方法42-5︰密着アガネア24時(ヤラセと演出は違います)

 その後は何もなく、ワタシたちは百頭宮へ戻った。ワタシはレギュラーアガネアブラッドソースマキアートエクストラミートチップオール内臓チップインセクトレッグスティックビーストファーパウダーだったので、いったんシャワーを浴びて着替え。

 ちなみに今のを注文時にスムーズに言えると、もれなくスタバからつまみ出されるか、店員からの冷たい視線浴が楽しめる。


 さらに“記事中の時間はつじつま合わせとくんでオッケーです”という編集者のゴリ押しでサロエとヘゲちゃんと万物市場であわただしくウインドーショッピング。

 悪魔殺害のあとに着替えて買い物とかどんな精神構造だよと思うけど、魔界ではよくある話。


 帰ったらヘゲちゃんは“謎の悪魔にアガネアの居場所を教えた悪魔を探す”とかで姿を消し、ワタシは遅めの夕食。

 そのあとはギアの会のクラブハウスでメンバーとお茶会。崇拝者たちとの交流はぜひ記事にしたいとかで、正直、今回これが精神的に一番キツかった。

 だってさあ。あの部屋だよ? ワタシとメンバーの美化された天井画、壁はびっしりワタシの写真やら、額に入れた切り抜き記事。奥にはワタシからパクった作業着を着て剣を構えた等身大のワタシ石像、ダンタリオンに贈られた馬の生首などなど。

 部屋を紹介するみんなの顔があんなに誇らしげじゃなかったら、屈辱のあまり逆立ちして鼻からスパゲッティ、目からピーナッツ食べつつ町内一周しようとして死んでたところだ。


 それが終わったらようやく着替えておやすみなさいの図があって、密着取材は終わった。と、思ったんですよ……。


 ふと目が覚める。時刻は夜中の2時。魔界の感覚だと昼の2時だ。うちの店は夜昼逆転してるので、結果的にワタシの暮らしは人界の活動サイクルと一致してる。


 誰かがドアをノックしてる。こんな時間に誰だろう。ワタシは密着取材の疲れでぼんやりしたままドアを開けようとして、止まった。

 あっぶねー。不用心にドアとか開けちゃだめじゃん。


「はい? どなたですか?」


 ドアから少し離れて尋ねる。いきなりドアごと剣とかで串刺しにされエンドとかあり得るからね。


「ああ、その。ちょっといいか?」


 ガチャリ。施錠してるはずのノブが回ってドアが開く。立ってたのは、モルドの洞窟で会ったあの悪魔だ。

 そいつは眉をハの字にして、困り果てているみたいだった。


「アガネアの部屋はここだって聞い──ああ、あんたか」

「ええと、ちょっと、あの、カギは」


 悪魔はドアノブを見た。


「ああ、開けた。それよりここはアガネアの部屋じゃないのか? あんた、同室なのか?」

「いえ、違いますけど」

「そうか……」


 なんか悲しそうに首をかしげられたけど、さすがにここまで規格外に怪しいやつ相手に、はいワタシですハロにちわなんて言えない。


「誰だ、おまえ」


 後ろからベルトラさんの声がした。静かだけれど、鳥肌が立つほどの威圧感。


「いや、いいんだ。もう少し探してみる。起こして悪かった」


 そう言って悪魔が立ち去ろうとしたそのとき。


「いいわけあるかぁーっ!」


 ドアの右手の方からアシェトの叫び声が聞こえたかと思うとデカいチェストが悪魔を直撃。もろともに左手の方へ吹っ飛んでいった。直後、チェストが廊下の奥に当たって壊れる派手な音。

 背後ではサロエが目を覚まして、ベルトラさんに状況を説明されてる声が聞こえる。


「てめぇなにウチの警備すり抜けてんだよ! アホか!」


 怒鳴り声が近づいてきたと思ったら、戸口に本人が現れた。今日のアシェトは胸元と両脚のサイドに深いスリットの入った紫のドレスを着てる。


「おう。お前ら。なにもされてねぇか?」

「はい」


 するとアシェトは悪魔が吹っ飛ばされた方を見てまた怒鳴った。


「わざとらしく倒れてんじゃねぇよ! 早く来い! あとおまえら。あんまみんな気にすんな。とっとと寝ろ」


 どうやら野次馬たちが物音を聞いて、そっと廊下を覗いてたらしい。アシェトの声に、ドアを閉める音が続く。


 悪魔が戻ってきた。何事もなかったかのような顔で、アシェトを見てる。


「チッ。いいからとっとと中入れ」

「いいのか?」

「ここに突っ立ってるわけにもいかねぇだろ」


 二人が中に入ると、その後からヘゲちゃんが現れた。


「アシェト様。申し訳ありません。どういうわけか完全に見逃していて、気づくのが遅れました」

「ああ。いい。途中っからでも気づいただけ上出来だ。ありがとな」

「いえ。そんな……」


 そっとドアを閉めながら、恥じらうヘゲちゃん。


「あの、それで、こちらは?」


 ベルトラさんが尋ねる。


「ああ? こいつか。オラ、とっとと名乗れ」

「ああ。そうだな。……俺はルシファー。アガネアという悪魔に用があって来たんだが」

「「「「ルシファー!?」」」」


 アシェトと本人以外の全員が声を上げる。だってルシファーったら、あれだよ? 超有名な。有名すぎてちょっとダサい感じまであるあの。ベルゼブブと並んで魔界のトップの。

 それにしてもこんな、ままならない人生に振り回されっぱなしで困惑しきったアラフォーにしか見えない悪魔が?

 ワタシたちは慌てて膝をつき、頭を下げる。


「ああ、いいんだ。普通にしててくれ」


 言われてワタシたちは立ち上がる。


「ああ、こっちの姿だったら解りやすかったか」


 次の瞬間、ルシファーの姿が変わった。背中に純白の巨大な翼を持ち、漆黒の鎧をまとった長身の人型。その顔は男にも女にも見えるし、人種もハッキリしない。黒い髪に、見る角度によって複雑に色の変わる瞳。

 ただとにかく全身すべてが美しい。あまりに美しいから、見ているとまるで自分が惨めでちっぽけで、生きるに値しないような気になる。


 再びルシファーの姿が男に戻った。それでもまだ自信を削り取られるような気分は続いているし、この世で本当に価値のあるものが失われたような寂しさにも襲われた。


「さっきの姿は見てくれはいいが、周りの士気を下げる。あまり実用的じゃない」


 見ればベルトラさんやヘゲちゃん、サロエもワタシと同じような気分らしい。どことなく落ち込んだような雰囲気だ。


「それで、アガネアという悪魔は──。ああ、さっきも言ったか」

「おまえがいま見てる、ツノの小せえ娘がアガネアだ」

「そうなのか?」


 ルシファーの目が見開かれる。


「だがさっきは知らないと」

「そりゃ、おまえみてぇな胡散臭いのに聞かれたところで、素直に答えたりなんかしねえだろ」

「ああ、なるほど。そうか。そうかもな」


 あっさり納得するルシファー。なんかこの人、独特の空気感があるなぁ。

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