方法40-8︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)

 外へ出るまで8日くらいかかった。魔界では3時間も経ってない。

 ヘゲちゃんが念話してくれたおかげで、出迎えはスムーズだった。ワタシがシャワーを浴びて着替えたヘゲちゃんと応接室に行くと、ベルトラさんとサロエ、アシェトが待ってた。アシェトの部屋は戦いのおかげで荒れ放題だそうな。


 部屋へ入るとサロエやベルトラさんだけでなく、驚いたことにアシェトまで安心したようだった。


「アガネア。すまない。助けに行ってやれなくて。張姉妹の相手で精一杯だった。目が見えるようになったときには、ヘゲさんもいなくなってたし」

「いいんですよ。そんなことだと思ってました。逆に来られてたら合流するのも一苦労でしたよ」


 装置が作動したとき、アシェトはサロエを確保して護り、ベルトラさんが一人で張姉妹の相手をしてたらしい。


「すみません。私は音と光で気が遠くなってて……」


 サロエもしょげながら言う。


「ま、お前の方が念話ないぶん、行ったらややこしいことになってたろ。気にすんな」


 アシェト、それワタシのセリフ。


「張姉妹のやつら私の方には来やがらねぇのな」

「おかげで大変でしたよ。あいつら、かなり強かったんで。なのにあたしは素手だし。視力戻ったアシェトさんが仕留めてくれてなかったら、こっちが殺されてるところでした」


 部屋には他にももう一人、悪魔がいた。


「アガネアさん、お久しぶりですぅ。このたびは申し訳ございませんでしたぁ」


 並列支部のミュルス担当としてウチに出入りしてたシャガリだ。争奪大会はじまってから組合の悪魔には会わないようにしてたから、かなり久しぶりだ。

 それにしてもこのフワっとした口調。


「契約話法は?」

「あぁ私、並列支部の仕事ぉやめたんです。さっき」


 シャガリはケムシャの集めた悪魔たちがミュルスへ来た時点で辞表を置いて出てきたらしい。


「今回のこと、私はなにも教えてもらってなかったんですよぉ。ヒドいですよね。それに、こうなったらもう支部も続かないとぉ思いますしぃ」


 シャガリもケムシャがあまりマトモじゃないことは知ってて、ワタシとの交渉がこじれたらどんな手を使うかと心配してたらしい。


「なんで、そうなる前に穏便に入会してほしかったんですよぅ。具体的には教えてもらえませんでしたけど、大娯楽が終わってもこのままなら考えがあるって言われてて〜」


 そういや大娯楽祭の前くらいだっけ。なんか必死にシャガリがワタシを入会させようとしてくれてたことあったなあ。


「あのとき、一度アガネアさんたち襲撃されてたじゃないですかぁ。あれもケムシャさんが大娯楽祭、終わるの待ちきれなくてやらかしたみたいで……。こうなったら入会させられてなくて良かったかもですけど、でも、すみません」


 ヨーダリのとこから帰るときのアレか。となると、やっぱりネドヤ支部だかがワタシを連れ去ろうとしたのも、背後にケムシャがいたんじゃないだろうか。毒盛ったこともしらばっくれてたし。


「それはいいんだけど、なんでワタシのことそんなに気遣ってくれてたの?」


 ワタシ、知らない間にシャガリにフラグ立つようなことしたっけ?


「強制とか押し付けとかぁ、そういうの吐きそうなくらい嫌いなんです。悪魔は自由じゃなきゃ。契約に縛られるのだって、自発的じゃないとダメですよぅ」


 思った以上にまともな答えだった。


「それくらいでいいか? で、最後に一つ答えてくれ。私たちに見せてくれてた報告書な。あれ、他にもケムシャに送ってたか?」

「いぃえぇ。あれだけです」

「そうか……。わかった」

「まだしばらく街にいますからぁ、何かあればいつでも呼んでくださいね」


 シャガリはそう言って帰っていった。


「見せてもらってた報告書って?」

「ん? ああ、あいつがケムシャに送ってた報告書な。送る前に私らも見せてもらってたんだ。ウチの店もいちおう部外秘とかあるから、そこに引っかからなけりゃ何も言わねえって約束でな」


 ああ、ケムシャが報告書読んでワタシが人間じゃないかって考えたとか言ってたっけ。


「今の話からすっと、ケムシャの奴が言ってたことはハッタリだな。たしかに普段は見落とすような細かいところによく気づいてたが、どう読んだっておまえが人間だとか、そんなふうにゃ思えねえ内容だった。別の線から気づいたか、最初っから知ってたか、だな」

「どこかへ暴露するって話もハッタリだろう。言われた方だって扱いに困るだけだろうし、本当にケムシャと張姉妹しか知らないんだとしたら、これでもう暴露される心配はない。姉妹はあたしが殺したし、ケムシャも死んだんだろ?」


 そこでワタシたちはポケットディメンションであったこと、考えたことを報告した。ケムシャの死体も見せた。

 ひょっとしてこっち戻ってきたら勝手に接続が回復して生き返るかもとかちょっと期待してたけど、そんなことはなかった。


 人間だって気づいた根拠が不審なこと、兵隊雇った謎の資金源、ポケットディメンションに入ったら死んだこと。どれも確証にはならないけど、ケムシャもダンタリオンだったら説明がつく。


「これもう、そういうことでいいんじゃねぇか?」


 床に置かれたケムシャの体を眺めながら、アシェトが言う。


「ヘゲ。こいつの死体にそのこと書いた手紙添えて、ベルゼブブに送ってやれ。あ、毒盛りのことは書くなよ」

「これも送るんですか?」


 ケムシャを足先でつつきながらヘゲちゃんが尋ねる。


「ああ。言われる前にくれてやれ。調べ終わったら装置も。あとは知らん。どのみち、ウチが持っててもしょうがねぇだろ」

「では、そうします」

「それと、サロエな?」


 今日のアシェト、なんか大活躍だな。


「ここまでの話聞いてて解ったろうが、アガネアは本当に人間なんだ。ケムシャはイカれ野郎だったが、そこだけは正気だったってわけだな。で、うっかりにしても誰かにこのこと喋っちまったら」


 アシェトは続きを言う代わりに威圧を放った。慣れてきたワタシでもへたり込みそうになる。サロエは真っ青な顔で頭をガクガク縦に振った。


「人間に仕えるなんて気に食わねえだろうが、飼い犬に犯されたとでも思って、な?」


 それ、“噛まれた”の間違いです。


 とにかくこうして、争奪大会は終わった。並列支部は解散だろうし、協会自体もさんざん苦労したり内部変動があったりで、ワタシにかまう気はなくすだろう。諸々の襲撃事件も犯人は判ったし、これでようやく平和に──。


「っかし、ケムシャがダンタリオンだったとして、なんであんなにアガネア入会させようとしてやがったんだ」


 アガネアの言葉に、ワタシは掴みかけた日常系がスルっとどっかへ行くのを感じた。

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