合わず、その声は透明感のあるやたらキレイで涼しげな声だった。
「屋敷の使用人はわたくしたち二人。ご指示どおり臨時雇いは入れておりません。なんなりとお申しつけを」
ワタシたちの部屋は二階の一番奥だった。ちゃんと四人部屋になってる。ここも落ち着いた雰囲気で、快適に過ごせそうだ。
「ガネ様! ほら、ベットがフカフカですよ! こんなベッド実在するんですね」
サロエはベッドにダイブすると、なんか可哀想なこと言ってる。
荷物はそんなに多くないし、ローザリーンドが片付けておいてくれるってことだったので、さっそくやることがなくなった。
時刻は23時半くらい。いつもなら寝るような時間だけど、滞在中は普通の悪魔時間、つまり昼夜逆転生活を送ることになるので寝るわけにはいかない。
「さて、さっそくだがメシ食いに行くぞ。四日後の早朝に政府のレセプション。そっからはもうあまり時間取れないだろ。だからここ数日が勝負だ」
「そうね。せっかく来たのだから、それも成果を出してもらわないと。食べ歩きについては仕事の一環だから、ちゃんと人数分の予算も出るし」
「ねえ。来る前から思ってたんだけど、ワタシあんま出歩かないほうがよくない? タニアのこととかあるし。あと人数分ってサロエも入ってる?」
同列にするような質問でもないけど、サロエは百頭宮のスタッフじゃない。ヘタすると金欠なワタシたち主従にトドメをさしかねない。
「ちゃんとサロエも入れてるわ。あなたを付き合わせるための必要経費ってとこね」
「で、もう一つの質問の方は?」
「経営企画室の調査はほとんど成果が出てないの。それに、今日からはあなたの警備も入るし。けど、ここにいる間にどうにかタニアを引きずり出したいのよ。アシェト様にもそう言われてる。だから私たち、できることはなんでも試してみなくちゃ」
それってつまり、ワタシをエサにタニアをおびき出そうとしてるってことじゃん。まあ予想はしてたけど。
にしてもワタシが死んだら終わりとか言うわりにちょいちょい人命軽視なのは、つい悪魔基準で考えちゃうからだろうか。いい加減やめてほしい。そもそも──。
「タニアってヘゲちゃんとベルトラさんで勝てるの? アシェトといい勝負なんじゃなかったっけ? それともルシファーたちに引き渡すとか? あ、それでも取り押さえなきゃいけないのか」
「悔しいけど、私たちじゃ勝てるかわからない。けど、ちゃんと策はあるの」
ヘゲちゃんの作戦では、まず発見したらサロエの無限ループに閉じ込める。効果はアシェトで証明済みだ。
それからアシェトに転移ゲートで来てもらう。あとは中に入ってもらって、お互い気の済むまで殺りあって、最後に立ってた方の勝ち。
「といっても、アシェト様の勝ちに決まってるけど。あのループ空間は二人にとってほぼゼロ距離。逃げ場のない至近でのノーガード戦ならアシェト様のほうがかなり有利なはずよ」
なにその金網デスマッチ。あ、ユーチューブにオススメされて観たんだよ。いやあ、昔はあんなのあったんだね。……なんでオススメされたのかは知らん。
「そもそもタニアってなんでそんな強いの? ホントは有名な悪魔だとか」
「有名ではないけれど、アシェト様とは古い因縁があるみたいよ。噂では、アシュタロト様を召喚して人間から悪魔になったとか」
そんなんありなのか。っていうかジェロニモかよ。あ、これもね。なんかツイッターで話題になってたからね。うん……。
というわけで、ワタシたちは移動経路にある名所に寄りながらベルトラさんが立てた綿密なスケジュールをこなしていった。ちゃんとサロエの話聞いてて、名所に寄る時間も計算に入れてるんだからスゴい。
ソロモン王と72の悪魔の像があるソロモンおじさん記念公園。人界の多種多様な生物の水死体が釣れる死者の釣り堀。人間そっくりな花が生えてて、その頭をもぎ取れる斬首の花園。
それにしても、ワタシはベルトラさんに言いたいことがある。
1日8食がムリってのは、7食ならオーケーって意味じゃないです。まあなんか食べれたけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます