方法40-6︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)

 ヘゲちゃんが休んでるあいだ、ワタシはずっとそばにいた。途中で何度か魔物がドアを開けようとしてたけど、ヘゲちゃんが何かしてたみたいで侵入されることはなかった。

 狭くてカビ臭いジメジメした部屋だけど、ヘゲちゃんといるだけでこの安心感。さっきまでの緊張が解けて、ワタシはもう、それだけで幸せだった。


 ヘゲちゃんの傷は見ている間に治っていった。切られた腕もなんだか生えてきてる。

 やがて、だいたいの傷が治ったところでヘゲちゃんが起きた。1時間はしないくらいかな。


「あなた追っかけたら酷い目にあった」


 ボソリとヘゲちゃんが言う。なんでもワタシたちを追ってポケットディメンションに入ったらケムシャが倒れてて、咄嗟に捕まえたところでいきなり見えない力にやられたんだとか。

 どうもミニチュア百頭宮の範囲からだいぶ離れてたせいで、ワタシに向かって一直線に物凄い勢いで引っ張られてったらしい。

 おかげでドアや壁に何度も思いっきりぶち当たり、それでズタボロになったってことだった。


 それなら理屈からすればワタシもヘゲちゃんの方に引っ張られるはずなんだけど、どうしたんだろう。さすがにこんなケースは想定されてないだろうから、バグったのかな。


 ちなみにケムシャの体は落とさないよう、収納空間にしまわれてる。


「足をつかんだ途端に引っ張られて転んだから、思わず収納空間に突っ込んだら入ったのよ。あれ、生きてるものは入れられないはずだから、死んでるみたいね。なにがあったの?」

「いや、なにも。こっち来たと思ったら、もうああなってた」

「そう……。ところで、さっきからなんでニヤニヤしてるの? 気持ち悪いんだけど」

「もう死ぬしかないと思ってたから嬉しくて。ヘゲちゃんが助けに来てくれたことも」

「助けに……。まあ、そうね。助けに来たわね。ほら、あれよ。ケムシャがこんなことになってるなんて知らなかったから、連れ去られるのを阻止しようとしたんじゃないかしら」


 なんで他人事みたいなんだ。


「あのあとはどうなったの?」

「どうってほどの時間じゃなかったけど」


 ワタシとケムシャが消えた直後、ヘゲちゃんがポケットディメンションに飛び込もとしたところであの装置は強烈な音と光、高熱を放ち、さらに魔力を帯びた金属粉と異臭をまき散らしたらしい。

 聴覚、視覚、温度に魔力、おまけに電磁波と嗅覚。あらゆる知覚を奪われたヘゲちゃんたち。

 もちろん張姉妹はあらかじめ備えてあったらしく、すぐに襲いかかってきた。


「あの二人、かなり強かったわ。腕一本と引き換えにどうにかポケットディメンションへ入れたけど、知覚も奪われてたし、思ったよりは手間がかかったわね」

「他のみんな、大丈夫かな」

「アシェト様がいるから大丈夫よ。知覚阻害の効果なんてすぐ切れるだろうし、張姉妹がいくら強くてもあの方に攻撃を通せるほどじゃない。ベルトラとサロエだって、あの状況で傷つけられるのをアシェト様が許されるとは思えないわ」


 普段ならアシェト評価しすぎでしょって思うとこだけど、戦闘力についてはあの人ラスボスクラスだ。それか、終盤頭に出てきてラスボス以上にプレイヤー苦しめる幹部。


「さて、腕も治ったし、そろそろ行くわよ」


 右腕は話してるあいだに爪の先までキレイに回復してた。


「行くって、どこに?」

「は? ここから出るに決まってるでしょ。この前あなたが飲み食いした分の水や食料なんかは補充してあるけど、無限にあるわけじゃないし」


 そうだった。あんまり安心したから、すっかり忘れてた。



 廊下へ出て、どこかにあるはずの出口目指して歩きだすワタシたち。さっきまで肌がぞわつくくらい不穏に見えた景色も、ヘゲちゃんがいればただの廊下だ。


「ヘゲちゃん、なんで助けに来てくれたの?」

「なんでって、さっき言ったじゃない。痴呆?」

「じゃなくって、ほら、ワタシに怒ってたじゃん? ベルトラさんに任せておこうとか」

「ベルトラもこっちに来ようとはしてたはずよ。私の方が早かっただけで、もしかしたらもう来てるかもしれない」


 そこでふと、ヘゲちゃんは黙った。


「念話に出ないから、いないみたいね。視力が戻って私がいないの見て、向こうに残ってるのかしら」

「けどヘゲちゃん、右腕犠牲にしてまで急いで来てくれたんでしょ」

「だから? 腕の一本くらいたいしたことないわ。現にこうして、すぐ生えてきたでしょ。それともなに? あなたが心配で無我夢中だったとでも言ってほしいの?」


 うーん。いやまあ、そうなんですけどね? だってほら、そのほうが嬉しいから。

 ここは一つワタシから歩み寄るしかないのか。


「よし。じゃあ命も救ってもらったし、許すよ」


 いやだからですね。自販機の釣り銭口に手ぇ入れたら雨水溜まってたみたいな顔しないでほしいんだけど。


「私があなたに許してもらうことなんてないじゃないの」

「ほら、噂話のこととか、意地張ってたこととか」


 ね? ね? ワタシは念を押すようにバッチーンとウインクしてみせた。ウザかわウザかわ。

 ……あの、指鳴らしたり首回したり、足踏みしながら手をブラブラさせてんのは何のウォーミングアップなんすか? ワタシ殺るのにそんなたいそうな準備しなくても。

 と思ったら、ヘゲちゃんは大ジャンプからの空中スライディングで角を曲がってきてた魔物を蹴り殺した。なんか蹴った瞬間に光るエフェクト発動してたけど、どうなってんだあれ。


「で? なんて?」

「だからですね。ワタシたちベストフレンドなんですからいつまでも喧嘩してないで水に流したいなー、なんて」

「ベストフレンドがどうとかちょっと意味が解らないけれど、それを言うなら私があなたを許してあげてもいいわ」

「何を?」

「私を侮辱したことを、よ。常時監視やめたこと、アシェト様に黙っててくれたでしょ? だから、それに免じて」

「へ? あ、うん。あれね」


 あんまり謝ってこなかったら告げ口しようと思ってたことは内緒な!


「考えてみれば、どんな理由であれアシェト様の指示に背いたのは事実。どれほどの屈辱を味わおうとも完遂すべきだった。だから、黙っててくれたおかげで私の面目は保たれたのよ。あなたのことだから早々に言いつけるんじゃないかって覚悟してたんだけど」

「そりゃ、ヘゲちゃんがどれだけアシェトさん慕ってて、認められたいと思ってるか知ってるからね」


 だから、最悪のタイミングでバラしてやろうと思ってただけだよ。


「とにかくこれで仲直り、ってことでいい?」

「直すような仲なんてないけれども、そうね」


 ヘゲちゃんが手を差し出したので、握り返そうとした。その指先から破壊光線が放たれる。


「おわぁっ!」


 慌てて手を引っ込めるワタシ。見れば新たな魔物が光線によって絶命するところだった。


「あのさあ。その予備動作ゼロでいきなり攻撃するのやめない? いつか事故るよ」

「あなたがドンくさいだけよ。アシェト様なら仮に直撃しても大丈夫」

「それ、ドンくさいとかそういう話じゃないよね?」


 ヘゲちゃんは口の端で、少しだけ笑った。

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