方法46-1︰ぶらり途中下車してる余裕はない(見知らぬ土地は要注意)

 解読された召喚魔法について、ワタシたちはヨーミギに意見を聞きに行った。もしかしたら魂学者の立場から、なにか有益な話が聞けるかもしれないから。

 ところが話は思わぬ方向に転がった。ヨーミギは意見を言う代わりに、ワタシに何が起きたのか推理しだしたのだ。

 いやもうその話の長いこと長いこと。最初にワタシがご機嫌取ろうとして“今はなにしてたんですか?”みたいなこと尋ねちゃったのも余計だった。


 ヨーミギの話をまとめるとこうだ。


 まず魂の質とサイズを高められたワタシが人界で死ぬ。そのタイミングで魔界へ召喚されたらしい。それには人界側に残ってる“未帰還者”って呼ばれてる悪魔の誰かが協力してるんじゃないかってことだった。


 それから、フレッシュゴーレムの体に宿ったのは事故なんかじゃなくて、意図的なものらしい。召喚魔法の性質上、そう考えるのが自然なんだとか。これにはヘゲちゃんも同意してた。

 たぶんワタシの入ってた箱の底かなんかにあの術式が描いてあったんじゃないかってことだったけど、もう処分されちゃったとかで確かめようがない。


 なんでわざわざうちに納品されるフレッシュゴーレムに宿らせたのかって言うと、それを奪ったほうが自前で用意するよりタニアたちの身元がバレにくくなるから。結局こうしてバレてんだけどね。


 他にもあれこれねちっこく語ってたけど、とにかく説得力のある話だった。すべてが関係してるって前提だったけど。


 そんなことよりも、だ。ワタシ、人界で死んでるんですってよ? そりゃ異世界転生の冒頭は主人公が死ぬシーンからって珍しくもないけど、いざ自分が死んでるって言われたら、ねえ? しかもここ来てから半年以上経ったタイミングで。

 たしかにヨーミギが前にチラッと“魂が失われた人間は死ぬ”とか言ってたみたいだけど、だからって“じゃあフレッシュゴーレムにソウルインしてるワタシは人界で死んだんだな”なんてことまで思わないでしょ、普通。……思わない、よね?


 ワタシは今、アガネアとして“今日も元気に生きてます。かしこ”ってな感じだからダメージ少なかったけど、それでもやっぱり精神的にクるものが少しはあった。

 おまけにそんなワタシにヨーミギもヘゲちゃんも全然優しくしてくれなかったし。そのくせサロエには甘いし。


 今、ワタシたちは仕事を終えてスタッフホールで休憩中。出発まではあと三日。

 ワタシはバビロニアから届いた“アガネア様ご一行、招待のしおり”とかいうのを読んでたんだけど、なんか思い出したら腹立ってきた。隣に座ってたサロエの猫耳の先っぽを外側にクリンと折ってやる。


「なんですか。やめてくださいよぅ」


 かなり嫌そうだ。すぐに手で直してしまう。そこですかさずまたやる。


「もー。ガネ様!」

「なんか見てたらイジりたくなって」

「そんなこと言ってもダメです。この前も無理にシッポ結ぼうとしたじゃないですか」

「だって長いから、いけそうな気がしたんだもん」

「長くったってそんなことできるわけないじゃないですか。シッポの骨、外れちゃいますよ。今度やったらガネ様の腕を結びますからね」


 なにげに怖いこと言うな。


「いいじゃん。ヨーミギから聞かされた話で受けたショックを癒やそうとしてるんだから。従者たるもの協力してよ」

「そんなときはお酒ですよ。お酒。お酒に甘やかされてください」

「それダメなやつじゃん」


 なんていちゃいちゃしてると、同じしおりを読んでたベルトラさんが顔をあげた。ちゃんと一人一部ずつあるのだよ。


「アガネア。おまえ1日8食くらいはイケるか?」

「ムリです」

「そうか」


 答えると、考え深げにしおりへなにか書き込んだ。たぶんバビロニア大衆食堂視察ツアーの予定を組んでるんだと思う。


 しおりを見ると、滞在期間はニヶ月弱。だいたい三日に一度は晩餐会なり昼食会なりが入ってる。もちろん舞踏会なんかも。そのうちいくつかでは挨拶しなきゃならないらしいし、舞踏会によっては最初に踊る相手の指定なんかもある。

