番外18︰博士のねちっこい解説と推理

方法46-1で出てきたヨーミギによる推理の全文です。

大切なポイントは方法46-1に出てくるので読まなくても本編に影響はないのですが、読むと色々と捗ります。

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 いくつもの棚に並んだ本。棚のあいだを塞ぐように押し込められた大小様々な研究機材。そうした物のせいですっかり狭くなった部屋で、ヨーミギは独り充実した時間を過ごしていた。

 本を引っ張り出してはメモを取り、また別の本に移り、ときどき手を止めて思索する。

 少し前にアシェトからの頼まれ仕事が片付き、ようやく研究に戻れたばかり。


「こんにちわ」


 聞き慣れた声にヨーミギがため息をつき、本を手に部屋の奥から出てみると、アガネア、ヘゲ、サロエの三人がいた。


「どうしたね?」


 ヨーミギは言いながらも、アガネアに視線を引き寄せられる。

 長くても、あとたったの数十年もすればその肉体は滅び、魂は超希少なサンプルとして自分の手に入る。ヨーミギはそう思うたび、期待に胸が震えた。

 もちろんそんな約束は誰ともしていないが、いろいろ考えると他の可能性はない。ヨーミギは勝手にそう確信していた。なにせ他の誰が持っていても、今の魔界では使い道などないのだ。


 そうなれば部屋をすべてソウルシーラーで覆い、好きなだけ実験ができる。

 魂を使った実験プランを考えるのはヨーミギにとって、最高にワクワクすることだった。いろいろなアイデアが浮かんで止まらない。

 その中には他のフレッシュゴーレムに魂を宿らせて、今のアガネアと比較するというものもある。


「今はなにやってるんですか?」


 アガネアに質問され、ヨーミギは気を良くする。タニアのところにいたときは、こんなこと尋ねられなかった。いつだって進捗を聞かれてばかり。

 こうして自分の好きに研究テーマを決めたりもできなかった。ただひたすら、ソウルシーラーと魂の気配の開発に捧げてきた数百年だった。


 それはそれで面白かったし、得るものもあったが……。


「魂と記憶の関係から一歩進んで、魂と人格について考えておった。おまえさんの宿ってる肉体は意識やなんかを装填する前のフレッシュゴーレム。ということは、おまえさんの人格はどこから来たのか。それは人界のときと同じものなのか、別物なのか。いずれにしても、おまえさんを見ていると、魂にはこれまで考えられてきたよりも多くの役割があるとしか思えん」


 ヨーミギは三人が椅子に座るのを待って続けた。


「魂の質とサイズの決定要因と影響要素についても、ひさびさに研究している」

「以前も研究していたのね?」

「このテーマを一度も自分で研究したことのない魂学者などいない。そして私を含めみんな投げ出す。進展しないというのは魂研究において普通のことだが、これはあまりにも成果が出ない。けっきょく、偶然でしかないというのが大方の意見だよ。しかし──」


 そこでヨーミギはアガネア。を見つめた。


「もしお前さんの魂が本当に推測値くらいの質とサイズなら、自然には存在し得ない。前にそう言ったな? ということはつまり、三つの可能性しかない。ひとつは、あの忌まわしい神がやった。これなら理屈も糞もない」


 神、ということばを口にするとき、ヨーミギは本当に不快そうだった。


「そして誰かがついに人工的な魂の製造に成功した可能性。これは低い。なぜならそれは、すべての魂学者の究極の目標であり、いずれ私が成し遂げるということを差し引いても、あまりに難易度が高い」


 強調するように指を立てるヨーミギ。


「もう少しありそうなことは、誰かが既存の魂を大きくし、強く輝かせる方法を発見した可能性。これでも充分に信じられないが、ゼロから人造するよりは現実的だ。となるとそれをやった悪魔は、魂の質やサイズに影響する因子を見つけたということになる。そこで私ももう一度、研究テーマにしてみようと思ったのだ」

「ええっと、それってつまり、誰かがワタシの魂をいじったってこと?」

「どうやれば影響を及ぼせるか解らない以上、なんとも言えんな」


 ひととおり研究について語り終えて満足したヨーミギは、あらためて用件を尋ねた。ヘゲとアガネアがリレドの解明した術式について説明する。


「魔界への悪魔による魂召喚……」


 ヨーミギは自分のツノを触りながらつぶやいた。考え事をしているときのクセだ。


「つまり、魂学者としての見地から意見が欲しいということかね?」

「ええ。なにかあるかしら?」

「召喚魔法については一般的なことしか知らないんだが……。そうだな。魂学的に正しく、すべてをまとめて説明するようなシナリオを想定することはできるぞ」


 ヨーミギのまわりくどい言葉にアガネアは困惑させられた。


「えと。やってみて」

「ふむ。前提として、人間というのは細胞と呼ばれる小さな粒が集まってできている。そして死に方にもよるが、細胞はすべて同時に死ぬわけではない。多少のタイムラグがある」


 アガネアからすれば常識だが、ヘゲにとってそれは初めて聞く話だった。


「人間の魂は死ねば天使に回収され、行き先ごとに振り分けられる。一般には死ねばすぐ回収されるとされているが、魂学からすると、これは間違いだ」

「え? そうなの?」


 そうなんだ、という顔をしているアガネアの横でヘゲが驚く。


「そうなんだ。まず何らかの理由で“死んだ”となる。この時点で一部の細胞はまだ生きている。このとき、魂は持ち主から外れる。しかし、それが回収されるのはすべての細胞が死に絶えたときだ。ここに若干の時間差がある。このタイミングなら契約してない魂を手に入れて、魔界へ持ち帰ることは可能だ。天使どもはバカだから、そうなると“この魂はそうなることが神のおぼしめしなのだ”なんぞと思って諦めていた。制圧前ならな。戦場なんぞに大勢の悪魔が集まっていたのは、なにもそれと知らずに契約を結ばせるためだけではなかったのだよ。今でこそ無価値になったからこうして話しているが、昔は楽に魂を手に入れる方法として高値で取引されていたんだぞ」


 情報商材というアガネアのつぶやきを無視してヨーミギは話を進める。


「さて、ここからが本題だ。まず、どこかの時点でおまえさんの魂が今のサイズと質になる。次に、死ぬ」

「へ? 生きてるけど? ……え? ひょっとしてワタシ死んでる!? 今ってなんか幽霊的なアレなの!?」


 ヨーミギはアガネアの頭の回りの遅さに頭痛がしそうだった。


「魂を失えばその人間は死ぬ。前にそう言ったろう。だから人界でおまえさんの魂を所有していた人間は死んでいる」

「あ! はあはあ、なるほど。えっ、でも……そうかー。そうなるのか。マジかー」

「元の人間はともかく、アガネアという人間はこうして生きてるんだから、そうショックを受けることもない」

「そりゃそうかもだけど、なんかほら、急に言われると」

「ゴチャゴチャ言うな。なんならここから魂と人格について掘り下げてやってもいいんだぞ」

「あ、はい。それはまた今度ぜひ」

「まったく。とにかく話を戻すぞ。お前さんが死んでから天使が回収に来るまでのあいだに、魔界では術者が魂召喚の魔法を行う。ということはつまり、術者はおまえさんが死ぬ瞬間を知っているわけだ。うーむ。おそらく未帰還者と念話で遣り取りしてタイミングを合わせたんだろう」

「未帰還者?」


 また話の腰を折られて、ヨーミギはアガネアを睨む。


「制圧とき、人界にいた悪魔よ。まだ戻ってこないで残ってるのがいるの」


 ヘゲがヨーミギに代わって説明する。


「あっちとこっちって、行き来できないんじゃあ?」

「常設ゲートで向こうから帰ってくることだけは今でもできるのよ」

「いいかね? それで、召喚魔法は呼び出す方と呼び出される方とをゲートでつなぐ。つまり、途中でおまえさんの魂がフレッシュゴーレムに引き寄せられ事故で宿った、というのは考えにくい」

「たしかに。人形みたいな器を使う召喚の場合、その器となるモノは魔法陣の中央に配置するはずね」

「そうか? ならばなおさらだ。いずれにせよ、その術式はフレッシュゴーレムを入れていた箱の底にでも描かれてたんだろう」

「箱……」

「処分したのかね?」

「ええ」

「それは残念だが、まあ普通は捨てるわな」

「ってことはさあ、ラズロフも共犯ってこと?」

「ラズロフ? ああ、あのゴーレム届けに来た悪魔か。いや、そうとは言い切れない。工房を出てからここへ届くまでのあいだに誰かが描いたのかもしれん。タニアのバックにいる組織はどこにでもおった。あいつらならどうとでもするだろう。召喚魔法も荷馬車の後ろをついて行きながらやったんじゃないだろうか」

