方法44-2︰いきなり俺の魔導具(効果は事前に確かめましょう)

 ベルトラさんから真剣に尋ねられて、サロエは眉をひそめた。


「どういうことです? 私、店のオジサンに“ご主人様からもっと優しくされたい”って言ったら、じゃあ、いいものがあるよって言われてこれを……」

「高かったろ」

「はい。いつも買い物してくれてるから、分割でいいって」


 おい。毎回サロエに呪われたアクセサリー掴ませてんのはそいつか。というかその前に言わなきゃならないことがある。


「ワタシ、サロエにかなり優しいと思うんだけど」

「もちろん今でもガネ様はすごい優しいですよ。でも、何事も現状で満足しちゃダメなんです。もっと高みを目指さないと」


 それ意識高いんじゃなくて、たんに甘やかされてつけあがってるって言うんじゃなかろうか。


「あー。で、だな。もしかしたら間違ってるかもしれないが、これたぶん着けたやつの性格が変わる魔導具だぞ。どう変わるかまでは思い出せないが……」

「そうなんですか? なんでそんな」

「もっと優しくされたい。つまり今の主人は冷たくて薄情だと思われたんだろ。性格変わればどう転んでもそれよりはマシになる。店のやつに悪意がないって前提ならな」


 目に見えてションボリするサロエ。


「さすがにこれは返していいと思うぞ。なんならあたしとアガネアも一緒に行ってやるから」

「すみません。そうします」


 サロエはベルトラさんからネックレスを返してもらうと、ベッドに置いた。


「魔導具を過信してはだめよ」


 いきなりドアを開けてヘゲちゃんが入ってきた。


「とはいえ、使い方によっては便利なのも確か。たとえばこれ。さっき届いたの。まあ、便利かはともかく護身用よ」


 ヘゲちゃんは小さな銃みたいなものを持ってる。


「なにそれ?」

「説明するより見せた方が早いわね」


 そう言うと、ヘゲちゃんはいきなりサロエを撃った。


「ヘゲちゃん!?」


 見れば銃口からは赤いロープが伸びてて、その先端に小さな金属の球がついてる。


「ちょっとヘゲさん急に何するんです──あれ?」


 ヘゲちゃんがおかしなこと言いだした。あ、これ初めて見るけどあれか。


「バロウスのヒモ。意識交換の魔導具だ。珍しいものじゃない。人間でも使えるぞ」


 やっぱり。


「両端に触れた悪魔同士の意識を交換するんだ。といっても効果は5分くらいだし、強い悪魔とムリヤリ交換することはできないし、用途は限られてる。たとえば傷つけ合ってるときに、お互い入れ替わってみる、とかな。ウチの店でも無料オプションで借りられる。もとは戦闘中に相手と入れ替わってスキを作るために開発されたらしいが、ひもの先に重りつけただけの造りだからな。そうそう当たるものじゃない。これは初めて見るが……片側を射出機にすることで当てやすくしたのか。アイデア商品だな」

「へぇ」


 ワタシは床に落ちてた金属の球に触れる。すると次の瞬間、ヘゲちゃんの中に入ってたサロエと入れ替わってた。


「わー。ホントだ」


 ワタシはヘゲちゃんの体を見下ろす。よし、こうしちゃいられない。ヘゲちゃんの記憶を盗み見て……あれ? あ、なるほど。なにを憶えてるか判らないと思い出せないのか。

 じゃあ、監視機能でアシェトの様子でも……これもダメなの?


「意識入れ替わったからって、ヘゲちゃんの能力が使えるわけじゃないんですね」

「そりゃそうだ。どうやってやってるのか解らなけりゃムリだろ。まあ、身体能力は入れ替わったやつのままだから、そっちは有効だろ」


 ワタシは軽くジャンプしてみて、あやうく天井にぶつかりそうになった。なるほど。ギャップありすぎると力加減が難しいな。


 あれ? そういやその本人は? 見ればヘゲちゃんは体を丸めて横になってた。


「どうしたの?」

「体が……異様にダルくて。それに……気が滅入って」


 ボソボソと暗い声で呟くヘゲちゃん。ひょっとしてそれ、サロエがオニのように呪われてるせいなんじゃ……。んん? ふむ。


 ワタシはなるべく自然な感じでサロエのベッドに置いてあったネックレスを取ると、すぐ首にかけられるようにした。


「ヘゲちゃん。これが何か解る?」


 ヘゲちゃんが体のコントロールを取り戻そうとして球に触れるのと、ワタシがネックレスを首にかけるのは同時だった。


 ううっ。おっ。あ……。ワタシはサロエの体に移動した。なにこれ……。尋常じゃない体のダルさ。それに、急速に生きてるのがヤになってく。

 ワタシもさっきのヘゲちゃんがしてたみたいに、体を丸めて横になる。サロエ、よくこんなんで普通にしてられんなあ。異常者か。

 なんか話し声が聞こえるけど、どうでもいい。とにかくもうこのまま死にたい……。


 フッ、ともとに戻った。目の前にサロエがいて、ワタシは意識交換銃を持ってる。


「ガネ様っ!うしろ、うしろ!」

「え? なに?」


 振り返ると目の前に近づいてくるヘゲちゃんの顔があった。目の前?

