方法40-7︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)

 ポケットディメンションから出るにはやっぱり何日もかかる。ヘゲちゃんと二人きりでこんなに長く過ごすのは、考えてみたら初めてだ。

 他にやることもないから、自然と会話が多くなる。


「悪魔でもさ、ずっと起きて活動してたら精神的に疲れてくるでしょ? だから毎日は寝ない悪魔でも、たまには寝るでしょ」

「そうね」

「ヘゲちゃんとかアシェトさんはなんで平気なの?」

「アシェト様はエゲツない精神系の魔法ですら通じないのよ。日常生活くらいで精神的な疲労が溜まったりなんてしないの。社員旅行のときに寝るくらいで充分」

「へぇ。……え? それってそういうこと!? HPとスタミナゲージだって普通は別じゃん!?」

「? よく解らないけど、悪魔と人間はデキが違うのよ」


 いや本物の人間にだってHPとかスタミナゲージなんてないけどさ。精神魔法レジストすんのと精神的な疲労は関係ない気がする。

 けどアシェトは運用がアレなだけで、基本が廃スペックなのはワタシも認めてる。どんな破天荒なチート性能もアシェトならしょうがない。

 それに、あれだけ好き勝手に生きてたらストレスとか気疲れなんてないだろう。


「ヘゲちゃんはどうなの?」

「ときどき寝てるわよ。イスに座って15分とか、机の下で30分とか」


 なんかデスマ中のプログラマみたいだ。


「それに、アシェト様のお役に立ててると思えば、疲れなんて吹き飛ぶわ」


 ホワイト企業の経営者でさえ一発で闇墜ちしそうなセリフを平然と口にするヘゲちゃん。


 そんな雑談ばっかりしてたわけでもなくて、ケムシャについても話したりした。


「ケムシャ、出てきて何するつもりだったんだろ」

「あなたを人質にして、交渉を続けるつもりだったんでしょうね」


 人間って知ってれば、そうかそういう手もアリか。


「あいつ、死んだんだよね?」

「収納空間に命のあるものは入れられないから、生きてはいないでしょうね。なんなら確認する?」


 宙にケムシャの体が現れ、ゴトンと落ちた。けっこうヤバめの鈍い音がしたけど、少しも反応しない。

 ヘゲちゃんはケムシャの後頭部をわしづかみにすると、軽々持ち上げた。背が低いから、膝から下は床についてる。


「やっぱり、死んでるみたいね」


 しばらく揺さぶったりまぶたを開いたりしてから、ヘゲちゃんは言った。そして、無造作にまたどこかへしまう。


「スペランカー並の虚弱体質ってわきゃないだろうから、これってやっぱ、通信が切れた的なことなのかな?」

「? ……そこをくわしく」


 そこってどこだよ。


「スペランカーってのは人界の古いゲームで」

「そこはいい」


 だからどこだよ。


「ケムシャがダンタリオンなら、意識はどっか外にあって、体はwifiでつながってるようなもんなんでしょ? だからこっち来たとき接続が切れて死んだってことなんじゃないの?」

「ああ、ワイファイね。そうそう。ダンタリオンの意識と肉体はなんらかの通信を行ってるはず。魔界とこちらは通信できないから、ケムシャがダンタリオンと考えればいろいろ説明がつくわね」

「でしょー? アガネア、かしこーい」

「そうね。わずかながら知性があるようね」


 ほほう。そんなこと言いますか。


「ところでwifiってさあ」

「あら、こんなところでアガネアが倒れてると思ったらゴミだったわ」


 話そらすにしても、もうちょっと何かあるだろがよぉ。



 ある晩、というかワタシが疲れてもう寝ようってなったときのこと。

 ワタシたちはたくさんある部屋の一つにいた。ドアはヘゲちゃんが魔法で施錠してる。

 この部屋には珍しく、木製のベッドがあった。マットレスもなくて枠だけだけど。


「んじゃあさ、いっせーので好きな人の名前言おうよ」


 ……いやあのですから、何度も念じてるように人のこと一口食べたら反対から皮破ってチョコが盛大に出ちゃったチョココロネ見るような目するのやめてくれません?