「人間の召喚魔法をベースにしてるなら、できなくはないけど……」


 それまで黙って話を聞いていたサロエが口を開いた。


「それって、自分たちの手元にフレッシュゴーレム置いてやるんじゃダメなんですか? そのおかげでこうしてガネ様ここにいるんだから、いいんですけど」

「いい質問だな」

「ええ。いい質問ね」


 ヘゲとヨーミギの態度に、アガネアが不満そうな顔をする。


「フレッシュゴーレムの流通量は少ないの。そんなものを直接買えば、足がつきやすい。ダミーの名義なんかであちこち迂回させれば追いにくくはなるけど、誰かが買ったものを奪うほうが辿られにくいわ」

「魂の宿ったフレッシュゴーレムを一度別の組織、つまり百頭宮なわけだが、そこに保護させることも身元を隠すための細工なのかもしれん。タニアたちは私を含め、それなりの数の研究者を永年に渡って密かに抱えていた。それでいて、それがつい最近まで誰にも露見しなかったくらいだ。隠密工作や隠蔽工作への執念と細かさはかなりのもの。どれだけ面倒なことでもやるだろう。もっとも、今もこうしてアガネアがここにいるのが計算どおりとは思えんがな」

「けどそれって、全部ただの推測だよね?」


 サロエばかり優しくされたのが気に入らなかったのか、アガネアが指摘する。


「だから、すべてをつなげて説明するシナリオを“想定する”って最初にヨーミギ言ってたじゃない」

「そうだ。これはそういう前提で推測を述べたにすぎん。だが科学においては有力な反証が出て来るまで、もっともありそうな説を採用するのが一般的だ。どうだね。私の推理以上に説得力のある話を提示できるかね? あるいは反証を」


 二人がかりで否定され、ムキになるアガネア。


「科学じゃないじゃん。そもそもさっきから魂と記憶とか人格がどうこう言ってるけど、あれおかしいからね?」

「ほう。というと?」

「地獄とか天国とかには魂が行くんでしょ? もし魂に記憶や人格が残ってないなら、そういった場所にいるのは誰なのさ!」


 ヨーミギとヘゲは顔を見合わせた。


「人間にしてはいい指摘かもしれんな」

「そうね」

「ほーら! ほーらね!」

「なにが“ほら”なのか解らんが。あのな。天国でぐうたらしてる奴らも、地獄で責め苦をうけてる奴らも、生前と同じ記憶や人格なのかどうかは実はハッキリしない」

「そう、なの?」

「毎日大勢の人間が死ぬ。その魂は大部分が天使に回収され、天国と地獄に振り分けられる。このとき、集められた魂は天界で巨大な装置に入れられる。すると反対側から天国行きと地獄行き、それぞれのコンテナに格納されて出てくる。このとき、装置がどうやって魂を振り分けてるのか、そもそも中で何をしてるのかは誰も知らん。造った神を除いてな。さらにコンテナを天国や地獄で開封すると、魂はなぜか人の姿になり、それらしい記憶や人格を持つ。この仕組みも未解明だ」

「だからって、魂の持ち主と記憶や人格が変わるって考えるのは不自然じゃないの?」

「反証というほどではないが、おまえさんのように考えるのを疑う要素はある。まず、ムダな運用。神ならば集めたり装置に入れんでも、魂が勝手に天国や地獄へ行くようにできるはずだ。なのになぜ、わざわざ手間をかけるのか。もっとも神の考えることなど誰にも理解できんから気にしても仕方ないのかもしれん。重要なのはもっと別のことだ」

「それって?」

「いくつか報告があるんだ。地獄の異なる階層で、まったく同じ外見の人物を見かける。名前を尋ねると同じ名を名乗り、同じ生前の記憶を語る。そういう死者に出会ったというんだな。しかし地獄で階層を移動するなどあり得ん。信憑性としては噂話のレベルでしかないが、おまえさんのような意見を完全に事実とはできないだけのものではある。もちろん、もっともありそうな説は魂に生前の記憶や人格があるというものだ。私だって基本的にはそう考えている。だが、おまえさんの魂の質やサイズの件で、通説を疑う必要性にあらためて気付かされたんだ」


 話し終えるとヨーミギは咳払いした。

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