方法46-3︰ぶらり途中下車してる余裕はない(見知らぬ土地は要注意)

 翌日。19時には起きて、さてそろそろ今日も食べ歩きと観光に出かけようかってところでヤニスが来た。


「ゴイラニ様という方がいらっしゃったのですが、お通ししても?」

「ええ。お通しして。私たちもすぐ行くわ」


 ゴイラニと言えばルシファーの偽名だ。いったいどうしたんだろう。ワタシたちは急いで応接間へ行った。

 すぐにヤニスに案内されて、ルシファーが入ってきた。


「ああ、大丈夫だったか? 急に来て。忙しくて他に時間が取れなかった」


 ヤニスが部屋を出るとルシファーが言った。ミュルスにいたときと同じ中年男性の姿だ。


「もちろん問題などございません。お久しぶりです。ええと、ゴイラニ様?」


 どんなスタンスで接すればいいか、軽く迷うヘゲちゃん。


「ああ、いや。ミュルスのときと同じでいい。あくまでゴイラニだ」

「よくバレずに来られましたね」


 ワタシの質問にうなずくルシファー。


「この姿を知ってる悪魔はほとんどいないからな。それに俺は目立たないようにするのが得意だし。逆にベルゼブブはどうしても目立つから、連れてこられなかった。そんなことしたら大騒ぎだからな。よろしくと言ってたぞ」


 ミュルスにいたときも、誰も正体に気付かなかったもんなあ。よく王族とかが変装してお忍びで街に出るとかいうエピソードあるけど、あんな感じか。


「それで、どうしたんです?」


 いきなりサロエが本題に入る。そりゃまあこの後も過密スケジュールだから助かるけど。


「ああ、いや。せっかく来たんだから、挨拶でもしようと思っただけだ。公の場だとこんなふうには話せないからな」

「そうでしたか。わざわざありがとうございます。ちなみに、こちらの方はなんの進展もありません」


 さりげないのかあからさまなのか、ヘゲちゃんも巻きにかかってる。


「だろうな。こちらもサッパリだ。まあ、簡単に見つかるようなら今まででとっくにバレてたろうからなぁ」


 ため息混じりでしみじみ言う姿は仕事に疲れたおっさんにしか見えない。もっと堂々としてればカッコイイと思うんだけどな。


 なぜかルシファーはワタシをじっと見る。二人で飲んだときのことを思い出して、さらにそこから連鎖でヘゲちゃんのキャラ変を思い出して心がざわつく。あれひょっとしてワタシ、知らん間にモテ期に突入してないか?


 まずルシファーが年上系のおっとりキャラで、ヘゲちゃんがクール系と俺様キャラを兼ねる。頼れるSENPAIはもちろんベルトラさんだろう。

 少し強引だけどサロエは年下のカワイイ系で、あれ? 不思議君もルシファーか? うおぉ! なんでみんなタイプ兼任してんだよ。っていうか正統派がいねぇ!


「ああ、なあ。アガネアそのへん一人で歩かせてみたらどうだ? さすがにタニアもそれなら出てくるんじゃないか」

「それだとタニアのことです。逆に警戒するでしょう」

「ああ、そうか。そうだな」


 このおっさん、人が少ないカードでいかに乙女ゲーのデッキ構築するか悩んでるってのに、そんな物騒なこと考えてたとは!


「方法はともかく、早めにタニアを捕まえてくれるとありがたい。じつはクスリ絡みで大規模な失踪事件が発生してるかもしれないんだ」

「かもしれない、ってどういうことです?」

「僻地にあって、よそと隔絶したような集落や村があちこちあるだろ? 知らない間にできて、知らない間に消えてるようなやつ。ああいうとこの悪魔がどうも失踪してるようなんだ」


 なんでも魔界人別局の職員たちから、担当区域内のそうした場所から急に住民が消えたって報告が続いたらしい。

 マメに見回ってるわけでもないし、たまにあることではあるんだけど、連続してってのは珍しいとか。

 そこで他の地域も調べさせたら、同じように無人になってるところがいくつかあった。おまけにそこの一つで、ハッピーバレッティンが見つかった。


「とはいえ、人別局が把握している集落は全体の一部。比較的人里に近いところにあるやつだけだ。もっと辺境にあるやつだとか、二、三人が長期間野営してる程度のも含めると全体の数はもっと多いだろうし、定住してないグルーブなんかもあるから、全貌を把握するのは不可能だ」


 するとヘゲちゃんがルシファーの言葉を引き継いだ。


「その中のどれだけがいつ失踪したのか。そもそも本当に失踪したのか。同じ理由なのか。その理由も含めて、突き止めるのは無理じゃないでしょうか?」

「ああ、そうだな。それでもあのクスリが発見されたってことは、ハッピーバレッティンがここ以外でも流通してるかもしれないってことだ」

「ひょっとしたらバビロニアより先に」

「そうだ。誰かが何かの意図を持ってやってるのか、失踪とは無関係なのか。他にも可能性を考えだすと切りがないが、とにかく放置しておいてマズいことになるのだけは避けなきゃならない。正直、面倒臭すぎるよこれ」


 なるほど。つまりホントに失踪事件が起きてるのか、ハッピーバレッティンが関係してるのかを突き止めるのは無理そうだし、誰かが何かを企んでるのかも、その企みも解明できそうにないってことか。


「それで、マズいことって何ですか?」

「ああ、そうだな。反乱しようとしてるって天界に思われることだ。それさえなければ、本当に失踪だったとして、消えた悪魔が奴隷にされてようが夕飯の材料にされてようが、どうだっていい」

「じゃあ、何か起きる前に大使に事情を話しちゃったら……?」

「反乱を企んでるっぽいのが誰なのか。悪魔全体なのか、一部なのか。天使どもからすればそこは重要じゃないんだ。そんなのは自治権を取り上げる口実でしかないからな」


 そこでようやく、ワタシは問題の本質を理解する。魔界なんだから新種の麻薬や誘拐事件を取り締まるなんて話じゃない。これは、悪魔の自由が危険にさらされてるかもしれないってことなんだ。


「そういうことでしたら、タニアを問い詰めるのが一番ですね。解りました。アシェト様にはゴイラニさんからお話しください」


 ヘゲちゃんの華麗な押し付けに、ルシファーが露骨に嫌そうな顔をする。


「ああ、いや。あいつ、すごく機嫌悪くなるよな? どうせ見つけしだい、殺す気でいるんだろうから」

「必要な話を聞いたら殺させると約束すれば大丈夫なはずです」

「でも、不機嫌にはなるだろ?」

「ですが、私たちが伝えるよりは確実です」

「ああ、そう、だよなあ」


 ルシファーは胃の痛そうな顔をした。


「それで、ゴイラニさんはなんでそんな話をしてくれたんです?」


 ルシファーを気づかう気も、魔界のトップに対する遠慮もどっかにわざと置き忘れてきたようなサロエが尋ねた。


「ああ、そうだな。タニアを見つけるのがどれだけ急ぎで重要か知っておいてほしかった。それと、こっちで尋問する間もなく殺さないよう釘を刺しておきたかったんだ。あとまあ、愚痴だな」


 こうして諸々の目的を達成したルシファーは帰っていった。


「こりゃあ、難しいことになってきたな」


 ベルトラさんのつぶやきが、今日のスケジュール消化のことなのか、全体的な状況のことなのか、よく解らなかった。

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