方法42-4︰密着アガネア24時(ヤラセと演出は違います)
連続殺人鬼を殺してもらうとか言われて、ワタシは動揺した。そのせいか、普段ならやろうと思ってもできないことをしてしまった。
“へいへいよー。ヘゲちゃん、どういうこと?”
「暴力的なことは封印してるんで」
念話と普通の会話を同時にしたのだ。
“問題ないわ。ちゃ……”
「……っていうと大袈裟ですが」
二人から同時に返事されて聞き取れない。
“もう一回言って”
“ちゃんと準備はしてある。心配しないで。安全よ”
つまりシリアルキラー自体が百頭宮の仕込んだヤラセってことかな。
「で、なんて?」
「百頭宮さんの紹介なんですけどね、街からしばらく行ったとこの洞窟にシリアルキラーがいるって話なんですよ。もちろん暴力NGってのは知ってますから、殺すってのは言いすぎでした。ただちょっと行って、会ってきてもらえれば充分です。相手もまさか擬人に手を出したりはしないでしょう」
「けどこれ、ワタシの休日に密着するって企画なんでしょ?」
「ええ。でも、一日ここの中だけじゃ山場がないっていうか。もっとこう、迫力のある場面がほしいんです」
そこで百頭宮と相談して考えたのが“慰問”ってことだったらしい。
「シリアルキラーなんて厄介な奴を気にかけて、ときどき休みの日に様子を見に行く。心優しいっていうんですかね。“三界に恥ナシノ”って言われてるアガネアさんの性癖にピッタリでしょう」
性癖言うな。まあでも、心優しいってのは悪魔にとってかなり特殊性癖なんだっけ。
ってなると慰問に行くのはかなりの変態行為を人前で晒してるようなもので恥ずかしい。
「倒錯的な方が話題性は増しますからね。出会ったら暖かい言葉を掛けたりして励ます感じでお願いします」
こうして、ワタシたちは場所を変えることになった。
着いた先はミュルスの町外れから馬車で20分ほど行ったところにある、高い丘のふもと。洞窟の入り口がある。
向かう途中、ヘゲちゃんに念話で質問したところ、悪魔のシリアルキラーってのは悪魔殺しに強い快楽を覚える悪魔なんだとか。悪魔の愛情表現は傷つけ合うことだから、それが一方的に行き過ぎてるというか。
“普通はどこかで返り討ちにされるか、仲間に報復されるかで、ほとんど生き残ってないけど”
洞窟の横には真新しい石碑があった。
“注意
この洞窟には“舐メ殺シ”モルドというシリアルキラーが閉じ込められています。
モルドは口であれなんであれ、開口部から舌を差し込み、内部を舐めとって殺すことに無上の悦びを感じる強力な悪魔です。正気を失っていると予測され、むやみに足を踏み入れると大変危険です。”
もしこれが仕込みじゃなければ、うっかりしたらワタシは猟奇系エロ漫画のヒロインみたいになりかねない。
それにしてもこんな新品みたいな石碑、怪しくないか? 取材スタッフたち仕込みだって知らないみたいなのに。
「わざわざ状態固定の魔法が掛けてあるみたいだし、ここで間違いなさそうですね。いやあ、今時シリアルキラーなんかが本当にこんなとこで生きてるのか心配してたんですけど、これなら納得です」
編集者が言う。なるほど。そういうふうに考えるのか。
こうしてワタシたちは洞窟へ入った。先頭はワタシ一人。距離をずっと空けて取材スタッフとフィナヤー、サロエがついてくる。
中は魔法の光でぼんやりと明るかった。かなり広いみたいで、あちこちに道が枝分かれしてる。ワタシは万一にも転んだりしてケガしないよう、慎重に歩く。
そうしてしばらく歩き回ってると、角を曲がった先で急に道幅の広くなってるところに出た。目の前は三つに道が別れてる。そこに一人の悪魔がいた。
悪魔は人型か、擬人らしい。背が高く、がっしりした体付き。アゴに髭が生えてて、顔立ちも力強そうでなかなかカッコいい。年齢は30代後半から40くらいに見える。
モルドか!? と思ったけど、様子がおかしい。いや、この場合は様子が正常だ、の方がいいのかな。
悪魔はワタシを見ると、穏やかな声で話しかけてきた。
「百頭宮の擬人アガネアという悪魔を探してるんだが、おまえか?」
へ? 驚いて思わず首を横に振る。
「ここに来てるって言われたんだが……。見かけなかったか?」
「いえ、知りません」
「そうか。いや、いいんだ。もう少しこの辺を探してみる」
悪魔はそう言うと、歩き去ろうとして足を止めた。
「ああ、そうだ。ここには危険なやつが潜んでるらしいから、気をつけた方がいい」
「モルドですよね」
「知ってるのか。ああ、そうか。入り口に書いてあったな。ひょっとして駆除に来たのか。これは悪いことを言ったな」
一人で納得すると、悪魔は左の道へ去っていった。なんだったんだ。
そのとき、正面の奥からけたたましい笑い声が聞こえてきた。
正気とは思えないタガの外れた笑い声とともに姿を表したのは、一人の悪魔。長大な蛇の体に様々な動物や昆虫、人の脚を無数に生やし、頭はグロテスクな人間のもの。たぶんこいつがモルドだ。
モルドは狂った笑いを上げながら、猛スピードで接近してくる。迫真の演技だ。
残り90メートル……80メートル……70メートル。
ほほう。謎の新キャラ登場イベントからの強制戦闘か……。って、ムリムリムリムリ! フリって解っててもあんなの棒立ちで出迎えるなんてできない。
ワタシは振り返って逃げ出そうとして──。
「ほわあっ!?」
びっくりして尻餅をついた。尾てい骨を岩にぶつけて痛ぇ。心臓バクバクいってる。
目の前に全身黒ずくめ、青白い顔をした不気味な少女が立ってたのだ。
“大丈夫。私よ”
「へっ、へへへ、ヘゲちゃん?」
“そう”
「なんだって」
念話に切り替える。
“なんだってここに?”
そうしてる間にも後ろから聞こえる笑い声はどんどん近づいてくる。
“手は用意してあるって言ったでしょ”
ヘゲちゃんがワタシの体をガッとつかむ。
「アガネアドリル飛翔形態、フライングスピアニードル改!」
は? と思う間もなくワタシはモルドに向ってぶん投げられ、衝撃と水蒸気爆発。音速超えるの早すぎねぇ!? なんて考えてるあいだにモルドの体をぶち抜く。
ヤバっ。このままじゃ壁に激突死──。あれ? ワタシの体はモルドを突き抜けたところでふんわりと停止。ゆっくり床に降ろされた。
ワタシだけでなく、あたりは衝突の衝撃で爆散したモルドの体や内臓でグチャグチャになってた。ヘゲちゃんの姿はない。
呆然としながらしゃがんでると、みんながやって来た。
「アガネアさん! 暴力ダメとか言いながら、ちゃんとやってくれたじゃないですか! 今のってアレですよね。オオソラトビヘビ倒したときにやったっていう、謎の大技」
編集者が興奮気味に声をかけてくる。
「衝撃でふっとばされましたけど、記録石は無事です。おかげでド迫力のシーンが撮れましたよ!」
「はあ」
ワタシは立ち上がる。
“へいへいよー。ヘゲちゃん?”
“なに?”
“モルドって、仕込みじゃないの?”
“用意があるとは言ったけど、仕込みだなんて誰も言ってないでしょ”
そうだっけ?
“じゃあ、あの技が?”
“前回ので具体的な危険性は解ったから、改良しておいたの。改式よ”
ワタシは抗議しようとして、やめた。たしかに怖かったって以外、特に危険な目にはあってない。
“今度からは事前に言ってね”
“解ったわ。ウミウシでも理解できるように言う。それより、私からも聞きたいことがあるんだけど”
“なに?”
ワタシは編集者たちと引き返しながら応えた。
“あいつが出てくる直前、あなた一人で誰かと話してるみたいなふうだったけど、あれはなに? あなた、そういうふうには狂ってないと思ってたんだけど”
じゃあ、どういうふうにかは狂ってるとでも? ワタシは見知らぬ悪魔と会話したことを伝えた。
“幻覚見たんじゃなければ、監視阻害かしら”
“そんなことできるの?”
“ミニチュア経由だと、どうしても店内ほど力が出せないから。それでもかなり困難だけれど……”
声が途切れたと思ったら、前方のカドを曲がってヘゲちゃんが現れた。謎の悪魔を警戒して来てくれたみたい。
「あら、終わっちゃったかしら」
「ヘゲさーん。見学ですかー?」
サロエが手を振る。
「遅いですよー。ガネ様、すごかったんですから!」
ヘゲちゃんがワタシたちに合流すると、サロエはバーンとかドーンとかチニャアとか、擬音大盛りでヘゲちゃんにワタシの活躍を語った。
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