方法43-4︰呼ばれて飛び出てくれないか?(権力には従いましょう)
天井と壁に金箔が貼られ、家具や調度品もすべて純金製。イスの背もたれや座面なんかのクッションでさえ金糸で織られてる。
その名も黄金の個室。ウチの中でも一番利用料の高い部屋だ。
ド派手でゴージャスな金ピカの部屋かと思いきや、そんなことはない。金の表面はどれもザラッとした加工がしてあって、部屋の照明は四隅とテーブルに置かれた大きなロウソクだけ。マットに輝くかなりシックな雰囲気だ。
壁にぐるりと、一人の男が死んだとこから腐敗して骨になるまでをリアルタッチで描いてあるあたりが悪魔趣味だけど。
そんな部屋にワタシはルシファーと二人きり、差し向かいで座ってた。仕事中に急に呼び出されたんだけど、どうしたんだろ。
……なんてね。解ってるに決まってるじゃん。こんな勝負部屋に男が女を呼び出す。豪華な食事とお酒。となれば口説こうとしてる以外の何があるってのさ。
きっとあれだ。洞窟で会ったときにワタシのミステリアスな雰囲気が強く印象に残って、部屋で会ったときに“洞窟で会った謎の女”がアガネアだって知って、あとはもう……ね?
いやでも困ったな。悪い気はしないけど、どうやって穏便に断ろう。だってほら、ワタシ人間だからオーケーするわけにも。あでも、何かのはずみでワタシが本当は人間だって知って、それでもキミを愛す的なことも。……う、そ、だ、よっ! さすがにそんなラブが芽生える超展開はない。緊張のあまり長々と現実逃避してただけです。
「このたびはワタシのような悪魔がこのような機会を賜りまして、大変光栄です」
とりあえずベルトラさんが教えてくれた“これさえ憶えりゃ間違いない! 鉄板マナーフレーズ”を繰り出してみる。ちなみに教えてくれたのはこの一つだけ。
「ああ、いや。いつもどおりでいい」
「はあ。そうですか」
会話終了。なんかやたらと高そうなスパークリングワインが運ばれてくる。あと、なんかお皿の上にスプーンが五つ並んでて、それぞれに一口サイズの料理が並んでるやつ。
えーとこういうのなんだっけ。思い出せないとベルトラさんに叱られそう。あ、アミューズ・ブッセだ。
「どうしてワタシを?」
「ああ、そうだな。ホストやホステスにもてなされて食事をする気分じゃないが、一人で食べる気にもなれなかった」
「アシェトさんは?」
「今日はアシェトに説教されながら食事する気分でもない」
ってことは、アシェトに説教されながら食事したい気分の日もあるのかこの悪魔。ハイセンスだな。
「ん? ああ、いや、そうか。そうだな。ハッキリ物を言ってくれるやつなんて、ベルゼブブかアシェトくらいしかいないんだ」
ルシファー様、ワタシの心を!? ホントに読まれてたときが怖くて、微妙に敬称つけてみる。
「招待の返事ももらえたことだし、明日にはここを出る」
ルシファーにはアシェトから返事をしてもらった。お互いに準備があれこれあるので、出発は1ヶ月後。
「そうだ。ベルゼブブから伝言を預かってるぞ。協力に感謝する、だそうだ」
「ワタシに?」
「ああ。あれ、おまえが送ってくれたんじゃないのか?」
“へいへいよー。ヘゲちゃん、ひょっとしてケムシャの死体、ワタシ名義で送った?”
“ええ。アシェト様が恩を売らせてやれって”
“そ。ありがと”
なるほど。心臓に悪い。
「どうした?」
「いえ。なんでもありません」
「そうか……」
食事が進む。ルシファーが頼んでてくれたみたいで、今日はコース料理だ。適度なタイミングで給仕が新しい料理を持ってきて、空になったグラスや皿を下げる。
給仕をしてる悪魔のことは見覚えがある。さっきから部屋に入ってくるたびいちいちワタシのことチラチラ見てくるんだけど、これひょっとしなくても、なんか噂になるんとちゃうか?
「ハッピーバレッティンのことは聞いただろ? 俺の方はさっき、タニアから届いた動画を見せてもらった」
給仕が部屋を出たタイミングで唐突にルシファーは言った。
「はあ」
「あれを観て、ようやくおまえがバビロニア行きを渋る理由が解った。タニアの報復が心配なんだろ?」
「ええ、まあ」
ワタシは気のない返事をしたけど、心の中では“やめて思い出させないで!”って叫んでた。
だってさあ。あのカプセルん中のメッセージ。粘着されてるどころの話じゃない。安全なここから出て、そんなやつが待ち構えてるかもしれない場所になんて本当は行きたくない。
けど行きませんわけにもいかんませんので、ここ数日はなるべく考えないようにしてるのだ。(動揺して日本語がアレに)
「ああ、たしかにタニアは擬人というだけでなく、しぶとさが尋常じゃないせいで実力以上に厄介らしい」
うん。なんかね。そんな気はしてた。あんまり接したことないけど、タニアって殺しても殺しても死なずに棚1列分くらいシリーズ化したり、内容の違うビギニングが3本くらいあったり、原題違う無関係な作品が同じシリーズみたいな邦題つけられたりしてそうな感じはある。
「こちらとしてもタニアを捕まえたくはある。だから目立たない形にはなるだろうが警備体制には万全を期すつもりだ。それで少しは安心してバビロニアに来られそうか?」
「はい。それは心強いです」
どうもアシェトと五分くさいタニアにどんな警備が有効なのか気にはなるけどね。
「ああ、そうか。なら良かった」
ん? その少し気の抜けたような微笑みはなにかな?