 そもそもこの話、ヘゲちゃんが振ったんだからね。ワタシ発じゃないよ。


 こんなに長く二人きりとか初めてだよね→なにそれキモい→ホントは旅行とかが良かったんだけど→やめてよ縁起でもない→社員旅行は修学旅行とは違うね。大人っぽいっていうか→修学旅行ってなに→あ、それはね(中略)ってわけ。ちょっとやってみるね→結構よ


 という流れるような会話のキャッチボールを経て“修学旅行の夜の定番(ただし創作に限る)”を披露したってのに。


「本当に人間ってそんな話してるの?」

「うんまあ、ところにより。普通に噂話したりもするよ」


 噂話って単語にヘゲちゃんが反応した。これはあれでしょ? あの話を誘ってるんでしょ?


「噂話って言えば、けっきょくヘゲちゃんが口止めしてたやつってなんだったの?」

「たいしたことじゃないわ。この状況で教えないと外に出るまでしつこそうだから言うけど、あなた、暴力は封印してるってことになってるでしょ。でも悪魔だからいろいろ溜まって発散したくなる。けど普通の悪魔じゃ死んでしまうから、ときどきこっそり私とベルトラが相手してるって、そういう噂よ」


 あーはん?


「それって口止めするようなこと?」


 悪魔ってあんまそういうの恥じらったりしないみたいなのに。


「事実じゃなくても、あなたと傷付け合う仲だなんて思われたくないからに決まってるじゃない」

「でもさ。だからって話すの禁止したら余計ホントだと思われるんじゃない?」

「あなたじゃないんだから、それくらい気づいてたわよ」

「ワタシもいま気づいて指摘したよね!?」

「禁止するんじゃなくて、別の噂を流して回ったの。“自分の決意はそんなに安くない。噂の元凶を突き止めて信念を曲げてでも殺す”ってあなたが激怒してるっていうね」


 噂にされたくらいで曲がる信念ってけっこう安いんじゃあ? でも結果としてみんなワタシには言わなくなったんだからいいのか? でも、それって……。うん。これは教えてあげないと。


「それさ。たぶんみんな、本当に怒ってるのはワタシじゃなくてヘゲちゃんだと思ったんじゃない? だってさ。ワタシが名誉とかメンツにこだわらないタイプってことくらい、さすがにもうみんな知ってるでしょ。むしろ悪魔らしくそういうの気にするのはヘゲちゃんの方じゃん」


 ワタシはさらに効果を高めるためダメ押しする。


「ヘゲちゃんは自分の流した話がうまく元の噂を封じ込めたと思ってたんだろうけど、みんなヘゲちゃんの怒りが怖かっただけだよ、それ」


 珍しく、初心者が見てもはっきり判るくらい動揺するヘゲちゃん。


「あっ! はっ、はわ…………わ……」


 ちょっと今の聞いた!? はわわ言いおったでこの娘。偶然だろうけど、奇跡ってあるとこにはあるんだなあ。


「あ、それとさ」

「ちょっとゴミは黙ってて」


 ヘゲちゃんは額に手を当て、目を閉じて考え込んでる。考え事に集中してるのはいいんだけど、すごく自然に人のことゴミ呼ばわり。嫌われてんじゃないかって勘違いしそうになるからやめて欲しい。


 それから待つことしばし。ヘゲちゃんは急に目をカッと見開くと、顔を真っ赤にしてゆっくり横倒しになった。


「アガネア? もう、寝なさい」


 それっきりヘゲちゃんはワタシが寝て起きるまで、呼んでも揺すっても動かなかった。

 せっかく“なんで広まるまで噂のこと放置してたの?”とか重箱の隅を叩いて壊すとこまで問い詰めようと思ったのに。

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