方法43-3︰呼ばれて飛び出てくれないか?(権力には従いましょう)

「ハッピーバレンタイン?」

「ハッピーバレッティン」


 ワタシとベルトラさん、サロエにヘゲちゃんはアシェトの執務室にいた。“アガネア、バビロニア招致問題”について対応を話し合うってことだったんだけど。


「このごろ、バビロニアで密かに出回ってるクスリの名前だ。飲んだやつに活力と自信を与え、強烈な多幸感もある。ただし、効き目が切れると反動で気分が落ち、強い常習性、依存性もあるってアホなシロモノだ」

「それ、麻薬じゃないですか」

「魔界初の悪魔用麻薬ってことになる」


 アシェトはテーブルの上に灰色の小さなカプセルを置いた。


「中は空だけどな。この話も、このカプセルも、ルシファーのヤツの土産だ」


 アシェトが聞いた話だと、ハッピーバレッティンはおそらく3〜4ヶ月前くらいから流通しだしたらしい。人目につかない所で売買されてて、麻薬らしく末端の売人を捕まえたところであまり上までは辿れない。


 おまけにこのクスリが関係してるっぽい殺害事件も一件起きてる。

 被害者は狭いバーで急に隣の見知らぬ悪魔から殺され、腹を裂かれて胃を食べられたらしい。殺した方の悪魔は胃を食べると恍惚とした表情になって、しばらくは声をかけても反応しなかったんだとか。

 魔界に殺人罪はないから、普通ならそれはそれだけの話で終わるはずだった。けど、被害者の持ち物からハッピーバレッティンが見つかって事態は一転。犯人は警察に捕まり、取り調べを受けることに。

 けれど犯人は殺害前後のことを憶えてなくて、ただ頭がぼんやりして気がついたら隣で悪魔が死んでたって言ってるらしい。


「被害者が服用してたんですか? 逆じゃなくて?」

「ああ。ちなみにこのカプセルの中身な。魂の気配を水かなんかで薄めたヤツって話だ」

「てことは、そのカプセル……ソウルシーラーですか?」

「これで、なんで飲んだヤツが襲われたか解ったろ」

「犯人は魂の感受性が高い悪魔ってことですね?」

「つまり」


 ベルトラさんが会話に加わる。


「つまりタニアの新規事業ってのはこれのことですか」

「だろうな。魂の気配、タニア。だから中央はこの件に目をつけた」

「ですが、なんだってアシェトさんに?」

「カプセルん中、見えるか?」


 アシェトさんはほっそりした長い指でカプセルを二つに分けた。ワタシたちが中を見ると何か書いてある。文字、かな。小さくて読めない。


「親愛なるアガネア。いつかキミの手元にもこれが届くことを願う──。押収品のうち、中を確認したヤツには全部そう印刷してあったそうだ」

「そりゃまた……あからさまに巻き込もうとしてますね」

「さすがに大娯楽祭の件はみんな知ってっからな。アガネアが一枚噛んでるなんて考えるトンマはいねぇ。けど、タニアがおまえにご執心ってのは確かみてぇだな」

「でも、なんでワタシなんか。むしろもう、誰それレベルでもおかしくないと思うんですけど」

「んなわけねぇだろ。おまえがいなきゃ、大娯楽祭の結末は全然違ってただろうが」


 そうだよね。恨まれてるよねワタシ。たぶん。


「天使どもが会いたがってるのは本当だろう。けどな。おまえがバビロニアに来りゃ、くそタニアを引きずり出せるかもしれねえ。ルシファーはそいつも期待してるみたいだ。ったく。ベルゼブブのダンタリオンといい。あいつらお前のこと、釣り餌かなんかだとでも思ってんじゃねえか?」


 アシェトはカプセルを一つに戻すと、手の平で転がした。


「最初はな、引き延ばすか行かずに済ます方法を考えようかと思ってた。けどよ、ルシファーにこの話聞いて考えが変わった。こいつはタニアをぶっ殺すチャンスだ。そのための用意をして、アガネアをバビロニアに行かせる」


 まあ、そうなるよね。今回ばっかりは元々ワタシもバビロニア行きは避けられないって考えてたし、ゴネるつもりはない。


 なんとなくだけどルシファー、こうなること予想してたんじゃないだろうか。


 そもそも中央にとって重要なのは魂の気配の製造プラントとか製法を手に入れることで、ホントはタニアのことなんてどうでもいいはず。

 で、ワタシたちを巻き込めれば自分たちの欲しいものが手に入る確率は勝手にアップする。

 こっちがさっさとタニアを始末して製法もプラントのありかも闇の中、なんてことさえ避けられれば、ルシファーたちにとっては美味しい話だ。


 あ……。ワタシはルシファーの言葉を思い出す。


“全体として、悪い滞在にはならないはずだ”


 あのとき、なんか回りくどい言い方すんなあと思ったんだよね。キャラ付けかと思ったら……。ぐぬぅ、あのしょぼくれ中年め。



 その後も話し合いは続いて、ワタシの他にサロエ、ヘゲちゃん、ベルトラさんが同行することになった。

 サロエは従者だから当然として、ヘゲちゃんはアシェトの名代。それはいいとして、ベルトラさんをどういう名目で同行させるかでみんな悩んだ。だってほら、なんで来るのか尋ねられて答えられないとマズいじゃない。


「護衛じゃダメですよね?」

「どこの世界に護衛つける擬人がいるんだ。逆にあたしの方が恥ずかしいぞ」

「ベルトラがいないとアガネアの精神が不安定になるとか」

「それな! けど、それだと信じてもらえなさそう」

「否定はしないのね……」

「視察じゃダメなんですか? リレドさんたち、たまにやってますよ」

「ライネケならアリだろうが、あたしんとこはスタッフ用食堂だぞ。視察してどうするんだ」

「いえ、それでよさそうよ。バビロニアにある大衆的な食堂やバーを視察して、今後のメニューづくりに役立てる。レポートも書いてもらって、第1厨房のカジュアルラインアップの参考にもしてもらう。これなら説得力があるんじゃないかしら」


 これでベルトラさんが一緒に来る理由もできた。あとは経営企画室を別働隊として丸ごと派遣。いまバビロニアでタニア捜してるチームと合流してハッピーバレッティンの線から調査させることや、滞在中はバビロニアにあるアシェトの屋敷を宿にすることなんかが決まった。


 ひょっとして出たとこ勝負の行き当たりばったりじゃないのって、今回が初めてなんじゃないだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る