「おまえは本当に不思議な悪魔だな。これまでのことだけじゃない。普通の悪魔ならよほどの階級でもない限り、俺と二人きりで食事なんてことになれば緊張してうまく喋れない」
いやワタシめっちゃ緊張してますけど。さっきから手汗がヒドい。なんの物質化現象かと思うくらい。たぶんいま、拳を作ってグッと力入れたら、何もないはずなのに手からポタポタ水が! ってなりかねない。
「ああ、いや、多少は緊張してるのかもしれないな。それでも、擬人とはいえ男爵でさえない平民の悪魔とは思えない」
もうなんなんこのお方。実際にワタシの心を読んでおらっしゃるだろか?(慌てて敬語を使おうとして、半分だけ成功)
よし! ここへ来る途中でヘゲちゃんの教えてくれた“楽しいテーブルマナーことわざ編”を使ってみよう。ちなみにワンフレーズしか教わってない。
「寛大さに勝る自白剤なし、です」
これ、何を思って教えてくれたんだろ。
「いや、俺は寛大じゃない。たまたま細かいことが気にならないだけだ。サタン様のスケールの大きさを、多少なりとも受け継げたのかもしれない」
あれでしょ? サタンが封印されるとき、自分の一部から作ったのがルシファーっていう。ベルトラさんで予習してなかったら、話についてけないとこだったよ。
「でも、ルシファー様ってなぜか安心して話せる気がします」
ベンチャラ企業。虚業です。あ、いや、これは冗談。ベンチャー企業とおべんちゃらを掛けてまして。ワタシは実直な女です。決して心読まれてたときに備えた思考ではありません。って、なぜこのタイミングでフフって笑うんですか!?
「寛大さとは少し違うが、おまえの方は気さくな悪魔だって聞いてるぞ」
「どのフィナヤーからですか?」
「フィナ……ああ、そうだな。おまえの翼賛会の会長。あいつもそうだし、他の悪魔も言っていたぞ。アガネアさんは擬人なのに分け隔てなく接してくるって」
“接してくれる”じゃないところに何かある気がする……。
その後もポツポツ喋りながら、食事が進んでいく。やがてデザートが終わって、今はチーズとブランデー。念のため、呼び出されたときベルトラさんが軽く引くくらいゴクゴクとオリーブオイル飲んどいてよかった。でなきゃ酔いが回ってたかもしれない。
会話は当たり障りのないものだった。機密事項でも多いのかルシファーはあんまり自分のこと話せないみたいで、ワタシのことを多く聞かれた気がする。
全体にリアクションはさりげないけど好意的で、こんなに褒められたり感心されたのはギアの会のメンバー以外だと初めてかも。やっぱワタシの魅力って、解る人には解るもんなんだなぁ。
「ああ、もうこんな時間か。よければ俺の部屋に来ないか? おまえとはもっと話がしたい」
あ! これ口説かれてるやつだ! これまでのルシファーの言葉の数々や視線が急に別の意味を持つ。まさかのラヴ超展開。いや、ラヴくなくても口説けるか。どうしよう!?
あとなんか天井がミシミシいいだしたんだけど、ヘゲちゃんのそれはどういうリアクションなの!? 処女友が抜け駆けしようとしてることに嫉妬でもしてんの!?
「あの、もちろんお誘いを断るわけなんてなくて、喜んでるワタシが今ここにいるんですけど、そろそろ就業時間なので上司にひとこと言っておく必要が、あ、念話が通じてなくてですね」
アバアバするワタシを見て、ルシファーはクスッと笑った。おっさんなのに。
「ああ、いや。冗談だ。おまえは妙に人間くさいせいか、つい困らせたくなる。なるほど、サタン様は巧みに悪魔を造られるものだ」
なっ。なぁんだ。冗談ね。あー。いやマジでどうしようかと思った。悪魔的なメイクラブに及んだりしたらワタシが壊れちゃうというか死亡するとこだった。
天井から聴こえてた家鳴りもピタリとおさまる。
「と、いうことにしておいてくれ」
ルシファーはそう言ってニヤリとした。なかなか翻弄してくるじゃないの。
後日、“超VIPの悪魔がわざわざ遠方からお忍びで来たのにアガネアがフッた”ってゴシップが流れ、さらに尾鰭がついて最終的に尾が10本、鰭が20枚くらいの大怪魚にまで育ったという。
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