 けど、挨拶はこないだの争奪大会説明会のときのことがあったから、できればやりますって返事しておいてもらった。またあんなフラフラの状態になっても困る。

 パーティー系は順番や開催形態にもけっこう序列やら力関係やら誰ぞの思惑なんかが混じってるらしい。


「最後がルシファーさんでその前がベルゼブブさんってのも意味あるんですか?」

「もちろんだ。途中でやるとその後の悪魔はどういう規模や内容にするか気を遣うからな。お二人の会より豪華すぎてもいけないし、内容がかぶりすぎても気まずい。かといって自分の見栄や格もある。そうなると準備のときに考慮しなきゃならないことが増えるんだよ。それに最上位の悪魔二人の会は一番素晴らしいもののはず、だろ? それを先に出すってのはもったいない。実際はともかく、建前としちゃそういう扱いになるんだよ」

「なんていうか、悪魔って面倒くさいところはとことん面倒くさいですね」

「まだあるぞ」

「いやもういいです」


 さらには観劇やら美術鑑賞やら日中、というか夜間の予定もちょこちょこ入ってる。

 いやあ、なんていうかこう、アガネア・ツアー・イン・バビロニアって感じ。もしくは劇団アガネアバビロニア公演……あ!


「ベルトラさん! 衣装! ドレスないんですけど」


 ステージで思い出した。ワタシのドレスは大娯楽祭のときに大地へ還ったんだった。


「ドレスは今回ないわ。その作業着で過ごしてちょうだい」


 ヘゲちゃんが現れて告げた。


「作業着メーカーからぜひにって」


 あー。ワタシあそこのイメージキャラクターだからか。


「代わりにニューモデルを滞在先の屋敷にたくさん送っておくからって」

「ああ、あのポケット一個増やしたってやつ?」

「そう。あえて宣伝はしないであなたに着させて、興味をひきつけたところで発表するらしいけど……」


 ムダにちゃんとした広報戦術だ。ポケット一個増えたくらいで誰が気づくのか。そもそも作業着にそんな注目する悪魔がいるんだろうか。


「ひょっとしてどっかで作業着流行ってるとか? ワタシ発で」

「聞いたことないけど、その格好を作業着って呼ぶのはあなたからじゃないかしら」

「そうだっけ? じゃあ、元々は?」

「じょうぶなぬののふく」

「……じゃあ、ひのきのぼうと合わせると似合うと思うよ」


 ワタシとヘゲちゃんのあいだにあった、ぎこちない空気はずいぶん薄れてきてる。それでもあの晩のこととか、あのネックレスのこととかはお互い話題にするのを避けてる。相談して決めたわけじゃないけど、なんとなく自然に。


 それに──。


「それは魔法の杖的な?」

「ううん。ただの棒。人界で有名なゲームにそういうコーデがあって」

「そう……。ダメ元でメーカーに提案させてみるわ。もしかしたらコラボとかコンサル料とかに話が拡がるかもしれないし」


 おわかりいただけただろうか? ヘゲちゃんはツッコまないし、ワタシもあんまボケない。ぬののふくとひのきのぼうスタートの話題としては史上トップクラスに真面目で生産的な会話だ。

 なんかこうね。お互いいまいちふざけ切らないというか。

 にしてもヘゲちゃんといい、百頭宮ってコラボ好きだよな。コラボに対するこの絶大な成功法則扱いはなんなんだろう。


 逆もある。


「本当は購入者から抽選で10名くらい、ひのきのぼうであなたをぶん殴れるとか、そういう提案もできるといいんだけど。きっと見ていてスッキリするわよ」

「うーん。身代わり札とか高いからなあ。あと、自動反撃が作動しちゃう設定だから……」

「そうよね。でも、できる範囲でもうひと捻り欲しいところなんだけど……」


 ほら、ね? なにかに引っ張られて、ボケとツッコミが華麗に打ち上がらない感じ。いつもなら二人のテンションがリフトオフにてスカイハイ。空中合体を迫るワタシにドッグファイトを仕掛けるヘゲちゃん、てな感じなのに。我ながら、なんなんだろうと思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る