 ワタシは強引に体ごとヘゲちゃんの方を向かされる。


「え、ちょっ、なに?」


 そのまま胸ぐらをつかまれて──。


「!?」


 キスされた。反射的に頭をそらして腕を突っ張って逃げようとしたけど、いつの間にか背中と後頭部に手を回されてて体が離せない。


 口の内外に多種多様な感覚があって、ふとヘゲちゃんの顔が離れた。


「ちょっとどういう──ここどこ?」


 いつの間にかワタシたちは見知らぬ部屋で二人きりになってた。転移したんだ。


 ヘゲちゃんはいつもの切れ長な目をさらにキレッキレにして笑った。やだなんかカッコいい。


「本当はこうなりたかったんだろ?」


 いつもより、ほんの少しだけ低い声。ドン、と壁に背中を押し付けられ、ワタシの脚の間にヘゲちゃんの脚が割って入る。


「ちょまっ、ダメだって」

「ダメ? なにが?」


 ヘゲちゃんは自信たっぷりに言うと、またキスしてくる。あかん。キス価が暴落しとる。


 両手首はヘゲちゃんの左手につかまれてて自由にならない。体をねじって逃れようにも、がっちり押さえられててほとんど動けない。ヘゲちゃんが耳元に口を寄せる。


「オレじゃ、嫌か?」

「お、お、オレ? あ、嫌とかそういうことじゃなくて」


 唇でそっと耳を噛まれた。


「これから好きなだけ声出してもいいんだぜ。ここなら誰も来ない。オレとおまえ。二人きりだ。大丈夫。人間式でしてやる。オレがおまえを傷つけるわけ、ないだろ? それだけじゃない。いつだっておまえのことはオレが護ってやる」


 凌辱キャラなのかオレ様キャラなのか、どっちなんだこれ。


 ひとつ。ヘゲちゃんが作業服のボタンを外す。ふたつ。


 あややややややややい。落ち着け。我に返るんだワタシ。ヘゲちゃんとこういうことになって、今のお気持ちを聞かせてください。

 えー。いろいろありますが、ヘゲちゃんに後から過ち扱いされるのが嫌です。ナイス! ナイス乙女感性!


 しかしとうとう最後のボタンが外されようと──。


 鈍い音がして、急に押さえつける力が抜けた。そのままヘゲちゃんはズルズルと崩れ落ちる。その向こうに立ってたのは。


「アシェトさん!」

「なにやってんだおまえら?」


 呆れた声だ。


「ベルトラとサロエが血相変えて飛び込んできたから、何事かと思ったじゃねぇか。唇食いちぎられたんならともかく、キスだろ? そんなら大丈夫だっつったんだけどな」


 アシェトは倒れたヘゲちゃんを片手で軽々と担ぎ上げる。


「ほら、帰るぞ」

「ここ、どこですか?」

「例のプールとか地下闘技場よりずっと下。今は使ってねえエリアだ。……やっぱ、邪魔しちまったか?」

「いえ。ありがとうございます」

「そうか。おまえのこったから、まんざらでもねぇのかと思ったんだけどよ」

「性格変わる魔導具のせいなんで、ヘゲちゃん不本意でしょうから」


 アシェトは空いてる手で器用にネックレスを外し、ライムグリーンの貴石を見て微妙な顔をした。


「あー。これか……。このデザインは……。不本意、なぁ。うーん。まあ、そう、だなあ」


 そしてアシェトはワタシにネックレスを投げてよこした。


「これがなんなのか、知ってるんですね」

「性格変えるやつだろ」

「どう変えるか、知りませんか?」

「いや、そこまでは知らねぇな」

「本当ですね? どう変えるか知ったワタシとヘゲちゃんがあたふたしてるの見るのは楽しいと思いますよ」


 アシェトともそれなりに接してるから、どうすれば乗ってくるかは解ってる。

 思ったとおり、アシェトはかなり悩んでるみたいだった。これじゃくわしい効果を知ってるって認めたようなものだ。ワタシはじっと待つ。


「あのな。私が楽しめそうだからじゃねえ。おまえのためでもねえ。むしろ、おまえは知らねえ方が楽だろう。ただ最近、こいつのこれまでについて思うところがあってな。だからこれは、ヘゲの成長のためだ。いいか。このネックレスの効果はな────」

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